第五部
第38話
落ち葉や小枝で覆われたやわらかい地面。
湿った空気に濃い緑の匂い。
頭上にひろがる、一面の無数の葉。
ザワザワと風に揺れる大木の枝を見上げ、辺りをぐるりと見回し……途方にくれる。
全く知らない森の中。
あの、空中に浮かぶ城の下の森かと一瞬考えたけれど、すぐに否定した。
木々の種類が違うからだ。
なだらかに起伏した地面に何処までも続くのは、針葉樹林。
風の音と、葉がこすれる音。遠くで、獣の遠吠えみたいな声。
「…………」
なんとなく、自分がやったのはわかった。
ため息をついて、そばの大木に寄りかかった。
キラキラと自分の身体から、あの光の粒が舞い上がる。
深い森は真っ暗で、金色の光が舞うのは幻想的だ。
見渡す限りの森に、他に人がいないのがわかる。気配がない。
いるのは多分動物で、その気配もずっと離れてる。
眠るような静けさに、ホッとした。
膝を抱えて座り込み、おでこを膝に乗せて目をつぶった。
森の静寂に、波立っていた神経が次第になだめられていく。
──向こうの世界と、こっちの世界。
ありえないモノをたくさん目撃した。
だからこの現状が、ぜんぶ夢だった──なんて事には……ならないよな……。
ため息が出る。
魔法、とか。
ネコ耳とか。妖精とか……。
信じられないけど見てしまったから、現実だって受け入れないと、なんだけど。
頭を持ち上げ、そうっと右手をひろげる。
だいぶ収まったものの、まだ金色の粒が身体からあふれてる。
あたたかいような冷たいような、まぶしい粒たち。これって……。
ぼうっとしていると、ふいに空気が動くのを感じた。
視界には映らない離れた場所に、突然、人の気配が現れた。
斜め左、前方、1キロくらい先だ。
俺の様子を慎重にうかがっているのがわかった。さぐるような空気が、全身を触ったからだ。
勝手に触られるのは気持ち悪くて、思わず身体が固くなると、その空気ははじかれた。
びっくりしたような気配。それから、強い警戒。
なんか、まずい状況か?
立ち上がろうとする前に、上から人影が降ってきた。
「っ!」
逃げる暇もなく、捕まえられた。
俺の肩を抑え大木に押し付け、顔を覗き込んできたのは、グレーのマントの人物だった。
フードを深くかぶっているせいか、相手の顔は見えない。
ただ、背格好から歳が近い事と、男で、強いということだけわかった。
黒いドラゴン程じゃないけど、それに近いくらいの。
俺の顔を見て、相手が驚いているのがわかる。警戒心が半分まで下がるのも。
視線が、顔から服に移り、抑えつける手がそっと離れた。
立ち上がり、見下ろし、吐息をつかれる。何故か面倒そうに。
「……こんな危険な場所で、何をしている?」
問われて首を傾げた。
相手がちょっとイラついた。
「迷子か? 見たところ……貴族だろう? 共はどうした」
は?
自分の服装を見た。そっか、母さんが集めてた服だから、いかにも上等だからな。
「……貴族じゃない」
「……」
フードの人物は周囲を見回した。俺しかいないことを、確認したらしい。
「では何故、こんな場所にひとりでいる?」
俺は考えた末、素直に口を開く。
「家出?」
あの場にいたくなかった。何かが耐えられなかった。だから今の状況は自主的な家出、だと思う。
「……家出って……」
相手があきれる。俺はまた、膝を抱えた。
「ほっといて」
しばらくひとりでいたいのだ。だが、相手は俺の腕をつかみ無理やり立たせた。
「危険区域で、いかにも身分の高い者を放置できるか! 保護する」
「えっ」
しっかりと掴まれた手は振り解けない。引っ張られふらつくと、もう片方の腕も掴まれた。逃げようと思う前に、呟かれる。
「〝転送移動〟」
「!」
ガクンと10センチくらい落ちて、慌てて足を踏みしめた。硬い木の床に立っている。
10畳くらいの大きさの四角い室内。木の床には、複雑な模様の描かれた円。壁と天井も艶のある木製で、たいそう古めかしい。
呆然としかけて、森から室内に移動したんだと気づいた。
「こちらへ」
ひとつだけあるドアにフードの男は向かう。
部屋の外に、雑然とたくさんの人の気配。
俺はつい、足下の不思議な模様を見つめた。
