第12話


ぼうぜんと、空を眺める。




足下は、模様の彫られた白石が敷き詰められ、端に等間隔で白い柱がたち、そのむこうは何もなかった。


風がひやりと吹き付け、はためいていたフードが脱げてしまう。


周り、いや後ろから、何人もの気配と視線を感じて振り向くと、数人立っていた。


様々な容姿と年齢の、男女。いずれもイムハイユと同じような、強い眼差しが俺に向けられていた。


一瞬、圧倒されかけ、こらえる。


好意的な眼差し半分、ただ観察するような眼差しがもう半分。


どう見ても、異様な外見のヒトもいる。


じろじろ見られるのは嫌いだ。


だから俺は、また空をみあげた。


色が、俺の知ってる青色とは違う。紫がかって所々虹色の筋が伸び、なにかきらめいて飛び回ってないか……?


目で追っていたら、まるで気づいたみたいに、光がこっちに飛んできた。


「!」


目の前。急停止した光はとどまって、首をかしげて俺を見た。


『……rty、fk、n?』


何か喋ってる。さっぱりわからん。


けどなにか、うれしそうだ。


ひゅうんと、光は俺の周りを一周、ぱたぱと羽ばたきながら紫と金の蝶々に姿をかえ、黒猫と反対側の俺の髪にとまる。


不思議な気配と感触。


「これ、なに?」


山河に尋ねると。


なぜか山河は、言いかけたのに口を閉じた。


「カタフィ、慶徴のみしるし──慶事です」


山河のかわりに、イムハイユが口を開いた。でも意味がわからん。


「──すごいな王子! 慶蝶なんて、ほんとにいるのか、始めて見た──っと」


ヒューレアさんが慌てて口を押さえ、イムハイユの反応をうかがう。彼は、蝶を見詰めている。


遠くから見守っていた集団が、ゆっくりとこっちに歩いてきて、距離をあけてとまった。中央から歩み出てきた全身水色の女性が、俺の前まで近付いてとまる。


目が合うと、彼女はやわらかく微笑んだ。


「ようこそ青都へ、リューキ殿下」


印象が妙に薄い、はかない雰囲気の女性。


「私は、シーシア。ご両親の友人です。ここにいる者すべて」


静かに、集団を振り返る。


うなずく者、微笑む者、複雑な表情を浮かべる者、様々な反応。


集団のさらに後ろに、連立する柱と建物が見える。


でかい。


「お疲れでしょう。詳しいお話は、のちほど。……どうぞこちらへ」


優しいのに、逆らいがたい声に、俺は戸惑う。


ついていきたくない。


絶対、いろいろ面倒くさい……。


名前を呼ばれた気がして、山河を見た。けど、ヒューレアさんと一緒に、離れた所にいる。


なんでそんなに離れてるんだ?


目が合っても、いつもの苦笑だけ。


「殿下?」


うながされ、しぶしぶ俺は、シーシアさんについていくしかなかった。





白い柱。白い床。天井。


天井がない所からは、水色の空がそのまま仰げる。


柱には緑の蔦がからまって、自然の模様を描いてる。装飾も、なにもない、ただ白い建物群。


小鳥たちがピヨピヨと、上から見おろしてる。


奥へ奥へと案内されてるうちに、来た通路はわからなくなった。


完全に見知らぬ人達に囲まれ、どうなるのかも不明。


ただ。


『jf……hsk…g』


髪にとまったままの蝶々が、時々なにか唄って、そのたびに光のシャボン玉が生まれては、はじけ消える。その感触が優しい。

背中に刺さるいくつもの視線が、うっとうしい。


ぞろぞろと、集団はずっとついてくる。


中庭みたいな場所を抜けて、回廊をいくつかまがり、ようやく、案内係の足が止まった。


扉には、薄布のカーテン。


「こちらで、少しお待ちを。いろいろ準備して参ります」


ここに入れってことかな。


吐息をついて、中に入る。


ようやく、背後の集団が離れたが、まださわさわと廊下で話し合っている。


「皆、仕事に戻って──さあ」


シーシアさんの一声で、話し声が止んだ。

ようやく、本当に静かになった。


ため息が出る。


「ニャー?」


黒猫がなにか尋ねてくる。大丈夫?ときかれた気がする。


「まだ大丈夫」


広い部屋は、やっぱり白い。奥の窓から中庭がのぞめる。なんとなく、窓際のソファーに落ち着く。


「……これからどーなるんだ?」


ひとりごちると。


「──hy……ry…k」


蝶々から、ひとの声……?


「リュウキ……」


「!」


母さん……!?


慌てて、蝶々を見ようとしたけど、蝶々は俺の髪にとまってる。羽根のはしっこしか見えない。


え。なんで蝶々から!?


「リュウキ。……にいるのね。よかった。しばらくそこで」


「母さん!?」


声はすぐ、途切れた。


蝶々に手をのばしたら、ふわりと逃げられる。


「………」


しばらく、そこで?


ここ、ってことか?


俺は、ひらひらと蝶々が中庭の空にあがっていくのを見おくった。


ここ。ええと、青都? ここにいろってこと、か?



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