第22話
冷たい小雪と、静まりかえった黒い森。
遥か大昔に捨てられたという都は、この森の下に、埋まっているという。
どれだけ長い年月が経ったら、そんなことになるのだろう。
知らず、息を潜めて、森の中を進んでいく。
ほどなく、大木に寄り添うかのように建物の一部が、地面から突き出ているのを発見した。
なかば埋もれた、細いらせん階段がついている。
いかにも廃墟じみたそこが、出入り口のひとつだという。
馬はどうするのかと思ったら、ぎりぎり通れた。
フードを外さないように言われて、しっかりかぶり直し、階段を降りはじめる。
冷えた外気とは別に、暖かな空気に包まれる。ずっと雪に降られていたので、ちょっとホッとした。
階段を二十段くらい降りると、通路に出た。
迷わず右に進む山河のあとに続き、通路の奥に抜けると──目の前に、巨大な吹き抜けの空間が現れた。
なまぬるい風が下から吹いてきて、顔を舐めていく。
「……っ」
思ったより広いので驚いた。
胸の高さに、石で作られた手すりがあって、左右にずうっと伸び、反対側まで通路はつながっているようだ。
そして、通路のあちこちに階段と、壁側にぽっかりと空洞があいている。
見渡せる下の方までずっと、通路の階層が延々と連なって、めまいがしそうな光景だ。
下の方の通路に、ぽつりぽつりと人影が見えて意外に思った。
「人、いるのか」
「廃都に昔から住んでた住人とか、あとは……流れ者かな」
小声でヒューレアさんが教えてくれる。
ゆっくりと通路を進みつつ、山河は壁側の穴を確認しながら、慎重だ。
階段をふたつ降りた所で、ヒューレアさんが何故か止まった。
「ダメだ、リーン。王子目立つよ」
「……やっぱりか」
ん? なにが?
「暗いからよけい、リュウキの光が目立ってるんだ……仕方ない。右手」
「?」
山河に手を出せとうながされ、素直に差し出したら手首を握られた。
「どうだ? ヒューレア」
「……うん、見えなくなったよ。それなら平気」
「な、なに?」
握られたまま、歩き出されて俺はあわてる。
歩きづらい。
「我慢して」
「……」
ふざけてるわけではなさそうだが、手を握られたまま歩くなんて、小さな子供みたいだぞ。
文句を言おうとして、口を閉ざす。
前方から人がきて、すれ違った。
ガチャガチャと金属音を鳴らして、鎧のような格好の男たちは、じろじろと俺らを眺めていく。
ヒューレアさんを見て、口笛をふくヤツもいた。
……なるほど、いかにも荒くれ者っぽい、ああいう連中もいるのか。
黒猫が嫌そうな顔をして、俺の肩の上で縮こまる。
地面の下に降りてきてるはずなのに、そんなに暗くないことにも気付いた。
また、俺の目がおかしくなったか?
全身マント姿の人物とも、すれ違う。
「……大丈夫そうだな。リュウキ、このまま、しばらく」
「……わかった」
理由は後で聞こう。
緊張してるのが、握った手のひらから伝わってきた。
しばらく歩いて、足の運びを山河と同じにすれば楽だと気づいた。が。
脚の長さが違うから、あわせられん……くそ。
むくれたまま、ついていく。
やがて、壁側にひときわ大きな穴があき、奥が通路になって、ひらけている場所に出た。
家が建ち並び、通路がいくつか延びている。こんな地下に、まるで町のような景色があった。
天井も土だけど、家々は木と石で作られた、だいぶ年季がはいった建物たちだ。
「陛下たちを先にさがすか」
「宿どうする?」
通路のはしで、こそこそ相談する山河とヒューレアさん。
俺は大人しく、キョロキョロ町を眺めた。
時間帯的には朝だからか、そんなに人の姿は多くないが、通路のはじで露店の準備をしている年寄りや、荷物を運ぶひと、家の前を掃除する人もいる。
捨てられた都という割には、なんか普通の町にしか……と。
背後から、潜む気配。
さっと前に避けると、ころんと小さな物が転がった。
「って……っ」
子供。
悔しげに、見上げてきた目と視線がぶつかる。
すっくと立ち上がり、一目散に逃げる子供を見送って。
「リュウキ! 大丈夫か」
「うん、……うん?」
あれ。
俺はさーっと青ざめた。
尻ポケットにいれてた携帯電話がない!
