第29話


背筋が不快感を感じて、イヤな気分になった。隣に山河がいるから、怖さは感じないけれど。


ただ、見られてるだけのようだ。

ついてきてるけど。


山河の顔を見上げる。前を見たまま、ちいさく頷かれた。もうすぐ宿屋だ。

何事もなく、宿屋に到着。


「お帰りなさい、リュウキ、リン」


食堂には、母さんとヒューレアさん、ミューレイだけがいた。


「……ただいま」


俺がほっとしたのを見て、母さんは不思議そうに瞬きする。


「なにかあった? わざわざ送っていくなんて」


それは、俺にもわからない。

ただ、さっき、危険──うん、危険だけは察知したんだ。


山河はまだ、宿屋の外の気配を探っている。さすがに何かに気付いて、ヒューレアさんがドアにピタッとくっつく。猫耳がピクピクと動いた。


「男、二人……例の流れ者連中かな?」


ミューレイがびっくりして立ち上がる。


「……ずっと居座る気か」


背中を山河に押され、俺はドアから離れた。母さんが首をかしげる。


「見張ってるのかしら?」


「おそらく」


見張ってる……俺たちをってことか?

なぜ?

母さんに手招きされたが、俺は外が気になって動けない。


「ん? どうした。リューキ、帰ったのか」


オヤジが食堂に姿をあらわす。髪が濡れてる。風呂に入ってたのか。外を気にしてる俺たちに、オヤジは言う。


「なにかあったか?」


「外に」


山河が答えようとして、俺を見て口をつぐむ。


ん? 俺がいたら言いづらいのか。


微妙な沈黙のあと、オヤジに手招きされた。近付くと、がっしり首に腕が回される。


「リューキも風呂にいってこい」


なんだか一人だけ、仲間はずれにされたような。気になりつつ、俺は一人で2階にあがった。


部屋に戻って着替えを手に、1階の風呂場に向かう。


適当に湯をかぶって浸かって、着替えて部屋に戻って、することなくベッドに座っていると。

トントンとドアがノックされた。


「……どーぞ」


母さんや山河なら、わざわざノックなんてしない。遠慮がちにドアを開け、顔をのぞかせたのは、ミューレイだった。


「あ、あの……入ってもいいですか?」


「ん」


なんだろう。

話し合い終わったのか。


きょろりと狭い部屋を見回したミューレイは、ドア横の壁に寄りかかる。


「座る?」


俺が自分の横をぽんと叩くと、耳と尻尾がびっくりしたように動いた。


「え…ええと……は……はい……!」


びくびくしながら隣に、ちょこんと座る。


黒髪の頭からぴくぴくと動く猫耳が落ち着きなく、つい見てしまう。

何か用があるのかと、しばらく待ってみたが、もじもじするだけだ。


オヤジ達は何を話してるんだろ。

気になるけど、両親に逆らえない俺は、大人しく待つしかない。

いつも、そうだし。


……いつ、家に帰れるんだろう。


ため息をつくと、視線を感じた。

隣から、潤んだ黒い瞳がこっちを見ている。

思ったより顔が近すぎてびっくりし、上体をそらすと逆に寄ってこられた。


「王子さま……っ」


「??」


なんだなんだ。

切羽詰まった顔で寄ってくるミューレイから、なんとか体を離すが、ベッドは狭かった。


「どーして、あの子をわざわざ送っていったんですか? あーいう子が好みなんですかっ?」


へ?

すぐには意味がわからず、考え込んでしまったが。

送っていったって……さっきの事か。


「どーして、て……あぶないから」


「あぶない?」


「帰り道、一人は」


「……」


一瞬きょとんとして、ミューレイは意味を考えたようだ。


「そ……そーでしたか……私てっきり……」


てっきり?

赤くなって口許を手でおおい、やっと姿勢を戻してくれる。

落ち着いたようなので、今度は聞いてみる。


「最初にさ、──獣人のひとの村で、襲ってきたのはなんで」


「っ」


赤くなっていた顔が、逆に青ざめた。

うつ向いて、膝の上で重ねた手が震えている。


「そ……それは……言えません……」


「家を覗いてたのは?」


「あ、あれは偶然です! 森をうろうろしてたら、立派なお屋敷が見えて……」


「……そか」


黒い尻尾がミューレイ自身の脚に先っぽだけからまり、細かく震えている。

なんだか怖がっている?

ヒューレアさんは当然のようについてきているが、ミューレイはなかば成り行きだ。

猫から人に戻ったいま、ずっとついてくる理由がわからないけど。


「──猫の…」


「えっ?」


猫のまま、だったら。


声に出して、言ったわけではなかった。

だが、こちらを見上げたミューレイが、かたまった。変なふうに。


カアッと、ミューレイの全身が金色に輝く。人形みたいに表情を失い、身体を丸めたそのまま、くるんと床に落っこちた。


「!」


慌てて手をのばしたけど、黒髪にかすめただけで、空をつかむ。


「……え」


コロンと転がり、可愛く見上げてきたのは黒猫。


「………え?」


俺はぼうぜんと、黒猫と目をあわせた。


──そんなバカな。

俺が、思っただけで?



どうしたらいいのかわからないでいると、にゃーと黒猫が鳴く。

するりと脚に頭をこすりつけて、見上げてくる。


(──オウジサマ)


「?」


猫なのに声が?


(コノホウガオソバニズット──)


ちがう。

声は、空気のように伝わってくる。

まるで、心の声が届いてくる、みたいに。


トントンと軽い身のこなしで、黒猫は俺の膝の上に乗ってくる。


猫に戻っちゃったけど。

どうしよう……。



どのくらいか、時間が経って。


「リュウキ? 入るぞ」


山河の声がして、ドアを開けて入ってきて、仕方なく黒猫を撫でている俺をみつけて、ちょっと驚いたようだった。


説明しずらい……。

吐息をついただけで、黒猫にはふれず、窓の外をうかがう。


「いなくなった」


宿屋を見張っていた連中は、途中で気配が消えている。暇なので、ずっと観察してたのだ。


「……みたいだな」


山河は少しホッとしたようだ。

そのまま部屋に居座るつもりらしく、ベッドと椅子いっこの狭い部屋を眺める。


「──どうするって?」


山河が黙っているので俺から聞いてみる。

困ったふうな顔をされた。


「……とりあえず様子見、かな」


「ふーん」


「ニャー」


黒猫が抗議した。

撫でるの再開すると目をつむる。

ゴロゴロ喉を鳴らす黒猫を眺め、山河がボソッと何かつぶやいた。

ん?


「なに」


「なんでも」


「……」


顔つきはちょっとだけ、暗い。

いつもの山河なら、無駄に頭を撫でようとしてくる。


いまは気のせいかな、俺に触るのを遠慮……いや、怖がってる?

なんでだ。


話題がないまま時間が過ぎて、もう寝たほうがいいとうながされる。


俺は気になったまま、黒猫と一緒に、ごわごわの布をかぶった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る