第9話
小鳥の鳴き声で、起こされる。
体が石みたいに重く、息苦しく、寝返りをうとうとしてできなくて、やっと目蓋を開けると……。
「………」
黒い毛皮とともに、ゴロゴロと咽を鳴らすモノが、俺の胸の上に乗っていた。
身動きできず、しばし悩む。
いつの間に乗ってたのか。そもそも、この黒い猫って──。
「大変だっ、逃げられ──あっ!」
バタンとドアを開けて、ヒューレアさんが大声を出し、俺の方を見たのか足が止まる。
俺は起き上がりながら、黒猫をつまむ。
やっぱそうか。昨日の、黒猫耳少女だった、猫。
なんでここに?
「ニャー」
「ミューレイ! ちゃっかりナニしてる! 王子、それ捨ててください!」
ミューレイ??
「昨日の……女の子? ヒューレアさん、知り合いなんだ」
「敵対部族で昔から、顔知ってるだけです! いいからこっちに」
ヒューレアさんは片手に鳥かごみたいな、円錐形の檻をさげている。あれに入れてたのか……そしてなんでか、一緒に連れてきたんだ。
黒猫は首をすくめ、怯えるようにニャーと鳴く。
動物虐待、の文字が頭に浮かんできてしまい、つい膝の上におろす。尻尾がない……痛々しくて、なんかかわいそーな気がしてくる。
迷っていると、山河がヒューレアさんの後ろから顔を出し、現状を把握。
俺はあわてて黒猫をおさえた。
「俺が飼うから!」
「ペットじゃないんだ、リュウキ」
「部屋余ってるだろ……っ、あ」
つい、自分家のつもりでいいかけ、ここかどこだか思い出す。
そうだった。
どこかもわかんない、日本じゃない場所にいるんだった……。
見慣れない部屋と、肌触りの違う布団。ヒューレアさんの猫耳や尻尾を眺める。
山河はいつも通り、かと思ったら、手に荷物を抱えてる。
いったんドアを締め、山河はヒューレアさんに視線で聞いている。
「ミューレイが檻をやぶって、王子んとこに逃げ込んだんだ!」
ぷんぷん怒るヒューレアさん。
「弱いくせに、いつもちゃっかりしやがって、ホントムカツク!」
「ああ……」
なるほど、と山河は彼女をなだめる。
黒猫が緊張して、俺の手のなかでじっとしている。
いま猫だけど、話はわかるのかな?
山河が俺を見た。
俺は横に首を振った。
「リュウキの好きに」
おー、やった。
猫と一緒にホッとした。
黒猫が、感謝するように腕にすりすりしてきたので撫でてやる。
ヒューレアさんの視線がなんか怖いが、気付かない振りをしておく。
「起きたら、朝メシにしよう。食べ終わったらすぐに出る」
抱えていた荷物が床に置かれると、ガチャンと金属音がした。
布でくるまれてるけど、なんだ?
興味をひかれていると、山河が包みをほどいて見せてくれた。
服と、ベルト?ぽいのと。
どう見ても、剣。
おー、マジか。ホンモノかこれ。って。
……誰の分だ。
「安物だな!」
ちらっと見ただけで、ヒューレアさんがつぶやく。
「とりあえずだから、なんでもいい。リュウキ、上にこっちの、マントだけ着て」
「ん」
生なりの、やはりごわついたマントは、大きいフードつき。裾の長さは、足首まである。長い。
草の匂いみたいな、変な匂いがする。
「虫よけの香が焚き付けられてる。外では、必ずフードな」
うっとうしいけど仕方ない。
しぶしぶうなずく俺をちょっと眺めて、言われた通りにするかなと少し心配な表情を浮かべ、山河はヒューレアさんに向き直った。
「お前はどうする?」
黒猫を睨んでいた金の瞳が、山河に向く。
「どうって……ついてくに決まって」
「いや。戻った方がいいな」
「えー」
ヒューレアさんは不服そうだ。
「だいたい、お前だってそんなにヒマじゃないだろう。仕事はどうした」
「網はってる途中だからなあ。あんまり動けないし、いまは発掘中かなー。だから、ひまといえばヒマよ」
ぶんぶんと長い尻尾が左右に振られた。
山河は、俺を見て、ヒューレアさんを見て、黒猫を眺めて、なぜか深いため息。
「子守りを三人しろと……」
小声だったが、聞こえたぞ。
「王子様もいいよな? と、いいでしょうか? お供しても」
金の瞳がじっと見詰めてくる。
意外に真剣な表情で、一緒にいたいという気持ちが伝わってきた。
俺に、駄目と言う理由はない。
「……敬語、いらないです」
「いいってさ!」
「……そうか」
山河は、本当に迷惑そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
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