第41話
痛々しい夜を過ごし、やけに白い朝日を浴びながら、避難所に朝がくる。
灰の街は元々鉱山の街で、10年くらい前までは、魔石を掘っていたらしい。
だがほとんど掘り尽くし、街はさびれた。
首都からも遠く、雨もあまり降らず、住民は千人もいなかったが、生存者はわずか、百数人になってしまった。
朝ごはんの炊き出しを手伝いながら、生き残った住民がポツポツと、話してくれた。
身を寄せる伝手がある人々は、近くの街や村に移住を決めていた。
行き場のない70人程が、首都に移動する。
炊き出しが終わると、赤月が地面に描いた魔法陣に、次々と人々が吸い込まれていった。
「───結局、街を破壊した目的は不明なままか」
最後の住民が消えると、苦い声で赤月がつぶやく。
「昨日の、血コウモリも、なんだったんだ?」
「国境でも、ひと騒動あったよな…」
「警戒を強化した方がいいな」
地面の赤い魔法陣に、マントの集団も踏み込む。
レテューが立ち尽くしたまま動かない。
気がかりな眼差しは向けても、慰めるようなセリフは誰一人、口にしなかった。
ぽつんと、俺とレテューと、赤月だけ残った。
赤月は、俺に向き直る。
「……さて、貴方はどうする? ……家出中、だったか」
本当に、どうしよう。
レテューが静かすぎて、怒りも嘆きもなにも表さないから、逆に心配だ。
悲しいはずなのに、あまりにも大人しい。
「……レテュー」
「なんだ?」
ひとりで、大丈夫なのか。なんて、さすがに聞けない。
「……今日も、泊まる」
「帰らないのか?」
「………」
逆に、心配するのが迷惑かも知れない。でも、何か離れ
一瞬、山河の過保護っぷりを思い出し、面倒なことになりそうな予感がしたが、あえて無視した。
いま、レテューから離れたらいけない気がするのだ。
漠然とした不安が、消えない。
「帰らないとだけど……もう少しいる」
レテューは肩をすくめた。
「わかった」
うなずいて、レテューが魔法陣に踏み込む。
赤月が、腕組みしてじっと俺を見詰めている。何か訊きたそうだ。
じっと見返したら、苦笑された。
「灰狼を、頼む」
「……ん」
俺も、魔法陣に踏み込んだ。
赤い光に包まれて、その光が収まると四角い部屋の中だった。
床には魔法陣が二つあり、出入口は1箇所。
廊下に出るとレテューが待っていた。
階段を降りると広いスペースに避難してきた住民がいて、鎧姿の兵士数人と、緑のマントの人物が相談中だった。
兵士のうち3人が紙を手に、住民に何やら質問し記入していく。
レテューについて建物を出てみると、なんとすぐ後ろはお城だった。
建物の外にいて、住民達と話していたケイレルにレテューが歩み寄る。
「……ケイレル。
「レテュー……。ああ、ありがとう。世話になる」
ちょっとだけ、レテューが安堵したのがわかった。
レテューは、他にも誰かを探しているのか、また建物内に戻って視線をさ迷わせた。
「……誰か探してる?」
「……給仕」
給仕?
考えて、思い出す。灰の街のギルドにいた、給仕の人か。
ぼんやりとした記憶しかない。
「避難所では見たんだ。……いないな」
「……」
しばらく探したが、見つからないようだった。
「1回、家に戻る。──ケイレル」
兵士と何か喋っていたケイレルに、落ち着いたら自宅に来るよう言って、レテューは歩き出す。
お城の周りはお屋敷街だ。
高い塀で整然と区切られた通りを、急ぐでもなくレテューは進む。
黙って歩く彼の後を、ただついて行く。
しばらく歩くと、レテューの家が見えてきた。
門前に誰か立っている。
二十歳くらいの地味な男性、どこかで見たような?