模様はかすかに光っていたが、だんだん消えていく。
「これ……何?」
「何って……転送用の魔法陣だろ」
ま、ほう、じん。
不思議すぎる。
「珍しくもないだろう」
男はドアを開けて、ついてこいと手招きする。
少なくとも、危険な感じはなかったので、後についていく事にした。
部屋の外は長めの廊下で、建物の二階だったらしく、真ん中に上下につながる階段。
下に降り、また扉があり、潜ると雑然とした細長い部屋に出る。
階段側は木製の壁。反対側は木製の衝立で仕切った、カウンターがズラリと並ぶ。
窓口みたいな箇所が5箇所、真ん中に出入口があり、カウンターの向こうは広いスペース。
こちら側のカウンターには椅子に座り何か作業中の人や、窓口の相手と話す人がいて、ザワザワと賑やかだ。
カウンターの受付側は全て女性で、みな揃いの制服みたいな格好から、ここが何か会社みたいな施設なのだとわかる。
突っ立っていたら、手首を掴まれカウンターの向こう、広いスペースに連れていかれた。
板ばりのそこは半分テーブル席で、奥に目隠しのついた席があり、あと半分は何も置かれていない。
ただ、何もない壁には黒板みたいな板が打ち付けられ、一面にプリント用紙みたいな紙が貼られていた。
30人くらいはいるかもしれない──見た目も年齢も様々な人達が、半分はテーブル席で食事中、半分はみな用紙を眺めている。
周りからの好奇心あふれた視線にさらされながら、俺は奥の、衝立で囲まれたテーブル席に押し込まれた。
給仕ぽいエプロンした人がきて、フードの男は何か頼む。
いったい、どこに連れてこられたんだ?
ほんの少し不安を感じた。
おもむろに、男がフードを外した。
はね放題の灰色の髪と、鋭い目付きの淡いブルーの瞳。
想像した通り若い。同い年くらいだろう。
日焼けした男前な容姿は、野生児っぽい。
「レテューだ」
ぶっきらぼうに告げられたのは、名前だろう。
俺は、ぱちくりと瞬きをした。
相手が名前を名乗ったら、当然、俺も名乗るべき。
戸惑いながら、口を開く。
「──
「? ユーキ?」
声が小さかったせいか、はっきり伝わらない。
言い直そうとした時、建物の外から慌ただしい気配がした。
乱れた足音、馬のいななき、ただならぬ空気。
レテューはすぐ様立ち上がり、テーブル席を横切り駆け寄る。
血の匂い。
「誰か白魔法師連れてこい!」
平和な賑やかさがいっぺんに吹っ飛び、その場にいた人達が騒ぎ出す。
「何があった!?」
「──スレンガーが北の砦に」
血まみれの男は、肩から腹にかけての深い傷と、全身に裂傷がある。
床に血溜まりができていく──近寄ってそれを目にしてしまい、つい片手をかざす。
「おいっ──!?」
治れ。
心の中で願う。暖かくてまぶしい金色の光がはじけ、収まると、傷は全て治った。
「は……?」
「なっ……」
周りがしいんと静かになり、ホッとした俺の肩をレテューがつかむ。
「お前っ……」
横にいた年上のおっさん達が、俺の頭を撫でてきた。
「すげーな坊主っ、無詠唱かよ!」
「助かったぞ」
ワイワイと騒ぐ中から、レテューにまた引っ張られ、今度はテーブル席でなく、建物奥に連れていかれた。
階段を3階まであがり、左奥、突き当たりの部屋に。
乱暴にノックし、応答がある前に勝手にドアを開けて、部屋に入っていく。
そこそこ広い部屋には、応接ソファー、大きな本棚、大きなデスクがあり、大人がひとりいた。
「勝手に入るなといつも……っ、彼は?」
レテューを叱りかけた褐色の髪と眼の男は、俺の姿を見て眉をひそめた。
「知らん! デゼルの森にいた! 迷子かと思ったが、本人は家出だと」
「……デゼルだと? 」
がっしりした体格の男は、ソファーを示す。引っ張られるまま、レテューの隣に座る。
掴まれた手首が痛い。不審そうに探られる視線も不快だ。
向かいのソファーに腰を下ろし、正面から眺められ、居心地の悪さに身を竦めた。
「──君は……っ、? 名前を聞いても?」
「ユーキだってさ」
何故かレテューが答えた。
不機嫌そうな彼を見て、正面の男に目を戻すと、わずかに身じろぎされた。
「ユーキ……家名はなんだね?」
カメイ?
