第40話


息がとまる。




レテューが、愕然として俺を見る。


赤いマントの男の手が、俺のフードに伸びてきて、思わず身を竦め──。


突如、建物の外で悲鳴がいくつも上がった。


「!?」


「なんだっ?」


「血コウモリ!?」


窓から、逃げ惑う人々と、空を覆う真っ黒な大群が見える。


1階にいた人達が、慌てて武器を手に外に飛び出していく。


「警報はどうした!」


「結界を張れ!」


赤いマントの人物は、出入り口で1度だけ俺を振り返り、駆け出していった。


「貴方はこちらへ」


青いマントの人物に背中を押され、レテューに腕をつかまれ、有無を言わさず受付奥に誘導された。


人々の悲鳴や怒号、何かが割れる音。


階段を登らされながら、俺が握りしめてる金色の腕輪に気づき、レテューがそれを取り上げた。


「これか……」


「……?」


上から駆け下りてきた人とすれ違いながら、三階へ。彼らが会議をしていた部屋だ。


入り口で躊躇したが、レテューに引っ張られた。


窓から外の様子を伺っていたマントの人物達がいっせいに、俺を見る。


全員フードをかぶり、違う色のマントで、気配も様々だった。


強い興味の視線を向けられ、どうしても身体が強ばると、全て弾いてしまう。


数人、身体を揺らした。


「ッ!」


「あー、待て待て。ユーキに〝サーチ〟は効かないからな。俺でも弾かれる」


レテューが宥めるように、俺の頭を撫でてきた。


「何……?」


警戒と困惑の視線を向けられ、俺も困ってレテューを見る。


まだ、俺の背中に手を当てていた青いマントの人物が、フッと笑う。


「とりあえず、座りませんか」


彼らは顔を見合わせて、それぞれの席に座った。


俺はレテューの横に、どこから取り出したのか椅子を用意され、座らされる。


外では混乱中なのに、いいんだろうか。


青いマントの人物は、椅子をわざわざ俺のすぐ横に移動させて、満足そうに座った。


……なんだろう、こいつ。


「青の鳥、何故横に?」


黒いマントの人物がすかさずたずねる。


俺も訊きたい。


「彼の傍は居心地がすこぶる良いので……」


「は?」


「あー、確かにな。なんか空気が違う」


レテューまで、そんな事を言う。


すると、興味を抑えられなかったのか、白いマントの人物が立ち上がってこっちに来た。


ぐいと近寄られる。


「ん……あら……光なのは遠くからでもわかったけど、これは──綺麗な金色…あぁ……っ」


抱きつかれかけ、椅子の上で身を引いたら、青いマントの人物が白いマントの人物を蹴飛ばした。


「変な声を出さないで下さい。怯えてるではないですか」


「いったーい! なにするのよっ!」


「どれどれ」


「では私も」


「ほほぅ……」


こいつら、ヤバい?