首を傾げたら、レテューが足を早めた。
「ニルク! いないと思ったら」
「よ。レテュー、仕事みつかるまで泊めてくれ」
「バカ言うな、ずっといろ!」
あ──給仕さんか。
肩を叩きあいながら、レテューはかなり嬉しそうだ。
お屋敷内に入ると、昨日と同じ使用人さんが出迎えた。
ケイレルとニルクが屋敷に住む事を伝えるレテューは、かなり肩の力が抜けて見えた。
「ちょっと風呂入ってくるから……リューキも休め」
「……ん」
知人の顔を見たお陰か、レテューの声に感情が戻っている。ひとりにして大丈夫そう……かな。
俺も急いで風呂を借りよう。
ニルクは隣部屋に案内されていた。
汗だけ流して、同じ服を着て、借りっぱなしの灰色マントをたたむ。
とりあえず、屋内でマントはいらないよな。
レテューはこのあと、どうするんだろう。
借りてる部屋の窓から、外を眺めた。
庭があり、植えられた木々は綺麗に切りそろえられている。
西の国の首都と言っていた。こんなお屋敷街に自宅があるなんて、レテューは偉いのかな。
それともマントの人物達が、特別なのか。
部屋のソファーに座って、ちょっと休む。
装飾は抑えてあるけど、床に敷かれた絨毯や、光沢のある壁紙や、小さなシャンデリアとか。よく見ると高そうだ。
壁や天井は落ち着いた淡いブラウン色。窓枠やドアは重厚な木製。
レテューの家だからレテューの趣味かと思って見てみたが……なんか、違う。
「?」
他に家族がいるんだろうか。それとも、ひとりで住んでた、のか。
でも、屋敷内に他に人の気配は感じなかったし。
不思議に思っていると、ドアがノックされる。
開けに行くと、レテューがいた。着替えて、マントも外していた。後ろにニルクも。
「茶室に……来ないか?」
うなずいて、ついて行く。
1階の、庭につながる日当たりのいい部屋があった。ソファーがたくさん、暖炉と、ローテーブルもある。
くつろぐための部屋なんだろう。
使用人さんがお茶と、茶菓子を用意してくれた。
窓際の日が当たるソファーに落ち着き、しばらく無言で喉を潤した。
「……あ、の」
ニルクが遠慮がちに口を開く。
「ニルクです。レテューとは……ギルドでの顔なじみで」
自己紹介、してなかった。鳶色の瞳を見返したら、ちょっと身じろぎされた。
「……
「白魔法師さん、ですよね。みんなの治療、ありがとうございます」
俺はうなずいて、レテューを見た。
「なんだ?」
「白魔法師って、なに」
ポカンとされる。
「え……なにって……え?」
「一般的には、光魔法で治療をしたり、水魔法で水を作ったりする、補助魔法が使える者を指します」
ふわりと青いマントが俺のソファーの横に現れ、隣に腰掛けた。
ニルクがビクッとなり、マントの色を見て固まる。
レテューは何か叫びかけ、でも飲み込んで苦い顔になった。握った拳が震える。
「呼んでねぇのに……」
「お隣ではないですか、ねえ?」
屋敷が隣なのか? 俺はソファーの端にズレて青いマントの人物をうろんに見た。
3人がけのソファーだから、あんまり距離は空かない。
いきなり現れても、レテューが怒り出さないから、普段からこうなのか。
青マントはパサリと、フードを下ろした。
なぜかニルクがビクッとして、アタフタと視線をさ迷わせた。
「気にしなくて良いですよ──ギルドで給仕をしてらしたんですよね? 」
フードの中身は、見た目は若い男だった。
細身で優しい面立ちの、青い髪と、空色の瞳。
フードと同じ色合い。
落ち着いた大人の雰囲気があり、余裕に満ちた態度。
「なんで、フードを取った?」
イラッと、レテューが男を睨む。
「ニルクさんはギルドで働いていたんでしょう? 保守義務は守ってくれるでしょうし……」
かすかに青ざめ、ニルクは必死にうなずいている。
空色の瞳が、ニルクから俺に向けられた。
「貴方は、ギルドが何かもわかっていらっしゃらないし」
「……なんで」
「わかりますよ。ギルドがどういう物か知っていれば、我々色つきの立場も知っているはず。──ですが、貴方はなにも知らない」
そうでしょう?と、にこやかに指摘され、反論できなかった。
「ギルドとは、我々中立国で立ち上げた、大国から身を護るための……小国の代表ともいうべき組織です。その、代表者の中でも特に、優れた者だけが色つきのマントを身につけています。ですから、その存在を知らないなんてことは、ありえない」
「……」
「逆も、そうです。大国の人間なら絶対知っています。ギルドの色つきは、もっとも排除すべき敵ですからね」
にこやかすぎるこの男が、何をしにここに来たのか考える。
俺を追い出したいのかな。
レテューが平気そうなら、追い出されるのは別にかまわない。
ちらりとレテューを見る。珍しく、動揺したような、困り顔だ。
「貴方の魔力はありえない──というのが、赤き月の感想です。人間のものではないと。昨日、百人以上治療したのに、全く疲労もしなかったのでしょう? 普通の白魔法師なら、10人治療すれば倒れてしまいますし──あれほど完璧には治せません」
え。そうなのか。
驚くと、苦笑された。
「何も知らないのですね」
それはまあ、違う世界から来たからな……。
「──青、やめろ」
「我々の世界には、ヒト族以外に、獣人族がいますが、彼らは獣の姿に近い。ヒト族でも獣人族でもなければ、あとは滅多に見れない精霊族か……」
俺を見詰める空色の瞳の奥に、高揚した熱が広がっていく。
「……遥か昔の伝説と語られる、古代の
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