第21話


晴れてくると視界が広くなり、見晴らしがよくなった。


登ってきた山肌は、下の方はかすみがかり、一面ひろがる緑の森が裾一帯を覆っている。遠くに視線を移せば、森が途切れた先に町並みがあり、その奥は低い山々が連なって、川らしきものも見えた。


しばし、景色に見入る。


正面から左に視線を動かすと──あった。

大地と空の真ん中あたりに、宙に浮いてるなにか。


水色の膜にぐるりと覆われて、ちょうど円を下から半分切り落とした形で。


「セトレアは、シーシア殿が水魔術で包んでいる。だから、彼女はあそこから動けない」


俺が眺めているからか、山河が説明してくれる。


「なんで、浮いてるんだ」


なかば予想ついたけど、とりあえず聞いてみる。


「──魔法らしいが、どうやって、かは知らないな」


淡々と言う山河は、特に不思議にも思わないようだ。


目の前で、実際に浮いてるのを見てしまうと、それがどんなにありえないとわかっていても、否定ができない。


俺が、夢を観てるのでないなら、これは現実だ。


何度見直しても、不思議な景色は変わらなかった。


ヒューレアさんが、あくびをする。


彼女についてる猫耳も、長い尻尾も、本物。


「ニャー?」


よしよしと黒猫を撫でると、ヒューレアさんがぎろりと黒猫を睨んできた。


この殺気も本物だよな、うん。


「さてと。ここからは左回りに山を降りていくから……転ぶなよ」


一言多いのも、いつも通りだ。



下り道は、途中から地面が灰色にかわり、雪がちらつく天気になった。


葉っぱはないけど黒い木が生え、黒い生き物が多く見られた。


時間の流れが早送りされたかのように、あっという間に山を降りていく。


眼前にひろがる景色も、一変していた。


空の色が灰色に、山裾にひろがるのも暗い森になり、空気まで冷えていく。


山の反対側だけ、真冬のようだった。


こっち側の斜面だけ、ところどころぽっかりと穴があり、洞窟にでもなってるようだ。


なぜか、それらの洞窟の近くは避けて、休みなく歩き続けて──ようやく。


「日が暮れる」


もうちょっとで、森に入れそうな裾野のふちで、先頭の足が止まった。


「ここで夜明かしする?」


ヒューレアさんが聞く。


山河は、俺の様子を確かめて、うなずいた。


緑の森とはうってかわり、目の前の森は幹も葉も黒っぽい。


地面の土も黒く、生き物がいるように見えない。


踏み込むのをためらうような森が、ずーっと続いているようだ。


「……廃都って、まだ遠い?」


うろうろと周囲の地形を確かめ、二人はなにか調べている。


「……いや、森の中だ」


中?


町っぽいのは、上から見えなかったけど。


「廃都は、ずっと大昔に捨てられた国らしい。名すら誰も知らないから、廃都と呼ばれてる」


ふうん……。


なんでそこに、オヤジ達がいるんだろう。


二人を真似て、俺もうろうろと荒れ地を歩き回ってみる。


見ればみるほど、暗い地面だ。


なんというか、不健康というか、栄養皆無というか、生気がうすい……ような。


「……」


ずっとちらつく雪の、つめたい感触が、マント越しにも伝わってくる。


空が暗い。


日が暮れたからじゃなく、なんていうか……空にも生気がない、みたいな。


「お、ここにしよう」


離れた場所で、ヒューレアさんがつぶやいた。


振り返ると、地面の一ヶ所をけずっていた。


浅く、畳二畳ぶんくらいに地面をけずって、大きな布を敷く。馬を休ませて、荷物をいったん全部外し両脇に並べ、もう一枚布を上からかぶせる。


即席のテントかな。


「地面に違いがあるの?」


「やわらかいとこには、たまに穴が空くのよ、寝てる時に落っこちたら、いやでしょ」


穴……?


周囲に落ちてた木の枝を拾ってきて、山河は即席テントの回りにばらまいている。


「大昔の都は、この、地面の下に埋まっているんだ」


………はあ!?


俺はあわてて、足下を見た。


地面の下って……!


「だから、いつ、どこに穴が空くのかわからない」


「硬いとこなら、たぶん大丈夫」


たぶんって……!?


山河もヒューレアさんも、平然としてるが、俺は急に地面が崩れるような気がして、気が気じゃなくなった。


即席のテントが完成し、火トカゲで再び残りの肉が焼かれて、食べ終わったらすぐに寝るよううながされる。


馬も疲れていたようで、すぐに寝入ってしまう。


俺はおそるおそる、布と布の間に横になった。


左側に山河が、右側にヒューレアさんが潜り込み、すぐに二人とも目を閉じてしまう。


実際には、目を閉じただけで、山河は寝ていなかったのだが。


横になったとたん、どっと疲れが押し寄せた。


落とし穴に落ちる場面を想像しながら、左右のぬくもりに緊張がほぐれて、俺はいつの間にか眠りに落ちていった。











真っ暗な森に、立っている……おかしいな、と俺は誰かをさがす。


さっきまで、一緒にいたはずなのに。


仕方ないので、あたりを探しまわる。


森が夜につかまって、木々や動物たちも死んだように眠りに深み。


そこに、夜がいた。


おいでと誘われて、近づいた。


『………fy、……lyn』


大きくて深くて濃い、闇色をまとった存在は、ひどく神々しく沈みきっていた。


……眠いだろう? と頭をなでられる。


とっても眠くて……俺はうなずく。






「──ダメだ……!!」






──?


ヒュウウ、と風の音さえ力無く、静かすぎた。

半分眠ったまま薄目をあける。

肌寒い──左側。

いない。


『──愛し子』


脳裏に染み込む夜の声。


胸が痛い。

精神がひきずりこまれる……。









ごう、と圧力が、もの凄い力で俺を揺さぶって、唐突に消えた。


起きたいのに体は動かず、それ以上目も開けられず、ただもどかしい時間がどのくらいか経ってから。


パキリ、とか細い音が頭のほうで鳴った。


あれだ、テントの周りにばらまいてた、小枝。


それを誰かが踏んだんだ。


控えめに布を持ち上げて、隣に冷たいなにかが滑り込む。


怒りとあせり。


見えないのに伝わってくる感情が生々しく、おもわず息を止めてしまう、と。


隣の動きが止まり、ゆっくりと横たわる気配がした……視線を感じ続ける。


どのくらいか、経ってようやくなにかが去り、外の気配はただのさびしい空気に戻っていた。


俺は安堵して緊張を解く。


左側の冷たさに、違和感を覚えながら。


ゆっくりと、眠りに戻っていった。






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