第四部
第19話
──小鳥たちのさえずり。
あたたかな日の光。
一面、まぶしい世界で目が覚めた。
よく寝た、と伸びをする。
思い出して隣を確かめれば。
「………」
俺の顔を眺めたまま、やつはなんともいえない表情を浮かべていた。
困惑半分、あきれ半分、あとは。
「ニヤニヤすんな」
「……いや、悪い」
なにがおかしい!
むっとすると、山河は逃げるように立ち上がる。
「起きたらリュウキが隣にいたから、びっくりした」
「置いてくのが悪い」
「そうは言っても、……と」
馬がぶるっと身震いする。ざくざくと足音が複数して、離れた木の影から誰か出てきた。
見た顔だ。
「リーン、いつまで寝てる……! え?」
「本当にこれで近道……!! で、殿下!?」
あれ?
俺をみつけて、びっくりしてるのは、昨日、山河と一緒にいた騎士たちだ。
なんで、ここにいるんだ?
二人の騎士に膝をつかれ、俺は居心地悪くて、急いで立った。
山河が騎士たちを一瞥して、面倒そうに笑みを消す。
山河ひとりじゃ、なかったのか。
どうなってんのかと視線でたずねると、肩をすくめる。
「勝手に、この二人がついてきたんだ」
「な、なんだと! お前がひとりでこそこそ出掛けたから、怪しいと後をつけたんだろうが!」
こそこそ出掛けたのか……。
「どこ行くつもりなんだ?」
山河に聞いたのに、騎士が答える。
「リーンは、陛下たちが廃都にいると言うのです!」
どうやら、このうるさい騎士は、山河のことが嫌いらしい。
もうひとりは、かたくなってうつむいている。
「つまり、オヤジ達を迎えに行くんだよな?」
「……」
山河に確認すると、困ったように見詰められた。
きっと、俺があの、空に浮かんでる所からは、追いかけてこれないと思っていたんだ。
「どうやって、城を降りたんだ?」
俺が答えようと口を開けたら。
「リーン! 殿下に対してそんな口のきき方があるか!」
……こいつうるせー。
つい耳を手でかばった俺と、騎士たちを見て、ため息をつく山河。
うんうん。面倒だよな。
「……どうやって、降りたんです?」
ちょっと敬語ふう。
俺は、肩に乗ってる黒猫を撫でてやる。
「こいつ、でかくなって空飛ぶんだ」
「……まさか」
言われて黒猫を眺め、山河は急に真面目な顔つきになったかと思うと、ざっと、俺の全身を見回し。
「! 腕。どうしました」
あ。
忘れてた。
「い、いてっ」
袖をまくりあげられ、俺は赤く残ってた噛み痕を見るはめになってしまった。四つ、牙の痕だ。血は止まってる。
騎士たちも顔色を変えて、慌てて立ち上がった。肩にしょってた袋から、布切れと小瓶を取り出し山河に手渡したのは、黙ってた方の騎士。
俺はその場に座らされ、傷口を洗われ、なにかの塗り薬を塗られ、布で包帯のように手当てされる。
おおげさだ。
いままで忘れてたくらい、たいして痛くなかったぞ。
それより。
「……どこで怪我を?」
厳しい顔をする山河に、戸惑う。
俺は、昨夜のことを思い出してみる。
えーっと。
「建物? 城? の、外の……敷地?」
「外周?」
外周って言うのか。
なんで外に出たんだ、と山河の眉が怒ってる。
「誰に?」
「誰にっていうか、なんか」
思い出したのか、黒猫がニャー! と強く鳴いた。
「まっくろい影みたいな。犬っぽかった」
神妙な顔で話を聞いてた騎士たちも、深刻そうに視線を交わす。
あごに手をあてて、山河は黙りこむ。
なんか色々、考えてるんだろう。
俺は考えても、さっぱりわかんねーけど。
それより。それよりだ。
「ラウーって子が、オヤジ達の居場所、さがしてくれたんだ。はいと? とかって」
「ラウーにも会ったのか」
うん。
山河は、二人の騎士を振り向く。
「サイザ、急ぎ城に戻って、シーシア殿に」
「……なぜ俺が! お前が戻ればいいだろう!」
いちいち怒る騎士をなだめて、もう一人が手をあげる。
「私が戻ってご報告してこよう」
「頼む」
なんだ、なんだ。急にばたばたと。
きょとんとしてる俺に、山河が説明してくれた。
「セトレアに、つまり味方しかいない城に、かりにも王子であるリュウキを、狙うやからがいるということだ」
つまり?
