第46話
翌日、目が覚めたら黒猫が、腕の中にいた。
いつの間に。
まだ眠っている両親と、山河を起こさないように、そーっと毛布から抜け出す。
ちゃんと寝れて安堵もあったし、黒猫はモフモフだし、すこぶる機嫌よく外に出る。
すぐ近くの木の根元に座り込み、眠っている黒猫を起こさないように、撫でる。
ピチピチチ、と小鳥が数羽頭上の枝にとまり、見下ろしてくる。
時間が止まったみたいな、平和な朝。
草むらや葉っぱの陰から、ひょっこりと半透明な存在が姿を見せる。彼らは一様に嬉しそうで、気になるのかしきりと辺りを動き回る。
何もしてこないから害は無さげだが、チラチラ見られるのはうっとうしい。
しばらくして、大人達が起き出し、外に出したテーブルにそのまま、朝食が用意された。
朝メシが済むと、ログハウスの中から古い釣竿を取り出して、オヤジが具合を確かめ出した。
もろくなっていたそれは、ポッキリと折れた。
「あー……ダメかこりゃ」
すかさず山河が尋ねる。
「新しいの買ってきますか?」
「そうだな……」
片付けをしながら、母さんがリビング内を見回す。
「あと、何日ここにいるかしら?」
「1週間くらいか? 時間の流れが違うからなぁ」
「1週間くらいですね。リューキの学校が始まってしまいます」
ん?
オヤジがさらりと問題発言を。
「時間の流れが違うってなに!?」
聞いてねーぞ!
「ああ……あっちが早かったり、こっちが早かったりしてな、規則性がないんだ。大丈夫だ、そんなに時差はない」
オヤジは平然と言うが、いまいち不安だ。
黒猫が、不安な俺を気遣って、ニャーと鳴く。
「1週間いるなら、必要なものの買い出ししましょうか……家も、もう少しひろげたいわね」
「そうだな」
何やら相談がはじまり、する事がない俺はのんびりし続ける。
「──では、買い出し行ってきますね」
母さんが渡したメモを片手に、山河が出掛けるようだ。
「リューキはどうする?」
てっきり、留守番だと思っていたから、訊かれて面食らった。
「……どこ、行くんだ?」
スーパーなんてないはずだ。
「小さな港町。安全だから大丈夫」
山河はいつも通り穏やかな表情で、両親はログハウスをどうひろげるか相談中。
黒猫を見下ろすと、不思議そうに見上げてきた。抱き上げたまま、立ち上がる。
「……行く」
「じゃあ、マントだな」
会話を聞いていたのか、母さんがどこからか、白いフードマントを取り出して、俺に手渡した。
「行ってらっしゃい」
「……行ってきま」
森の中の道なき道を、山河についていく。
やがて唐突に、木製のドアがぽつんと、木に立て掛けられている場所へ出た。
まさか……?
予想通り、山河はそのドアを手前に開ける。
「!」
ドアの向こうは暗い屋内。倉庫のような、雑然とした部屋に出る。
どういう仕組みだこれ?
