第三部

第15話


うすい水色から、淡い紫色に空の色がかわって、そのまま深い青に沈んだ。


しんしんと空気が冷えて、窓の外にぽつり、ぽつりと小さな灯りが飛び交いはじめる。


膝上の黒猫を撫でながら、することがない俺は、窓の外を眺め続ける。


出入口のカーテンを開けて、すっかり顔を覚えた使用人さんが、部屋に入ってきた。


「あと少しで、晩餐ですので。ご用意を」


ようい??


腕に抱えてるそれは、まさか。


青冷める俺に、使用人さんがにっこり笑った。


「お着替えを」






こんなにたくさんいたのか、と驚くくらいの人が、広い庭に集まっていた。


その中庭を囲む場所だけ二階があって、俺はそこの広いテラスに立っていた。


抵抗むなしく着せられた、目立ってしょうがない衣裳を着て。隣のシーシアさんに、何人か紹介されたけど、あんまり覚えてない。


さわさわと周りで、話し声が流れていく。


集中すると、何を話してるのかがわかるけど、それがどうやら日本語じゃないと気付いたのは、さっき。


視力は良い方だけど、こんな二階から、一階の人々の様々な動きがよく見える──暗がりまで。


うーん……俺の眼は、どうしたんだ?


見えすぎ、だよな。


「ニャー?」


黒猫が、どうしたの、と首をかしげる。


「なんでもないよ」


立食パーティ式の、わりと自由な晩餐らしく、衣裳も様々だ。俺の傍から動かないシーシアさんは、まったく同じような水色の衣裳だし、髪留めが足されただけだし。


「殿下、お飲み物のおかわりは?」


さっき渡されたグラスの中身が、まだ半分残ってる。


それを見せると、笑みを浮かべられた。


未成年なので、ただの甘いジュースだ……ココナッツぽい。


大人たちは雑談まじりに、時々難しい話もしてる。俺は、聞いてない振りをする。


「殿下、デザートはいかが?」


きれいに着飾ったおねーさんたちが、数人で一気に囲んできた。しまった。


テラスの手すりに寄りかかってたので、逃げ場がない。


果物を甘く煮詰めてかためたらしい、赤い実を口元に差し出され、左右から強引に腕をからめられ。


「え、いや、あの……むぐ」


肌を露出した衣裳だけでも目の毒なのに! 胸とか腰とか、くっつけてくるとか、絶対わざとだろ……っ。


「きゃっ」


「あっ」


圧迫感が消え、急におねーさんたちがどかされた。


「殿下、吐き出して」


口元に布を当てられ、言われた通りにする。


「……蜜酒浸けか。お前たち、殿下を酔わせるつもりか?」


「わ、私たちは別に…、! イム様!?」


いつの間にか現れて、助けてくれたのは将軍だった。


青い髪の将軍は、じろりとおねーさんたちを睨んで追いやった。騒ぎに気付いたシーシアさんが、慌てて側にくる。


「殿下、すみません。……イム、ありがとう」


「側付きは、どうした。離れたら意味がない」


水が運ばれてきて、口をゆすぐよう言われる。


シーシアさんは大勢に話し掛けられ、いつの間にか離れていたのだ。立場上偉そうなひとだから、忙しいのは仕方ない。


シーシアさんは困ったように、部屋を見回す。


「それが……」


俺には言いづらそうに。


「晩餐がはじまる前に、お二人を探してくると言って──」


俺は、耳をうたがった。


将軍も顔をしかめた。


「一人で降りてしまったのです」



──ウソだろ?



咄嗟に歩きかけ、両側から腕をつかまれた時、使用人がひとり走り込んできた。


「シーシア様っ、イム将軍!」


何事かと、部屋の人々の視線が集まる。


「シダとシュコクから、使者が!」


「使者?」


こんな時間に?とつぶやくシーシアさんの手は、水みたいに冷たい。


「誰がきた?」


反対にイム将軍の手は熱い。


二人とも、俺の腕を離さない。


「──ミレハ統務と、グレン将軍が」


しん、と部屋が静まり返った。


俺の腕を離さない二人も、顔色を変えた。


「……いまどこに」


「もう入り口に」


「!」


ざざっと人々が割れた。


俺は、背後の中庭を見下ろす。


暗がりのいくつかの廊下のひとつから、晩餐の空気を蹴散らして、数人が踏み込んできた。


白い男と、赤い男。どっちも若い。


いや、俺よりは歳上だけど。


上を見上げてきた二人と、ばっちり目があってしまった。


「……なんか、エライひとたち?」


左右の二人にたずねる。


「左の白装束が、皇国シダの統治王の片腕、ミレハ。右の全身赤軍服の男が、シュコクの将軍、グレン」


さらりとシーシアさんに説明されたが、さっぱり。


当然だが、ここのことを俺はなんにも知らない。


聞く気もなかったし、聞いても意味ないと思ってた。


すぐに、あっちに帰るんだから。


けど、オヤジと母さんが戻れるのが、いつになるのか全然わからない、いまの状況からすると。


「違う国の使者さんってこと? 対当に話せるひとって、……シーシアさん?」


眼下の使者の一団が、中庭をゆっくり進んでくる。


俺の問いに、二人とも微妙な顔になる。


「わたしは、裁定者なので。セトレアの王はリューイ様のみです……」


「?」


「シーシアに、権限はない。相談にはのれるが」


俺は首をかしげる。つまり。


「オヤジと母さんがいない場合、誰が代わりをやるの」


二人が、同時に俺を見た。


………。


「まさか、俺?」


こっくりうなずかれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る