第13話
それからぼーっと座って待っていると、使用人ぽい格好のひとが、飲み物を運んできてくれた。
ガラスのグラスにつがれた、透明な飲み物。果たして飲めるのか、また辛かったりするのかで悩む。
咽はかわいてるんだけど……。
「失礼いたします」
また誰か入ってきた。
手に手に、なにか荷物を持って。
「殿下。こちらに、おいでいただけますか」
部屋の奥に、また別の部屋があったのか、年輩の女性がカーテンを開ける。
カーテンの向こうも、またカーテンで、そこから奥にあったのは──露点風呂??
一応柱はあるけど、大きめの円い湯船以外、壁もない。
やな予感。
「お手伝いいたします。さあ」
若い女性二人がかりに、服に手をかけられる。
ひい……っ。
「いや、自分でするんで! 一人にしてくださいっ」
「さようでございますか?」
残念そうな女性たちを追い出して、俺は急いで風呂に飛び込み、出て、用意された着替えにうめいた。
これを着ないとダメなのか?
時々、母さんが買ってくる、やたらと恥ずかしい服によく似てる……っ。
「ニャー?」
頭を抱える俺を、黒猫は不思議そうに見ていた。
「……殿下、失礼いたします……」
また、誰かきた。
俺は沈うつな気分で、黒猫を膝に乗せて、窓の外を眺め続ける。
「着替えられたのですね。御髪だけ、整えさせていただけますか?」
返事をする前に、髪に触れられ、櫛でとかされる。
「よくお似合いですよ、殿下」
うう……。
ついでに、頭を撫でてきた馴れ馴れしい手を振り払って、文句を言おうと振り向いて、びっくりする。
一瞬、誰だかわかんなかった。
なんとか将軍と同じデザインの、装飾少なめの青い衣装と、金色の帯?みたいなのに本物らしき立派な剣までさげて。
すっかり別人にきちんとされた、山河だ。
「紫紺も映える。奥様の見立てに、間違いはないですね」
「……そっちこそ」
まるで違和感のない、騎士みたいな格好に呆然としていると、苦笑された。
櫛をポケットに仕舞い、山河はすぐに離れる。
「やまか…」
「失礼いたします、殿下」
今度は、シーシアさんだった。俺の全身を検分して、うなずきながら満足そうに両手をあわせる。
「よくお似合いですね。懸命にお衣裳を揃えたエーリリテ様も、さぞお喜びでしょう」
揃え……え。
彼女に一礼して、山河は出ていってしまった。
あれ?
「お飲み物は、お口にあいませんでしたか?」
「え? えーと……」
かんじんの山河が出ていってしまったので、聞きそびれた。蝶々から、母さんの声が聞こえたのも、言っておきたかったのに。
遠ざかっていく気配。
「…新しいものを、ご用意させましょう」
シーシアさんが言ってすぐ、使用人さんが別のグラスを運んでくる。今度は二人分。
飲んで大丈夫か?
じーっとグラスの中身を見ていると、シーシアさんが自分のグラスに口をつけた。
「冷水にサワユを浸したものです。疲労がとれますよ」
説明してくれる。
「辛くない?」
「甘いですね」
疑って聞くと、くすりとされた。思いきって飲んでみる……おお、普通の水っぽくてかすかに甘い。
「ニャー」
「? お前も飲む?」
黒猫がすり寄っておねだりしてきたので、膝上の黒猫の口許に、グラスを傾ける。
黒猫が満足して膝から降りると、シーシアさんは控えていた使用人さんに、何か合図した。使用人さんが出ていく。
一息つけて、改めて、目の前の相手を眺める。
ほっそりした体躯。水色のゆるやかな長い髪と白っぽい衣裳のせいか、儚げすぎる。目の前にいるのに、存在感が透明だ。
歳は、たぶん母さんと同じくらいかな?
俺が相手を眺めてる間、相手も俺のことを観察していた。何か探すような、確かめるような、そんな表情で、やがてにこりと微笑んだ。
「お二方に、似ていらっしゃる……」
それはよく言われる。
また使用人さんが入ってきて、今度はお盆に料理がのっていた。
「あの、」
一応、聞いてみよう。
「はい?」
「オヤジと母さん、どこにいるかとか……」
「──」
髪をさらりと揺らして、シーシアさんは立ち上がる。
「調べている最中です。ご覧になりますか?」
へ?
先に歩く彼女についていき、白い建物の一部にしては真っ暗な、どこかの地下室に案内された。
凍えた空気に、吐く息が白くかわる。
円形の地下室に円形の台座があって、クッションの上に、目を隠した人物?が座っていた。
灯りがしぼられていて、姿がはっきりとは見えない。ただ、ざわりと背筋が冷えた。
ズズ……と、なにかが床を這う、こすれた音。
「遠見のできる者です。……ラウー、こちら、殿下よ。リューキ殿下」
「──殿下……?」
相手が俺に気づいて、びくりと身を引いた。怯えたように後ずさりされる。
その反応に俺も戸惑ってしまう。
「大丈夫、こわがらないで……。エーリリテ様とリューイ様の行方、どう?」
シーシアさんになだめられ、ラウーと呼ばれた人物が、おそるおそるクッションに戻った。クッションのまん中に、透明なボールみたいな……のが、浮いてる。
その中で、炎みたいに風景が生まれては消えていく。
ラウーさんの手が……なんかうっすら鱗に覆われてる……その透明なボールに触れる。ボールが一瞬、強く光る。
早送りされて、自然や川や建物、人々や町が流れて消えた。何もない闇と、眩しい光が交互にいれかわる。
「王と、王妃よ」
ラウーさんの長い前髪の隙間から、額に大きな目があるのが見えて、さすがにぎょっとした。さらにボールの光のせいでうっすらと彼女の姿が──腰から下が巨大な蛇みたいに、部屋いっぱいにとぐろを巻いてるのに気付く。
こ、こわ……!