わからないので口を閉ざしていると、別の質問をされた。
「自力で帰ることは、可能かね?」
迷ったすえに、うなずいた。
多分、本気で思えばすぐに戻れる。
男の眼差しが柔らかさを増した。小さな子供を見るような、仕方なそうな。
「家出ね……いつまでだい?」
いつまでだろう。
首を傾げると、苦笑された。
「仕方ない……しばらくここにいるといい。わからないことは、そこのレテューに聞きなさい」
「はあっ!? なんでオレだよ!」
「お前が拾ってきたんだろう。かなり強い光魔力だ──白魔法師は少ないし、しばらく面倒を見てあげなさい」
「っ!」
戸惑う。レテューは迷惑そうだ。
俺は、ふるふると横に首を振る。
「……ひとりで大丈夫」
他人に迷惑をかけるつもりはないのだ。
断ろうとしたら、ペシっと軽く頭を叩かれた。
「大丈夫なわけないだろ!」
なんでか、レテューは本気で怒っている。淡いブルーの瞳に、怒りの感情。
「……」
痛くない。のに、痛い。
大丈夫ともう1度口にしようとして、ギロりと睨まれる。
俺は仕方なく、小さくうなずいた。
男が笑みを浮かべ、褐色の瞳を細めた。
「私はケイレルだ。ここ、【灰の町】のギルド長をしてる」
むすりとしたまま、レテューがソファーから立ち上がる。
ついてこい、と顎をしゃくる彼の後に続く。
灰の町?? しかもギルドって……。
レテューは3階から二階に降り、右手奥のドアを開けた。
ドアの先はまた廊下が続き、等間隔にドアが並んでいた。
ドアノブに、鍵のついたヒモがかかっているドアの前で足を止め、鍵で部屋を開けて見回し、うなずいた。
「空き部屋、ここを使え。食事は下の食堂で自由に食え。……お前、腕輪持ってるか?」
「?」
「ないか……じゃあ、登録からだ。下に降りるぞ」
不機嫌な表情のまま、レテューはさっさと移動する。
1階に辿り着くと、カウンターに腰掛けていた女性のひとりが、さっと立ち上がり寄ってきた。
「さっきの……治療凄かったわ! ありがとう! ……レテュー、この子どこ所属?」
見た目二十歳くらいの女性は、きらきらした眼で俺を見上げた。
「あー……腕輪ないってさ。ここで登録させる」
「まあ! 素敵! 待ってて」
何故か喜んだ女性は、1度席に戻るとすぐに1枚の用紙を持ってきた。
ペンみたいなものと一緒に手渡される。
何か、記入するものらしい。
受付カウンターの奥に、雑然と書類が載った机があり、座らされる。
「……ギルド、登録?」
「適当に書け」
困惑してレテューを見上げたが、詳しい説明はする気もないらしい。
どうしよ。
……とりあえず、書面を読む。
名前、性別、出身地──使用魔法、使用武器、注意事項。
履歴書みたいだ。
魔法とか武器欄に、頬が引きつった。
これが、この世界では常識らしい。
ちらっとレテューを見上げる。
「字は、書けるよな?」
「……ん」
仕方なく名前を書こうとして、一瞬迷った後、ユーキと書いた。カタカナで書いたつもりだが、紙には不思議な文字に変わっている。
性別に男と書いて、使用魔法、で困った。
「白魔法師だろ、白魔法でいい」
言われるまま、漢字で書く。書いた後の文字は、漢字ではなくなった。
奇妙な現象に眉をひそめていると、レテューが紙をつかむ。
「あれ、持ってきますね!」
女性がパタパタと席に戻り、引き出しから何かを抱え、こっちに持ってきた。
アレだ。占い師が使うような、透明な石が小さな座布団に乗ってる。
女性が抱えたまま、目の前に差し出され、俺は困った。
「手を乗せて魔力流せ」
なんだろう……とてつもなく嫌な予感。
カウンターで忙しく作業する女性たち。カウンターの向こう側にも人がいる。その衝立は天井部分は塞がってない……うん、これはまずい。
「やめとく」
身を引いたが、レテューに手首を掴まれた。
「いいからさっさと───…ッ!?」
強引に手を押し当てられ。
カッと目の前が金色の光で埋まった。
「きゃっ」
女性が悲鳴をあげる。
一階の部屋のあちこちから、驚愕の叫び。ばちり、と嫌な音がして、透明な石がサラサラと砂に変わり果てた。
「…………………………」
「……………」
みんながこっちを見た。
俺は、ため息をついた。
ひと騒ぎの後、再び俺は3階のケイレルの部屋に引っ張っていかれた。
多分、書類仕事の最中だったろうケイレルは、魔力をはかる石が砂になったと聞くと、頭を抱えた。
レテューは呆れ顔だが、何故か不機嫌さは消えて、興味がわいたような表情だ。
というか、面白そうな眼で俺を眺める。
「魔力量オーバーなんぞ、お前いらいか……どうしたものか」
「とりあえず、Xて書いとくぞ」
レテューは不器用な字で、紙に書きつける。
ケイレルは苦い顔つきで、紙を見た。
俺はしょぼんと肩を落とす。
「壊して、ごめん」
「いや……経費だから気にするな。それより、だ」
しばらく唸り声をあげ、ケイレルはソファーに座る。
「困ったな……こんな辺境のギルドでは、君をどう扱って良いのかがわからん」
俺は、首を傾げた。
「辺境?」
ぴくりと、ケイレルの眉が震える。
「ここが……何処の国か、わかるかな? 森にいたんだったか……そもそも、何故森に?」
「──ひとりに、なりたくて」
「…………」
レテューが何か思いついたように、手元で何かをした。いつの間にか、折りたたまれた紙を取り出し、テーブルにひろげる。
地図だ。
ごわついた黄色い厚地の紙に、青いインクで描かれた地図。
真ん中にいびつな丸い島があり、周りに海があり、左右に対象に三日月みたいな大陸が大きく描いてある。
ケイレルは、俺から向かって右側の三日月の大陸を指さした。
右下あたりをつつく。
「今いる場所がここ、──灰の町がここ。……で、君の国はどこかな?」
知らない。
困惑する俺の様子を、ケイレルとレテューが観察してる。
ちらっとケイレルがレテューを見て、レテューがうなずいた。
ケイレルが、ため息をつく。
「君が身につけている服は、貴族や王族くらいしか着れないものだ。事情があって家出してきたんだろうが」
「……」
「もし、ここにいる間に、君に何かあったら、国際問題になりかねん」
俺は口を開いて、でも、何も言えずに閉じた。
「可能なら、いますぐ帰るべきだが──」
自分の身体が、ビクリとした。
レテューが隣から、じっと様子を眺めているのを感じる。
思わず見返すと、ニヤリと笑われた。
「ケイレル、オレが見てるよ。ついでに首都に連れてく。片田舎よりは安全だろ」
「そうか。頼む」
「あっ、その前に砦で仕事か──ちょっと行ってくる」
ふいに他所を見たレテューが、ソファーから立ち上がりながら手を振った。
彼の姿が一瞬でかき消えた。
残された俺は、書きかけの用紙を眺めた。
魔力量の欄の、いびつな字を見つめる。
あと残りの空欄は、どうしたら。
ケイレルが反対側から、用紙を読んだ。
「武器欄か……何か、使えるかい?」
首を横に振る。
紙を自分の方に向けて、ケイレルが書き込む。
「なし、と。じゃあこれを下の受付に。レテューが戻るまでギルドにいなさい」
決して押し付けない優しさに、俺は頭を下げた。
注目を浴びながら受付で紙を渡し、細い金属の腕輪を渡され、簡単な説明を聞いた。
腕輪はにぶい
記憶する魔石で、ギルド登録の内容や、貨幣のかわりに使うらしい。
さっきの治療も、緊急時の白魔法使用ということで、ギルドから一定の報酬が記憶された。らしい。
黒い石が1番低いランクで、仕事をこなせばランクが上がる事、石の色も変わるのだと説明された。
白魔法師は数が少なく、重宝される事。
レテューはこのギルド所属だが、強くて有名で、普段は首都にいるのだという事。
ケイレルは結婚してから、第一線から退き、いまは可愛い娘がいるらしい事。
「私もそろそろ、いい人をつかまえたいんですよっ。でも、ギルド所属ってとにかく忙しくてっ、なかなか出会いが──!」
途中から、話が脱線してきた。
受付カウンターの裏で、空いた椅子に座って待っていたが、レテューはまだ姿を見せない。
他の受付の女性や、並ぶ男達や女達から、同情の視線が注がれてくる。
鎧を身につけた人や、剣や弓を持つ人、ローブ姿の人や子供まで、色んな人がひっきりなしに訪れる。
ただうなずくのも芸がない。
「……合コン、とかないの?」
「うぇっ、なにそれ? ごー?」
「合コン。若い、独身の男女だけを集めて、お茶したり遊んだりして、恋人を探す……出会いの場所?」
受付のお姉さんは、目を輝かせた。
「くわしく教えてっ!」
何故か、周りの別の女性達からも、一斉に詰め寄られる。
慌てて、なんとか説明している時、やっとレテューの気配がした。
「……なに、やってんだ」
呆れた顔をされた。
なんとかお姉さん達から解放してもらい、受付でやりとりするレテューを待って、階段を上がる彼についていく。
廊下の窓。外はすでに真っ暗だ。
──きっと心配させてる──。
レテューは真っ直ぐケイレルの部屋に向かい、簡単に挨拶だけして俺に向き直る。
確かめるようなアイスブルーの瞳。
帰らなくていいのかと、眼で聞いてくる。
俺はコクリとうなずいた。
「仕方ねぇな……」
右手を差し出され、迷わず手を乗せて、一瞬で景色が切り替わる。
夜の冷たい空気と、巨大な門と、かがり火。
城壁? みたいな灰色石壁。見上げる程の門。脇に立つ全身鎧の兵士。
レテューは門の近くに生える大木の陰に、飛んだらしい。兵士も気付いてない。
「これ見せねぇと、中に入れねぇから」
左腕を軽く振り、彼の金の腕輪を示す。金色の腕輪──受付のお姉さんの言う通り、最上ランクの色だ。
俺はコクリとうなずく。
レテューはさっさと門に向かい歩き出す。遅れないように、急いで追いかける。
近づくと、兵士が視線を向けてきた。レテューを見て、はっとする。
「お疲れさん」
「はっ、──どうぞ」
レテューが振った腕輪を確認し、兵士は脇に避けた。俺も腕輪を見せたが、簡単に通された。
こんなにあっさり通していいのか?
疑問に思っていると、前を歩くレテューがクスリと笑った。
「オレが一緒だからな、問題ねぇよ」
「……そか」
門の内側は、石畳。見慣れない、西洋風の街。ゆるく上り坂だ。
どこかの街──首都がどうの話してたから、大きな都市なんだろう。二階建てくらいの家が道なりに並び、夜道に街灯がともされ、遠くにお城が見えた。
レテューは、どこに向かってるんだろう。
まさか、お城じゃないよな?
サクサク足を進めるレテューは、やがて大きな通りを左に曲がった。
お城が見えなくなり、ホッとする。
彼の肩がわずかに揺れた。
民家が途切れ、堀を渡り、小さな門を抜け、大きな建物が並ぶ区域に入る。
いわゆるお屋敷ばかりが並んでる。
困惑したが、レテューの歩みは緩まない。間違ってはいないらしい。
やがてようやく辿り着いたのは、巨大な屋敷の前だった。
門と、屋敷の扉だけに灯りがついている。
レテューが門に触ると、門が勝手に開いた。
そのまま、屋敷の扉に彼は踏み込んでいく。
「帰ったぞー」
屋敷の中は、ほぼ真っ暗だ。しばらくして、パタパタと誰かが走ってきた。
「レテュー様! 帰るのは明日では──あら、お客様ですか?」
中年の女性が、出迎える。俺はぺこりと頭を下げた。
「客室使えるよな? 案内してやって」
「かしこまりました」
どうやら、ここはレテューの家?らしい。そして今夜は泊まることになるようだ。
──森でよかったのに。
吐息を飲み込んでいると、ぐいと腕を掴まれた。
レテューが無表情に俺を見下ろしている。
「お前──」
「?」
何か言いかけて、でも黙って頭を横に振られた。
「あー、もういーや、明日で。寝ろ、おやすみ」
「……おやすみ」
よく、わからない。
暗い廊下にレテューの姿を見送り、それから俺は使用人さん? に客室に案内された。
寝巻きもタンスに用意があるらしい。お礼を言って、綺麗な部屋を見回す。
……知らない人についてきて、知らない場所に泊まることになって。
はじめてかもしれない。
向こうで同じ事したら、警察沙汰だな。
山河の過保護っぷりが、ふと思い出される。
通学も、買い物も、ひとりにはさせず徹底してついてきたし。
学校行事にも離れてついてきたし。
……。
まさか、いないよな……?
窓から、そうっと外を覗いた。
暗い庭と植木が、街灯にぼんやり浮かび上がっていた。
人影はない。
ホッとして、タンスに向かう。寝巻きを発見し着替えて、豪華な寝台に潜り込む。
ふかふかなマットだった。
すぐに睡魔が襲ってきた──。
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