「敵がいる」
……敵。
いまいち、ピンとこない。
騎士はすぐに、森の中へと進んでいった。
離れた木の陰に馬が待っていたらしい。
うーん。
わからないけど、聞いておこう。
「昨夜、他の国の使者とか、二人もきてたぞ。白いのと赤いの」
「……それは」
「なっ、使者ですか!?」
騎士は無視して話そう、うん。
「とりあえず、オヤジ達帰るまで、引き留めてもらってるけど。使者って、外交官みたいな?」
「ん。……」
「仲悪い国?」
「悪かったけれど、いまは……表面上は友好的、な」
ふうん。
俺が山河しか見てないせいか、さすがに騎士も沈黙してる。
というか、膝をつかれたままだ。
「えーっと。……立って、ふつーでいいから」
「は」
やりづらい。
だいいち、なんでこの騎士はここにいるんだろう。
暇なのか。
かしこまっている騎士に、聞いてみる。
「山河についてきて、どうするんだ? 仕事とか、ないの? 」
「そ、それは──」
顔色を悪くするのを見て、あきれる。
大人なのに、なんにも考えずに行動してるのか。
もう少し聞いてみよう。
「何がやりたいんだ?」
「……は?」
「山河についてきて、いったい何がしたかった? 協力? 監視? それとも妨害?」
「っ…」
「それとも、ただの無策?」
もっと顔色を悪くさせていく騎士を、山河が気の毒そうに見ている。
なにも答えられない騎士に、同情してやるつもりはない。
「帰って、仕事をしたら?」
「……っ」
うつ向いて、かろうじて頭を下げて、騎士はすっかり肩を落として、とぼとぼと去っていく。
その姿が見えなくなってから、ひょこ、と顔を出したのは。
「いやー、王子すっごいな! 容赦ないわ!」
暗くなってた空気を吹き飛ばして、楽しそうに笑う、ヒューレアさんだった。
いたのか。
「でもスッキリしたー! あいつ態度悪かったもの。な、リーン」
山河はなんともいえない表情で、ため息をついている。
「別に、ついてくるくらい、邪魔じゃなかったんだが」
「まあなー、何言われてもなんとも感じないよなー、リーンはさ。でも、私は気分悪かったの」
だから、感謝、と抱き付かれた。
「わっ」
「ニャー!」
黒猫がどつかれ、落ちる。
「ヒューレアさ……っ」
「ヒューレア」
すぐに山河が、彼女を引きはがしてくれたけど!
頬ずりされた!
背中撫でられた……!
「リュウキ……、大丈夫か」
大丈夫じゃない。
抱き付かれた感触が残ってて、顔が熱い。恥ずかしい……てか、ヒューレアさん、柔らかかった……。
「触るの禁止な」
「なんだよケチ!」
うう。油断した……っ。
ヒューレアさんの衿をつかんだまま、山河はずるずると彼女を離す。
「ニャー!」
落っことされた黒猫が抗議しながら、俺の元に戻ってきたのを、抱き上げて。
「ミューだけ、ずるい!」
ヒューレアさんにぶーぶー言われる。
俺は、黒猫をよしよしと撫でて、肩に乗せる。
だって、尻尾ないし、ふらふらとしか歩けないし、仕方ないよな。
「すぐに、出発しよう」
馬の手綱を手にして、山河は森を見回す。
「はいと? って遠い?」
ラウーさんに、上で教えてもらった時は空からだったので、実感わかなかったけど。
「霊峰の周りを迂回すると、それだけで二日はかかるな。突っ切れば……一日か」
え。そんなにか。
「リュウキは、山登りは……」
一応、聞かれる。
「ピクニックくらい?」
「……」
山河とヒューレアさんが二人して顔を見合せ、吐息をついた。
「とりあえず、迂回で行こう」
「そーね。一日くらい時間かかったって、変わらないしね」
む。
「つっきる」
「リュウキ……」
「つっきる」
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