反対側にまたドアがある。通り抜けると、小さな家屋の中だった。
四人掛けのテーブル、椅子、小さなキッチン。こじんまりして何もない。
「ここ、誰の家……?」
入ってきたドアをきっちり閉めてから、山河は外につながるドアを開いた。
「空き家だけど、ちゃんとエリ様の持ち物だよ。陛下──リューイ様とオレは、移転まではできないから」
外は、普通の街並みだった。
レンガみたいな石を敷き詰めた通りは横道らしく、せまい。
木造の古い家屋ばかりが並び、痛みが激しい。
人の気配がたくさんする方へ、山河は歩いていく。
おそらく、大通りだろう道に出ると、わりと人の行き来が多かった。
中央は荷車が走り、脇を通行人が歩く。
賑わう方に進んでいくと、露店の数が増えていく。
様々な露店があり、目移りしそうだった。中でも魚売りが多く、黒猫が首を伸ばしてガン見している。
魚を揚げたフライもどきや、パンに魚を挟んだサンドイッチも売っている。
「ニャー……」
ひもじそうに鳴かれ、俺は気付く。
ミューレイにエサ(朝メシ)あげてない。
「山河、ちょっとまって」
慌てて路地に入り、黒猫に聞いてみる。
「ご飯どっちで……人間で食べる、でいいんだよな?? 戻れる?」
黒猫は、迷ったように山河を見た。
「獣族もいる街ですから、大丈夫ですよ」
「……っ」
フワリと毛並みが光り、伸びて、ストンと降り立ったミューレイは、猫耳をピクピクさせた。
恥ずかしそうに、黒い尻尾がくねる。
「よし、朝メシ買おう。──あ」
こっちのお金代わりは、確か。
困って山河を見ると、問題ないと笑い、小袋を取り出す。
中から取り出したのは、指輪だ。
太い金色のリングに、真っ青な宝石がついている。
「買い物はこれで」
いかにも高そうなそれを中指にはめられ、引きつった。
石の輝きが違うのだ。鮮やかで深くてきれいにカットされた、多分魔石。
ミューレイもびっくりしたように目を丸くしている。
そのお腹から、可愛い音がした。
よっぽど空腹だったんだな、悪い事をした。
「行こう。なに食べたい?」
「えっ、あ……な、何でも大丈夫ですっ」
遠慮してるのか、露店を見ないようにしてるミューレイ。
猫の時の方が素直だな。
道をちょっと戻り、さっきガン見していた魚のフライと、魚のサンドイッチを買って手渡す。
あわあわしながらミューレイは受け取り、なんでか泣きそうな顔で笑った。
「あ、ありがとうございますっ! い、いただきます!」
「うんうん」
歩きながら俺も、何かの串焼きを買って食べてみた。
山河は後ろから、のんびりついてくる。
たしかに、人の他に獣族の姿もちらほら見えた。
気候が暑いからか、みんな薄着だ。
陽気な雰囲気の街は、活気と自由さで解放感に包まれている。
途中で山河がリストにある買い物をし、いくつか店舗ものぞいて、歩き回ったので休憩する事になった。
港が見渡せる、海側の食堂屋。
席の半分は、日に焼けた筋骨たくましい、いかにも海の男っぽい連中で埋まっていた。
ガヤガヤとやかましい中、日に焼けた女性が注文を取りに来る。
「いらっしゃいませーっ! あら、お客さんたち見ない顔ねー、ターンベルは初めて?」
元気いっぱいに訊ねられ、俺は答えに窮した。
山河が代わりに応対する。
「買い物に寄るくらいですから……オススメはありますか?」
山河のハンサムな外面発揮で、女性は真っ赤になった。
「あっ、ええ。いまさっきスワニが揚がったばかりだから、新鮮よっ」
「では、オススメと。……何か甘いものを二人分」
注文してるだけなのに、なんで女性が山河を見て赤くなるのか、俺には理解不能だ。
しばらくして、注文の料理と、甘いデザートが運ばれてきた。
スワニというのは魚だったらしく、白身をきれいにカットして、皿の上に盛り付けてあった。
デザートの方は、何かの乾燥した果物と、ミルクみたいなものを混ぜ、上から甘い蜜がかけてあった。パフェもどきだ。
ミューレイはまた遠慮していたが、一口食べたら目を輝かせ、夢中になって食べている。
スワニの方は取り皿をもらい、適当に分けて食べた。刺身みたいだった。
満腹になってまったりしていたが、ふと、店内の会話が耳に入ってくる。
「西の国で……」
「──首都が壊滅したとか」
「大地震か?」
思わず、話してた連中を見る。
「いや、それより、ギルドが潰れるんじゃないかって噂が」
「いったい、何があったんだ?」
不安げに話す男達の左腕には、見覚えのある細い腕輪が。
灰色の髪と、アイスブルーの眼を、唐突に思い出す。
レテューは、無事なのか?
