第27話
そうして部屋で、母さんと一緒にくつろいで(?)いるとようやく、オヤジたちが戻ってきた。
歩き方でわかる。
「お、リュウキ、着替えたのか。似合ってるぞ」
まずドアを開けてオヤジが、俺を見たとたんにそんなこと言い、
「……赤ですか、落ち着いた色合いで、いいですね。さすがエリ様」
山河がまじまじと、俺の全身を眺めてから意外そうに言った。
俺が、派手な服苦手なの知ってて、よく言う。
むうっと口をつぐむと、大人たちは苦笑した。
「そろそろ休んだほうがいいな。部屋は借りてあるんだよな?」
オヤジが母さんに聞く。
「2階をぜんぶ」
「よし、寝るか。リュウキ、明日からのことは、朝話すからな。ちゃんと休めよ」
オヤジがわしわしと、俺の頭を撫でて、母さんと一緒に出ていく。
俺は、このままこの部屋使っていいのかな。
たぶん、そうだ。
母さんがいなくなったので、とりあえず赤い上着だけでも脱いだ。
光の加減によって、赤い生地が金色に光るという、奇妙な服を適当にたたむ。
見かねた山河が、それをたたみなおす。
下のシャツは普通に白色だったので、このまま寝よう。
ごそごそ、ごわついた宿屋のふとん……毛布? をかぶってベッドに横になって。
まだ部屋に残る山河を、ハテナと見た。
よく見てみると、髪がぼさついて濡れているし、服がちょっとよれているような?
なんだか、俺のことをじっと見たまま動かない。
なんだ、どうした?
……あのまま、どこにいって、戻ってくるまで何をしてたのか、気になる。
銅像状態の山河に、声をかけてみる。
「寝ないのか」
「……」
「山河?」
反応うすいな、おい。
ぼうっとしてるのか、俺をみてるようで見てない。
俺は仕方なく、起き上がる。
「山河」
呼ぶと、瞬きして、やっと視線があった。
けど、なにを言おう。
さっきの、俺が刺された後に見えた、見えないはずの光景は、現実なのか。
聞いてもいいこと、なのか──ヒューレアさんが暗殺者とかいってた、俺を刺した奴が、どうなったのか。
「……さっきの」
ぼうっとしていた山河が、両目を細める。
ドアの前から動いて、ベッドの足元に座る。
おもむろに、俺に手を伸ばす。
「傷は? リュウキ」
「え」
ばんざいさせられて、シャツをめくられ胸を確認された。もちろん、痕跡すら残ってない。
安堵したため息をつき、山河は、やっといつもの表情に戻った。
いまなら、
「──逃げたヤツは?」
「ん? いないよ」
さらっと答えられ、ひきつりそうになった。
い、いないってなんだ。
やっぱり聞いちゃまずいか。
オヤジにわしわしされた髪を、山河がなおす。いや、もう寝るし。
「おやすみ、リュウキ」
「ん」
山河が出ていって、ようやく俺は眠りに落ちた。
チュン、チュン、と小鳥の声がする。
俺は寝返りして、目を開ける。
木造の部屋の天井は高く、空気は冷たい。
とても静かな朝。
小鳥たちがぱたぱたと飛び回り、屋根の上を騒々しく飛び回る 。
すっかり目がさめてしまい、ごそごそと起き出す。ベッドから降りようとして、自分の脚が短いのに気付く。
ん?
手も小さい。にぎにぎしてみる……まるで小さな子供の手だ。
あれ?