部屋を暗くしてるの、この姿のせい!?
「映して……お願い……」
ラウーさんの声が切実なものにかわる。シーシアさんが、手をのばす。
「無理しないでいいわ。やっぱりみつからないのね?」
「申し訳ありません……」
「殿下、ご両親とこちらにいらしたのは、いつからですか?」
「え。っと、昨日?」
「獣族の村の近く?」
「たぶん」
俺には、こっちの地理はわかんないけど。別荘から下りていったらたどり着いたんだから、近くだよな?
うなずき、シーシアさんはラウーさんをうながす。
ラウーさんが、ボールをトンと、指先で突っつく。
パッと画面が変わった。
見覚えのある、別荘が映った。
あれ!?
壊れたはずじゃ?
俺が身を乗り出すと、ラウーさんがビクッと震えた。映像が消えてしまう。
「あ、ごめん……」
「い、いえ」
気をとりなおして、もう一度ラウーさんの手がかざされる。と、確かにそこに、壊れる前の別荘が映った。
これって。
「一昨日の朝の光景ですね……」
一台の車が別荘の裏手に停まり、山河が降りて別荘に入っていく。一室、一室窓を開け換気し、別荘の周りをぐるりとまわり、玄関脇の草取りまでしている。
「リーンですね。相変わらずマメなこと」
シーシアさんの呟きに、ラウーさんもうんうんうなずく。
「山河と知り合い?」
「もう、20年近くは」
へー。
「彼はユノナイツですしね」
「……ゆの?」
「王族に仕える騎士、という意味です」
ふーん……。
影像が進む。
山河がいったん車を出し、再び戻ってきた時には、オヤジと母さんと俺を乗せていた。四人で別荘の中へ。
「向こうの服は、本当に楽そうですね」
母さんのワンピースと、シーシアさんは自身の衣裳を比べる。彼女が着てるのは、ひらひらした裾長のドレスっぽい。普段着には、動きずらそうだ。
夜になり、朝になって、テラスにオヤジが出てくる。時間が動いて、俺が別荘まわりを散歩して、裏に移動してく。
そのあと。
「お二人だけ、出かけられたのですね」
影像が、俺と山河が車に乗って、別荘を出る場面を映した。
「あ、そうそう。買い出しにいって……」
車が出ていったあと、オヤジと母さんはテラスに出てきて、二人仲良く何か喋っている。というか、途中から、イチャイチャ……。
「仲がよいですわね。いつも通り」
シーシアさんがしみじみと言い、うんうんとラウーさんにもうなずかれ、俺は恥ずかしくなった。
二人がテラスから離れ、別荘の中に戻る。
その後は……あれ?
車が戻ってきて、俺と山河が降りて、オヤジと母さんを探し始める場面に。
「二人とも、家のなか?」
「出ていった姿は映ってませんね……」
そんなばかな。
「俺たちが帰ってきた時には、もういなかったぞ?」
この後は…。
山河に引っ張られて、俺も別荘から離れていく。
しばらく経って。
影像が、ふっつり途切れた。
「!」
見ると、ラウーさんがだらだらと汗をかいている。
「すみませ……っ、これ以上は……っ」
「大丈夫よ、ラウー。ありがとう。無理させてごめんなさい」
無理してたのか。
「ごめん。ありがとう」
「っ、い、いいえ…っ、……」
真っ赤になって、ラウーさんは両腕をおろした。ボールから光が消えていく。
戻りましょう、とシーシアさんにうながされる。
地下室から出ると、明るい空気にほっとした。
地下室にいたのは、ほんのちょっとはずなのに、開放感。
「ラウーは、遠くを視る力があるのです。過去にあった出来事も、当事者が近くにいれば」
それで、昨日のが映ったのか。
たぶん、さっきの部屋へと戻りながら、シーシアさんは途中の廊下で呼び止められた。
使用人さんが、恐縮しながら彼女に喋りかけて、俺がいることに気付き黙ってしまう。
「ひとりで戻ってます」
「……大丈夫ですか?」
シーシアさんは心配な顔になったが、使用人さんも急な要件らしく、焦っていた。でもたぶん、俺がいたら話せないんだろう。
俺は大丈夫、と手をふって、廊下を進んでいく。
たぶん、こっちのはず。
どこへ行っても、白い壁と床と天井だけど、微妙にデザインは変えられているらしい。
つる草の模様がうっすら彫られていたり、薔薇の形に天井が浮き出るように、かすかな陰影があったり。中庭に降りる小さな階段に、果物の浮き絵があったり。
目立たない部分に、ちゃんと飾りがほどこされている。
俺は、見覚えのある柱まで、たどり着いた。
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