身体に触れそうなくらい近寄られ、匂いまで嗅がれ、戦々恐々としていたが、一通り観察して満足したのか、全員椅子に座り直した。


黒いマントの人物が、コホンと空咳をする。


「赤き月がいませんが、自己紹介くらいはしておきましょうか──私は、黒き蛇と申します」


ぺこりと、俺に向かって頭をさげる。


「私は白き蜜……ギルドでの、通り名よ」


うふふと白いマントの人物は笑った。


「さっき外に行ったのが、赤き月です。私は青い鳥と申します」


多分フードの中ではにっこり笑ってるんだろう、青いマントはずっと俺を見ている。


ちょっと気持ち悪い。


「私は緑の調べ」


「俺は黄の牙」


「……私は、紫の時」


「──で、オレが灰狼だ」


最後にレテューが言い、納得した。


「似合う」


「だろ?」


金色の腕輪をもてあそびながら、レテューはニヤリとした。


「みんな、本名は隠してるからアレだが……一応、ギルドのトップにいる奴らだ。普通のヤツじゃこなせない仕事をしてる」


ふと気づく。窓の外、大量にいたコウモリが、いつの間にか減っている。


人々の騒ぎ声も、だいぶ小さくなっている。


「……終わったか」


それぞれが、外を確認して、それから再び俺に視線が集まる。


ふいに気配が増え、赤いマントの人物がフワリと出現した。ちょうど空いていた、最後の椅子の後ろに。


「撒き餌がまかれていた。術者の仕業だろう」


「お帰り、お疲れ様」


片手をあげ挨拶を返し、彼は俺を見ながら椅子に落ち着いた。


「さて、俺は赤き月だ。さきほど、突然強い魔力を察知して驚いたが──再度たずねる。貴方は……何者だ」


静かに、丁寧な態度でたずねる赤いマントの人物は、レテューと同じくらい……それ以上に強そうだ。


きちんと話を聞いてくれそうで、でも、答えに困る質問だった。


母さんから、はっきり聞いていない。


オヤジからも。


両親のいる国? がどこにあるのかも、世界情勢とかも知らないから、彼らが敵か味方かもわからない訳で。


「……りゅう


とりあえず、名前はいいよな?


「ユーキ?」


「りゅうき」


「……リューキか」


「ん」


レテューがあれっ?と首を傾げたが、聞き間違えたのはレテューだ。


訂正できたから良しとしよう。


「国は何処だ?」


訊かれるよな。なんだっけ……セス……アース?


「……空?」


「空?」


ウソじゃないからいいよな。


だいたい、本当に場所は知らないのだ。


赤いマントの人物は、ちょっと困っている。


俺も困ってる。


「質問を変えよう。──なぜ西の国に?」


俺は横を見た。


「レテューに連れてこられた」


「あ、いや、違っ……わねーけど」


レテューが慌てる。


言い直そう。


「森にいたら、レテューに連れてこられた」


「……」


あんまり、意味が変わらない。


ハーッ、とため息ついて、代わりにレテューが説明する。


「北の砦に用事で出向いてたら、急に魔力感じてな、デゼルの森に。で、危険だから保護しただけだ」


「デゼルだと?」


なんて場所に、と呟かれる。


そんなに不味い森だったのか?


「森にいた、理由は?」


赤いマントの声が険しくなる。何か誤解されてるな。レテューの時と同じだ。


「──家出」


「……は?」


「でも、そろそろ帰る」


「……は……?」


なんとも言えない微妙な空気になり、みんながレテューを見た。何やってるんだ、的な。


「だっ……仕方ねーだろ! こんな身分高そーなヤツを、危険な森に放置できるか!」


「確かにそうかもしれないが、無理やり連れてきたら誘拐と同じだ。行動する前に、よく考えろといつも注意しているだろう」


「ぐっ」


赤いマントの人物も、ため息をつく。


「灰狼、送っていってやれ」


「言われなくてもっ」


え。


それは。


「では私もお供しましょう」


青いマントも立ち上がった。俺は焦った。


「いい……ひとりで」


「近くまでだ。心配すんな」


レテューが頭を撫でてくる。


遠慮してると勘違いされているな、これは。


「……そ」


そうじゃなくて、と、言いかけ、声が途切れた。


ごっそりと生命いのちが消える喪失感が、遥か遠くから届いて、そちらをた。


反射的に視界を飛ばし、痛みが神経に突き抜けた。


街が燃えている。砦のような建物が破壊されている。人々がたくさん──!


