第20話


俺がゆずらないとわかると、装備をそろえてから、ということになり、いったん近くの町に寄り道することになった。


買い出しは、ヒューレアさんが一人で向かい、残りは森の中で待機。

俺に動かないよう言い含めて、山河は一人で森の中へ。


馬と黒猫と一緒に、大人しく待つことしばし──そういえば、こっちの時間は、おんなじ24時間なのかな。


俺は、携帯電話の電源を、久し振りにいれてみる。

電池残量、62%……微妙に減ってる。

やっぱり、圏外だ。


うーむ。


意味もなく、携帯をいじってる間に、山河が戻ってきた。手になにか持って。


石? と。


「トカゲ?」


赤茶色のトカゲと、青灰色の石。それらを小さな袋にいれ、口を縛り、ヒモをつける。

石はともかく、トカゲ窒息しないか。

気になったが、荷物を背負ってヒューレアさんも戻ってきた。


増えた分は馬にくくりつけて、すぐに出発する。


二人とも、余計な会話はせずにさっさと進むので、俺もテクテクついていく。

森の中の道なき道だ。


二人とも、歩く速度が速かったが、なんだか全然ついていける……筋肉痛にはなりそうだけど。


食事の時だけ休憩し、日が暮れるまで歩いて、ようやく道が登り坂に変わった。


ときおり振り向いて、俺の様子を確かめていた山河が、目の前の坂を指差す。


「ここからは、山を登ることになる。天気は急変しやすいし、獣も出る」


ふむふむ。


「足は痛くないか?」


「平気」


ウソじゃないぞ。ほとんど疲れてない。


不思議だ。


「リュウキはとにかく、自分が怪我をしないように気を付けてくれ。特に足。獣は足とか咽を狙ってくるから」


「お、おう」


狙われるの、前提なのか。


「あとは、はぐれないように」


「うん」


俺も、迷子はイヤだ。


「じゃあ、行くぞ。ヒューレア、しんがり頼む」


「まかせて」


山河を先頭に、馬と俺が後に続く。ヒューレアさんは一番後。


登り坂だというのに、軽々と山河は進んでいく。


坂を上がるので、視界が狭くなった。俺はひたすら、山河の足と地面を見てついていく。


木の根っこが次第に巨大化していき、転がる石が一抱え程になり、急に風が強く吹き付け、地面の土が茶色から、黒く変化した。


マントにフードがついてて、かなり役にたった。


休みなく登り続けて、ふと気付く。


複数の気配だ。


荒い息づかいがいくつも、複数のヒタヒタという足音と共に、追ってくる。


ちらりと、来た路を見下ろす。


灰色の犬──のような、獣の集団だ。


段々、距離を縮められてる。


「うしろっ」


山河の背中に呼び掛けると、歩みが止まった。


馬がおびえていななくと同時に、何匹か飛びかかってきた。ばしばしと、ヒューレアさんが蹴り落とす。


二匹ほどがその脇をすり抜け、俺と馬に牙をむけてきた。馬! 馬危ない!


馬にかかってきた方を持ってた荷物で撃退したが、もう一匹は背後から俺に飛びかかってきた。山河がそれをなんとかしたのが気配でわかった。


群れの数は、……二十匹くらい? まだ半分残ってる。


山肌は黒灰色の土と、石ころばかりで、緑はない。水場も見渡す限りないのに、群れるほどの獣がこんな場所で生きてるのか。

襲ってくるのは、やっぱり。


「おまえらのエサじゃないぞっ」


群れに向かって思わず叫ぶと、ヒューレアさんがうんうんとうなずいてくれた。


「どっちかというと、エサにもらっとこう──」


腰から、短刀を抜く。


獣たちが、たちまち及び腰に変わった。


「あっ、こら、逃げるなっ」


ウソのように、さーっと群れが引いていった。


ヒューレアさんが惜しがって、地団駄を踏んだ。


あーあ、と山河が逃げる獣たちを見送る。

俺は、おそるおそる聞いた。


「エサだったのか?」


「あの群れは、もうこないな」


「ちっ。次はつかまえなくちゃ!」


「……」


再び、山登りは続行。


しばらくたつと、雨が降ってきた。


フードを深めにかぶると前が見えないし、足元ばかり見てると馬にぶつかりそうになる。


汗をかいてるのか、顔が濡れてるのかわからなくなった。だいぶ登って、大きな岩が増えてきた頃、ようやく第二の群れが現れた。


襲ってくるのを、嬉々として迎え撃つヒューレアさん──俺は馬をかばいつつ、噛まれないよう気を付けた。


あっという間に、一方的な狩りが終わる。


「メシにしよーっ」


大きな岩と岩の上に布をかぶせ、下の地面になにやら道具を置き、山河が取り出したのは。


「トカゲ?」


「火トカゲ」


フタのついた缶っぽい入れ物にトカゲは入れられ、ちょっと離れた場所で獲物はヒューレアさんにさばかれ、血も匂いも雨に流され。


やがて、缶がいきなり発熱、たき火みたいに燃え上がった。


「こどもの方がうまいけど、若いのしかいなかったなあ。オスの肉は堅めだけど、私は好き」


ナイフであっという間に肉片を切り分け、火にくべる手際が速くて、見てる分には凄かった。


ただ、


「ほい、どうぞ」


小さな木の器に、焼けた肉が取り分けられ、それを渡されて。


「……どうも」


自分が食わなきゃいけないことに遅れて気付いた。


雨はしとしと降ってくる。立ったまま、山の上を見上げながら、山河は事務的に口に運んでいる。黒猫も一応、切れ端をもらって食べ始めた。


あんまり食欲ないけど。


おそるおそる、口に運んではしっこをかじってみる。


歯触りはパサパサ。旨いかどうかは不明。

なんとか、もらった分は食べきった。


おかわりいる?と聞かれて、首を横に振る。


雨が、強くなってきた。


荷物を片付け、馬にくくりつけ、再び山登りがはじまった。






ゴロゴロと転がる石が、人ぐらいでかくなってきて、真っ直ぐに登れなくなってきた頃。


「ここで半分かな……リュウキ、大丈夫か?」


雨は止み、頭上の雲が近くなって、晴れ間がのぞいていた。


なにか大きな鳥が──鳥?


はるか頭上を横切っていく。


大丈夫、と俺はうなずく。



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