おかしいなと思いつつ、苦労してベッドから降りた。
小さな部屋だ。
ベッドがひとつと、箱がひとつ。箱の中は、小さな洋服でいっぱいだ。
小さな靴を履いてドアを開けると、こじんまりしたダイニングルームに出た。台所と四人掛けのテーブル。壁に、スコップとか、色々ひっかけてある。
ダイニングに通じるドアは、あと三つ。
俺は、足音をたてないように、そーっと外に出るドアに向かう。
外にひろがるのは、緑ゆたかな森だった。
一面、黄緑色の苔で覆われた大地。のびのびと生えた樹木。息を吸い込むと、胸いっぱいにきれいな空気を味わえた。
小鳥たちがチュン、チュン、と屋根の上から俺を見ている。空を見上げて、俺はてくてく歩きだす。
森には不思議がいっぱいあった。
早朝にだけ咲く、朝露の透明なツル花。
苔の上を、コロコロころがる、緑のまんまる。
朝陽を浴びて、木陰や花のつぼみから、するりと起き出す、ちいさな者たち。
いつもどこからか飛んでくる、金と紫色の蝶々がひらひらと、俺の髪にとまる。
森の奥にちいさな窪地があり、苔で覆われちいさな花が咲き、とてもちいさな泉があった。
「…はよう!」
泉のそばにしゃがみこみ、俺はわくわくしながら話しかける。
それが聞こえたらしく、こぽんと水面が浮かび上がった。
『…はよう…リューキ…』
ひげのはえた、ひれが翼のようにうごく、銀色の魚のなにか。
「…そぼー?」
『…まだ、じゃろ朝メシ、食ってきなされ』
「…そぼー?」
なかなか、言葉がうまく口から出ないので、俺は懸命に遊ぼうを繰り返す。
泉の主だと、母さんが教えてくれたこの魚が、俺はなぜかお気に入りで、しょっちゅう遊んでもらった。
ながいひげが、ビシッと俺のおでこをはじく。
俺はなぜか喜んで、後ろにころがる。
苔の大地はふかふかのじゅうたんで、ねっころがるのが楽しいのだ。
魚をおいかけ、ビシッとやられてはころがる、を繰り返して遊んでいると、とうとう疲れて座り込む。
『……ほうら、迎えがきたぞ』
「──リュウキ?」
さくさくと足音がして、ちいさな少年がこっちにやってくる。
ほっそりした色素のうすい、ちょっとだけ年上の。
「やっぱりここか……毎朝、すみません、ヒアル」
『いんや……はよう連れていき』
「はい。ほら、もどろうリュウキ。朝ごはんできてるよ」
手を差し出されて、遊び疲れて満足した俺は、素直にその手をつかむ。
『リン……午後からは、降るぞ』
「はい、ありがとうございます。ヒアル」
「…たねー!」
『……』
またねと手を降る俺のことを、魚がやれやれと見送る。
泉と家の距離は、子供の足で歩いて5分くらい。
汗ばむ俺の手を、奴はしっかり握りなおす。
木陰で、ウサギに似たちいさな動物がぴょんと跳ぶ。
ぴょんぴょんといってしまうので、追い掛けようとする俺を、奴はひき止める。
「リュウキ、奥に一人でいったらダメだよ」
「……ぴょん!」
「うんうん」
遊びたくって仕方ない俺を、奴はにっこりひき止める。
俺はむー、と頬をふくらませる。
やがて家にたどり着き、いい匂いが漂ってきて、俺のお腹が鳴った。
一段だけある階段を、苦労してあがり、家のドアを開ける。
「─おはよう、リュウキ。早起きね」
窓から降り注ぐ朝陽を浴びて、金色の光に包まれた母さんがいた。
朝陽と同じ色の長い髪を無造作にまとめ、動きやすい普段着で、朝食の準備の終えたテーブルの横に立っている。
「リュウキ、早起きはいいが、一人で出掛けたら危ないぞ?」
すでに席に座っていたオヤジが、手元の紙を丸めながら俺を見た。
「…はよ!」
俺は両親に駆け寄る。
ぱふんと二人の脚に抱き付く。
すると二人が嬉しそうに笑いながら、俺を椅子に座らせた。
「リンもおいで」
「……はい」
おずおずと席につくやつの頭を、オヤジがわしわしする。
俺はむっとして、やつを睨む。
オヤジと母さんに可愛がられるのは、自分一人じゃないとイヤだった。
ヤツに、両親をとられるんじゃないかと、子供ながらに不安を覚えていた。
すっごくちいさな、子供のころ──。
──そうか。
思い出した……俺は。
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