「あ」


「リューキ?」


「どうし──」


俺が視ている方向につられて目をやり、訝しがられ。


「!?」


レテューが消えた。


「どうした?」


赤いマントの声も、青いマントの手も振り払い、俺はレテューを追いかけた。








赤黒い炎が街中を覆っていた。


黒い煙が空に渦巻き、熱風が地を這う。


「ケイレル!」


名を呼びながらレテューが、崩れた建物に走る。


かろうじて1階部分だけ残った、建物。


あちこちに人が倒れて。


「──ケイレルっ!」


レテューの泣きそうな叫びに、俺は慌てて駆け寄った。


瓦礫に埋もれて、褐色の髪が、身体が血まみれで。


急いで手をかざす。


焦りながらレテューが瓦礫をどかした。


「これは……何が」


マントの人物達も後を追ってきたようで、呆然と惨状を見回し、遅れて動き出す。


「救出作業を」


「なんて酷い……」


目を開けないケイレルを、レテューがじっと見つめる。


怪我は治せたけど……意識が戻らない。


「どこか、安全な所に」


青いマントの人物が、そうっとケイレルを抱えあげる。


無事な建物なんて、見渡す限りない。


「首都から応援を呼ぶ。黄牙は安全確保を。黒蛇は現況調査。紫時は首都の守りを──」


「了解」


赤いマントの人物が指示していく。


「どこか、避難所にできそうな場所はないか?」


レテューが訊かれる。返事がない。


ショックなのか、ケイレルをぼんやり見てる。


「レテュー」


彼の腕に触れると、はっとして俺を見た。


「どこか、避難所ある?」


「っ、あ、ああ……廃鉱山の跡地なら、広さもあるし、生活施設がたしか」


赤いマントを見上げると、うなずいてくれた。


「生存者を避難させる」




時間との戦いになった。


瓦礫に埋もれる人を見つけ、助けだし、危険ならその場で治療して鉱山跡地に送り、また街に戻って捜す。


捜索の手は途中から増えたが、生存者が少なかった。


俺にできたのは捜索の手伝いと、治療くらいだった。


日が落ちて、いったん救助活動は終わりになり、鉱山跡地の建物はかがり火で明るくなる。


助け出した人々から聞けたのは、突然火が降ってきて、建物が破壊されたという話だった。


瓦礫のあちこちに、石の欠片が散らばっていて、緑と赤の魔石らしいこと。


おそらく、火と風の魔石を使って、大量に爆発を起こしたのだろうと。




「こんな事をするのは、皇国くらいだ」


明るいかがり火に照らされていても、避難所の空気は暗い。


ケイレルは意識を取り戻したあと、捜索活動に参加していたが、彼は家族を失ってしまった。


避難所の一室、鉱山跡地の施設の臨時会議室で、紫時を抜いたマントの人物達と、ケイレルが話し合いを始める。


俺は外に出ようとしたが、レテューに腕をつかまれ、退出のタイミングを失っていた。


一言も喋らない彼が、何を想っているのか心配ではある。


「灰の街は、もう機能はしないだろう……」


赤月がうなずく。


「首都に全員避難させよう。受け入れてくれる保護者をつのる」


「頼む」


淡々と、事後処理の話し合いが進められていく。


「……最後に。犠牲者をどうするか、だが……」


それまで動揺の欠片すら見せなかった赤月が、レテューに目をやり躊躇した。


それまで、一言も言葉を発しなかったレテューが、やっと口を開く。


「……オレが、──火葬する」


「頼む」


立ち上がったレテューに腕をつかまれたまま、俺も会議室を出る。


「……リューキ……一緒に来てくれ」


レテューの手がかすかに震え、それを隠すように強く握られ、見えないだろうけどうなずいた。






街に続く道の途中で、レテューは足を止めた。


闇に沈んだ壊れた街から、うっすらと煙がいく筋も上がっていた。


レテューは右手に青い鎌を握りしめ、集中し、何か呟いている。


彼の瞳のアイスブルーと同じ──淡い青色の粒が、レテューを包み込んで渦巻き、次第に濃くなっていく。


風圧が生まれて、かぶっていたフードがあおられ脱げてしまう。


灰色の髪が、不思議と淡い青に染まっていく。


やがて限界まで溜められた力が、青い鎌に集約され、一気に横凪に振られた。


青い炎が街を包み込んで、勢いよく燃える。


瓦礫も、助けられなかった人々の遺体も飲み込んで、全て焼き付くし灰だけが夜空に舞った。青い炎に撹乱され、まるで灰で作られた砂漠だ。


レテューは長いこと、灰の砂漠を見詰めて動かなかった。









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