「リュウキ!?」
「あいつ! ケータイとられた!」
振りほどこうとしたが、山河は手をゆるめない。
「離せって!」
「ダメだ」
「……っ」
あっという間に、子供の姿は通路の奥に消えた。
「ニャー!」
ぴょん! と黒猫が飛び降りて、追い掛ける。
「頼む!」
走りながら、ぶわりと黒猫の姿が巨大化した。ばさりと翼も生えて、通路の奥へ素早く消える。一瞬後、届いた子供の悲鳴。
何事かと周囲の視線が集まるなか、俺はなんとか山河の手を振りほどいた。
急いで通路に飛び込むと、黒猫が子供を見事に捕まえ、俺を待っていた。
「さんきゅー! 助かった」
「ニャー」
得意気にゴロゴロ喉を鳴らす黒猫。
「はなせえー!」
手足をばたつかせる子供の手から、無事に携帯電話を取り返し、ホッとして。
「──リュウキ……! その猫……っ」
珍しくあわてている山河と、青ざめているヒューレアさんが追い付き、俺は首をかしげる。
なにを驚いてるんだ。
「戻っていいよ」
「ニャ」
ぽん、と黒猫は元のサイズに。
口をあんぐりあけて驚いていた子供は、黒猫から俺に視線を移し、また目を真ん丸にさせている。
ざわざわと、少ない見物人たちが遠巻きにのぞきこんで見ている──人が増えてきたみたいだ──再びがっしりと、俺は手首を握られた。
「とりあえず、宿が先だ」
「あ、ああ。こっち」
まだ固まっている子供に見送られながら、その場を逃げるようにして、後にしたのだった。
「……」
「……」
「……」
「ニャー」
俺と黒猫を交互に眺め、山河とヒューレアさんは苦い顔つきになっていた。
丸い木のテーブルには、木製の器に用意された少ない料理と、飲み物のカップ。
路地をいくつか曲がり、年代物らしき宿屋で部屋を二つ取り、その片方の部屋にみんなで集まっている。
古い宿屋の部屋はそんなに広くない。ベッドひとつと、丸テーブルいっこでいっぱいだ。
えーと。
「オヤジたち、ここにいるんだよな?」
「……ああ」
「探さないのか」
山登りして、やっと到着したんだから、早くオヤジ達を探さなきゃだ。
「……その前に」
厄介そうに黒猫を眺め、山河はため息をつく。
「どうして、この猫が」
「獣貴族化してるんだー!! ミューレイのくせにいい……っ!!」
どっかんと、テーブルがまっ二つに割れた。
俺は反射的に、自分のカップを助けていた。危な。
山河も、大皿の器を咄嗟に持ち上げている。
「じゅう、きぞくか……??」
「でかくなって! 翼まで!!」
わなわなと両手の握りこぶしを震わせ、ヒューレアさんは、ぎろりと黒猫を睨む。
ああ……怒ってるのは、黒猫が変身したからなのか?
「じゅうきぞくって、なに」
前に聞いたけど、いまいち知らないし。
「……獣人より、上位の種族、かな……。巨大な体躯と強力な魔力を扱う。話が通じないから、ヒト族には危険な種族だ」
大皿を、仕方なくベッドの上に避難させて、山河が説明。
「ふーん」
着ぐるみにしか、見えなかったけどな。
「いったい……、なにをしたんです! 王子! ミューレイなんか、ただの黒牙の落ちこぼれなのに……っ」
黒猫がびくびく震えているので、俺は膝の上に避難させる。このままだと踏まれそーだ。
「なにも」
聞かれたって、俺にわかるはずがない。
ヒューレアさんがひとりで怒っているので、山河がなだめるしかなくなった。
「落ち着け。あと、壊したテーブルの弁償しろよ。……リュウキ」
なんだよ。
俺の顔を眺めて、なにやら難しげに考え込む。
む。
よくない予感。
「……外に出ないで、ここで待ってること」
「え…」
オヤジたちを探す、これからの話、だよな?
「さっきので、悪目立ちしたからな」
俺ひとり、留守番!?
まだ、黒猫を威嚇しているヒューレアさんを引きずって、山河は最小限の用意だけ整えた。マントと剣と、小袋のみ。
「二時間ほどしたら、いったん戻る。知らないひとに付いていくなよ。……ヒューレア、ほら、行くぞ」
「ぐぬぬ……っ」
バタンとドアを閉められる。
「……ニャー…」
黒猫が、慰めるように鳴いた。
壊れた丸テーブルを隅っこに片付けて。
とりあえず、ベッドに座って待ってみたが………ヒマすぎる。
もう1つの部屋には、窓があったな、確か。
黒猫を連れて部屋を移動し、窓の外がみえる位置でベッドに陣取り、することもなく外を眺めた。
古い宿屋は木造建てで、ときおりギシギシとどこかが家鳴りする。
窓の外は細い路地で、隣はどうやら一軒家らしい。
隣の家もそうとう古い。
膝の上の黒猫を撫でてるうちに、つい眠くなってくる。
俺は何度も目をこすった。
黒猫もウトウトして眠り込み、俺は必死で意識をたもつ。
山河たちが探しにいってるというのに、その間、のんきに寝てられないぞ。
いくらのどかでも、気をゆるませたらダメだ、たぶん。
その時、誰もいない路地で、物音がした。
ん? と、俺は窓の外を見回す。
がたん、がたんと何か作業してるような物音だ。
宿屋の人かな、と伸び上がって下を見ると、小さなおばあさんが、木の板を壁にたてかけていた。手元に木の桶がある。
ヒマなので、見学することにしよう。
おばあさんは、板を並べ終えると、桶のふちに手のひらをかざした。
不思議なことが起こった。
空っぽの桶の中に、みるみるうちに水が湧き、満タンになったのだ。
手品!? ……じゃなかった、魔法か!
すげー、と興味津々で見ていると、おばあさんはその水で板をごしごし洗いはじめた。
時間をかけて洗い終え、いったん休んでから、今度は濡れてる板に手のひらを向け──ボウッと空中に炎が広がった。
手を左右に動かすと、炎も左右に動く。濡れてた板が一瞬で乾く。
乾き終えて炎を握り消し、おばあさんは疲れた様子で腰に手を当てた。
誰かと喋って、宿屋の中に戻っていく。
眠気がどこかにいってしまい、俺はじいっと自分の手のひらを見つめた。
まさか、な。
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