第二部
第10話
尻尾がないせいか、黒猫は歩きづらそうだったので、見かねて左肩に乗せた。
朝メシを食べて、預けてあった馬と合流して、三人と二匹?で宿を出る。
「ここは、山の街道沿いの宿場町みたいなもので、道沿いにけっこうあるから、泊まる所には困らないね」
歩き出してすぐ、ヒューレアさんが説明しはじめた。
ふうんとうなずくと、大きすぎるフードが鼻まで隠す。
「人種無関係に使えるから、自由だけど、その分危険かなー。あ、ほら、あの獣貴族いるだろ」
ヒューレアさんがあごをしゃくった先に、昨夜見かけた着ぐるみが、周囲に避けられながら歩いていた。露店の前で立ち止まり、なにやら話している。
「着ぐるみじゃないのか……」
後ろで聞いていた山河が、肩を揺らす。
「ん? あいつらは獣貴族っていって、獣人族とは別で、より魔力が強いし力も凶暴だから、近寄っちゃだめよー」
ふうん。
朝から、町はそれなりに、人と獣人とでにぎわい、活気があった。
よくわかんない外見のヒトもいるけど、気にしないようにしよう。うん。
「飲み物だけは買っていこうか。あそこの店にしよう」
ヒューレアさんが右側を指差して、すいている露店にみんなで足を向ける。
板張りの台の上に、直接置かれた、俺の目にはガラクタにしか見えない、様々な物。
小柄な老人が店主のようだ。ちらと俺たちを見て、何か用かという顔になる。
ヒューレアさんは、ポケットから何かを取り出し、それを店主の前にかかげた。
「飲み水をくれ。三人ぶん」
「ほい」
店主も懐から、小石のようなものを取り出し、ヒューレアさんの手中のなにかとくっつけた。
瞬間、ぽわっと明かりがともり、店主の小石に吸い込まれる。
同時に店主が持ち上げた片手に、袋がみっつ現れた。
「どうも」
「ありがとさん」
小石は再び店主の懐へ。ヒューレアさんも、何も渡さずに、袋を受け取りそのまま山河に手渡す。
なんだいまの? 金とか払わないのか?
「いまのって」
「うん、これ」
露店を後にしながら、ヒューレアさんが手中のモノを見せてくれる。
暗い赤色のガラスのような塊は、宝石に見えなくもないけど。
「魔精石っていって、魔力をためられる石なんだ。買い物はこれでする」
「??」
「相手も石を持ってるから、くっつければ魔力を渡せる」
「え? 金とかないの?」
「コインで取り引きするのはかさばるからねー。いまはこれがほとんど」
な、とヒューレアさんは山河にふる。
山河はこくりとうなずく。
つまり、通貨の代わりに、魔力で取り引きしてるって、コトか。
わかったような。わかんないような。
あちこちの露店を、興味をひかれながら歩く。
前方に、町の出入口が見えてきた。
どこに行くのかわかんないけど、そんなに不安がないのは。
「……」
楽しそうに一番前を歩く、ヒューレアさんと。
後ろからゆっくりついてくる足音と。
肩上を見ると、黒猫がキョトンと見返してきた。
……うん、まあ、すぐに家に帰れないみたいだし。
仕方ない、かな。
どこまでも続いていそうな道を、ひたすら歩く。
道は、踏み固められたむき出しの土。
右手に大きな森がずーっと広がって、左側には時々、分かれ道や畑や、民家っぽい家々が見えた。
たまーに、誰かとすれ違う。
昼休憩をとるまで、まったくの平和で、なんにもなかった。
「──つけられてるね」
ヒューレアさんの長い尻尾が、ひゅんと空を叩く。
黒猫がピクリと耳をたて、後ろを向く。
俺はフードが邪魔で、目の上まで持ち上げてから、歩いてきた道を見返した。
ちょうど左右に木々が繁っていて、俺たち以外の人影は見えない。
視界には。
しんがりの山河は無言。
「どうする?」
ヒューレアさんが山河に聞く。
「……頼む」
「了解」
にっと笑って、ヒューレアさんはうれしそうに方向転換、いま来た道を引き返す。
「先に行っててねー」
「……」
ぽんと肩を叩かれ、俺は彼女を見送る。
なんでうれしそうなんだろう?
「リュウキ、もう少しで村があるはずだから」
「つけられてるって、誰に?」
「さあ」
山河は興味なさそうだ。
後ろが気になって、でも先をうながされ、再び歩き出す。
そんなに時間がたたないうちに、背後からたたたっと軽い足音が追いかけてきた。
「お待たせー!」
ヒューレアさんは何もなかったように、先頭に戻る。
「早いな」
「それがさー」
ざざっと、周囲の木々がいっせいにざわめく。
──見られてる。
ほぼ、全方位から。
周りの木々の陰から、それまで気配もなかった大勢の人が現れた。全員同じ姿で、手になにか握っている。山河が一応腰にさげてる、安物とは正反対の高そうな剣。
完全に囲まれてる──!
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