あんな事になって、屋敷が無事かも分からないし、大変なはずだ。
一度、気になり出したら、心配になってきた。
大きな怪我はしてないはずだけど……。
そんなことより。
恨まれているかも、知れない。
「……ッ」
「……王子様?」
いつの間にかうつむいていた俺の顔を、ミューレイが横からのぞき込む。
片肘をテーブルにつき、山河は話し合う男達を眺めている。
無表情に近くなった顔が、俺を見た途端に苦笑を浮かべる。
「ダメだから」
「………」
何がダメなのか、言われなくとも分かった。けど。
「様子を見に行くだけだ」
「危険すぎる」
「もう、捕まらないし」
山河は首を横に振る。言い合う俺達に、ミューレイがオロオロしている。
食事が終わった様子を見計らい、店の女性が片付けに来て、言い合いは中断された。
小袋から取り出した石で料金を払い、騒がしい食堂を後にする。
潮の香りに顔を向ければ、青い海が広がっていた。
焦っていた気持ちが少しだけ収まる。
いまは買い出しについてきた状態で、出掛けたければ、一度戻り両親に許可をもらわないと。
「……王子様」
小さく呼ばれて後ろを振り向く。
目が合うとミューレイはビクッとなり、かすかに頬を染め、両手を胸元で握りしめた。
「あっ、いえっ、なんでもないです……ッ」
「うん?」
猫耳がピクピク震え、つい頭を撫でる。
余計に顔が赤くなったが、あわあわする様子が可愛い。
なんか山河が呆れて見てるけど。
「もう、買い出し終わったよな? 戻ろう」
「……ああ」
大通りから路地に入り、古ぼけた民家に踏み込む。
奥のドアを通り、さらに奥のドアを開ければ、緑の森に戻って来れた。
不思議だ。どうなってるんだろう。
後で母さんに聞いてみよ。
両親の気配が感じられたので、迷わずログハウスに帰る事ができた。
見えてくると、ログハウスは増築中だった。
幾つかに切断された木材で、床と柱と屋根が組まれ、壁になるらしい木材がその隙間を埋めていく──ひとりでに。
いや、よく見ると半透明な何かが数体、支えたり巻きついたりしている。
あっという間に横に増えたログハウスを、両親は満足そうに見ている。
「た……ただいま」
「おう、お帰り」
「お帰りなさい」
風か吹き、新築部分の壁に穴が空き、窓ができる。
木くずもきれい吹き飛ばされた。
買い出ししてきた荷物を屋内に運びこみ、オヤジは早速釣竿を受け取る。
「リューキも行くか?」
「行かない」
「そうか……」
オヤジはちょっと寂しそうに肩を落とす。
「それより、出掛けてくる」
何処へと見返され、言葉につまった。
正直に言わないと、許してもらえなさそうだ。
「──レテューの様子を見に」
「見に行って、どうするんだ?」
「それは……っ」
無事な姿をこの目で確かめて。できれば謝って。それから。
それから……?
なんにも考えてなかった自分に歯噛みする。
俺は、レテューの無事な姿を見て、自分が安心したいだけだ。
どうするかなんて思いつかない。
答えられない俺に、オヤジは考え込む。
ブツブツと呟き始める。
「西か──拡げても……道くらいだからなぁ……。うーん」
思案しながら、リビングにいる母さんに話しかける。
「エリ、水の調整はどうだ?」
「……待って………」
リビングから外に出て、母さんは空を見詰めた。
母さんの意識が広くひろく、世界に広がっていくのを感じた。
「……大丈夫よ。乱れはないわ」
「なら、少し動いても平気か」
「少しなら」
何の話かさっぱり分からない。
オヤジは俺の顔を見て、仕方なさそうに笑った。
「よし。じゃあ一旦宮殿に戻って、全員着替えだな!」
「……は?」
なぜ着替え??
母さんの目が、キラッと嬉しげに輝くのを見てしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます