第31話
宿屋に戻ると、オヤジ達が待っていた。
勝手に抜け出したのは、ばれていたらしい。
「……リュウキ」
「た、ただいま」
珍しく、ちょい怒り顔のオヤジにビビりながら、山河の後ろから顔を出す。
時間的には明け方くらい?
「夜中に、どこに出掛けてたんだ?」
えーと……どっから説明しよう?
夢でみたような、あの不思議な感覚は自分でもわからない。
「──山河が、出掛けるのがずっとみえて」
「リンが?」
オヤジが今度は山河を見据える。
「いえ、ちょっと、香炉を探しに」
「……どこに?」
さすがの山河も、言いづらそうにした。
だがためいきをついて、口をひらく。
「あの連中……灰色の獣貴族がひきいてる、おそらく赤のほうで噂の、盗賊団のようですね」
と、盗賊団?
俺もミューレイもびっくりした。
オヤジの顔が渋さを増した。
俺たちの全身を眺める。
「またお前は勝手に……ケガはしなかったんだな?」
……。
山河は答えず、戦利品? の、あの剣をオヤジに手渡した。
背中を見せないようにしてるぞ。
渡された剣を眺めて、オヤジは眉を寄せた。
椅子に座って傍観を決め込んでいる母さんに、手渡す。
「あら……これ、魔晶石?」
「その盗賊のか」
聞かれて山河がうなずく。
「はい。……魔力が効かないようで」
「リンでも手こずったか。ふむ」
みんなの注意が剣に向く。
一見して刀身は鈍い灰色だが、光に透かすと暗く輝く。母さんが片手で握れるくらいだから、そんなに重さはないのか。
握るところに布がきつく巻き付けてあった。
指先でなぞりつつ、母さんの表情がけわしく変わっていった。
なんだ?
布を、ほどくと。
宝石みたいな石が、束の内部に埋め込まれていた。
暗い紅い石。
石の内部に何か──。
「!」
イヤな予感がしたのに、見えてしまった。
いまの俺の視力は、見えすぎだ。
一瞬、昆虫に見えたけど違う──羽根の生えた、小さな小さな……人形みたいなナニかだ。
紅い石の内部でかすかに生きている。
苦しみに満ちた小さな眼が、俺たちを見た。
「!?」
それがもがくだけで、剣の刀身に暗い光がめぐる。
「──これは、悪趣味だな」
「石に閉じ込めて、魔力をまとわせているのね。……誰が作ったのやら」
それ、なに? と思ったが口に出せなかった。
母さんが紅い石を指先でなぞると、急激に石から光が消えて、割れた。
なかにいたモノが、ポトリと落ちる。
母さんの手のひらにおさまってしまう大きさの、羽根の生えたそれは、完全に死にかけているように見えたが。
光の粒がつとつとと集まり、それに吸い込まれて、一瞬輝いて消えた。
ふるふると羽根が震える。
生きてる……いままで見た中でも、不思議すぎる生き物。
ゆっくりと身を起こし、羽根をまたたかせて、ふわりと飛んだ。
蝶々より一回り大きいくらい。
(──…ノキミ? タスカルトハ! ヒドイメニアッタ……ッ)
強弱の激しい音が、言葉として響いた。
ふわふわと飛び回って、宿屋の天井にぶつかり、テーブルの上にぽとんと落ちる。
俺は山河の背中越しに、こわごわと観察。
小さな体を起こし、きょろりと俺たちを見回し、それはあわてて服?のホコリをはらい裾を引っ張って直し、短い髪をなでつけた。
黒い肌と髪に、青い眼。変な……服?
(ゴホン! コレハ、オミグルシイトコロヲ)
聴きづらい声が響く。
頭の両サイドからちょこんと上に突き出てるのは、耳なのか。
それは、母さんにむかって丁寧にお辞儀をした。
母さんが微笑む。
(ヒカリノキミ! オアイデキテコウエイノイタアリ! ソレガシハコクエンノセイエン、ファルブトモウシマス! ナガイアイダアノイシニトジコメラレシンクヲナメテオリモウシタガ、コノタビハ! タスケテイタダキマコトニ……!)
みんな、目を丸くしてそれが喋りまくるのを眺めた。
やかましい奴。
きんきんと耳に響く声に、おもわず耳をふさぐ。
オヤジも困り顔だ。
俺はこっそり、山河に聞く。
「あれ、なに」
「ん」
すると、それが聞こえたのか、小さな頭がぐるんとこっちを向いた。
瞳孔のない、青い眼がじっとこっちを見る。
うお……なんか不気味すぎる。
関わりたくない。
ピンと羽根がのび、飛び上がって、それは食堂の天井すれすれをぐるりと回った。俺たちをひとりひとり眺めて、ぽかんと見ているヒューレアさんの前でとまり、
(シロノケモノゾク! )
叫んで次に、ミューレイの前でとまり、
(クロノケモノゾク!)
ミューレイがびくっと後ずさるのも気にせず、
(ヒカリノキミ! ……ト、ヒトゾク!)
母さんとオヤジの前で叫び、最後に俺と山河の前でとまった。
近くで見ると、いよいよ不気味な生き物だ。
山河の顔を眺め、後ろに隠れてる俺を眺めて、なにやら難しい顔つきをする。
視界でオヤジが、何かに気づいたようにはっとした。
「待て──」
(コレハ、イヨウナ! ヒトゾクナノニヤミゾマリトハ! ソチラハリュウノキミノオコカ──)
かすかに、山河が身じろぎする。
……なんだって?
いま、なんて言った?
思わず聞き返そうとした瞬間、ミューレイがあっと叫んだ。
ミューレイの抱えていたものが、彼女の腕の中から飛び上がり、空中のそれに飛びかかったのだ。
(ヒイイー!?)
「フギャーッ!」
野太い声が、獲物を確保しそこねて不機嫌に響く。
オヤジも母さんもヒューレアさんも、不思議そうに見下ろしたのは、灰色のデブ猫……。
羽根のちびは、母さんの後ろ側に飛んで逃げ、猫がしゃーっと威嚇するのにおびえる。
「リュウキ、また猫?」
「どっから拾ってきたんだ」
忘れてた。
山河が溜め息をついて説明する。
「例の、盗賊の頭ですよ。ヒトに化けれる獣貴族だったみたいで、尻尾を切り落としたら……」
見事に、ただの猫になってしまったのだ。
獣貴族と聞いて、ヒューレアさんが神妙な顔になって、デブ猫を眺める。
「放置するのも心配で、連れてきたんですが……やっぱり捨ててきますか?」
やっぱりって、山河……。
冗談に聞こえないぞ。
オヤジが考え込む。
どうする?と尋ねるように母さんを見て、母さんは首をかしげた。
「魔力をすべて失ったのなら、放置しても構わないわね」
空中に逃げていたちびが、急に怒り出す。
(コイツ! コイツダコノキタナイジュウゾクメ! ソレガシヲイシニトジコメオッテ──ヒイイ!)
指差し、近寄りすぎて、また飛びかかられる。
「……もう、ヒト型にも戻らないんですね?」
猫とちびのやりとりをハラハラ見ているミューレイが、誰にともなく聞く。
「魔力を取り戻さない限り、無理ね」
着地に失敗してずるりと滑った猫を、ちびが指差して笑う。
灰色猫の尻尾は、数センチ残して切られている。時々よたつく様子は、ただのデブ猫だ。
オヤジが溜め息をついた。
「まあいい、とりあえず……朝めしが先か」
食堂で話し合う俺たちを気づかい、宿屋のおばあさんが厨房から出られないでいた。
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