第8話

「──キ、…リュウキ、起きてくれ」


う……?


「疲れてるだろうけど、起きて」


優しく揺すられ、意識が浮上する。


明るい部屋がまぶしい。


ぼーっと、周りを眺める。


「山河……」


「寝るなら寝室で。腹が減ってるなら何か食べて。風呂は、向こうほど立派じゃないけど」


「俺ねてた?」


うなずいた山河は、いつの間にか運ばれたらしい、テーブルの上の料理を教えてくれる。


腹は、すごく減ってた。


寝惚けながらも席を移動する。


スープっぽいものと、サラダっぽいものと、これなんだ、肉料理?


フォークみたいな、不思議な形の棒?をつかって、食べるのかなたぶん。


「毒味はしてあるから大丈夫」


「っ……」


さらっと不穏なことを言われ、目が覚めた。


向かい側の席に座って、山河も食べはじめる。


食事は、味がよくわからないまま終わった。


空腹感だけ満たされて、でもちゃんと食べた気がしない。


ちらりと、向かいの席の相手をうかがう。

山河は、まだ食べている。表情はいつも通り。


柔らかく静かで、まったく隙のない、できないことなんてなさそうな、落ち着きっぷり。


ヒューレアさんは、こいつのことをリーンと呼んでた。鈴一だからか?


「味は大丈夫だったか?」


「うん。みょうに甘いけど……」


「しばらく、食事は我慢してくれ」


「それはいーんだけど」


やっと山河の皿が、空になる。


「──これから、どーすんだ?」


「……それが問題だな」


俺もいちおう、考える。


家に帰るのは、おそらくオヤジたちがいないと無理っぽくて。


よくわかんないけど、ここは日本じゃないらしく。


夢を見てるんじゃなければ、獣人とか、見たことのない生き物とか、いて。


あんまり平和でもない? のか?


……どうしようもない気がするぞ。


「リュウキは──帰りたいよな?」


「あたりまえだろ」


即答するとなぜか山河は一瞬目を伏せた。


「わかった」


声まで重い。


なんでだ。


「……じゃあ、あまり人前に出ない方がいいな。どこか、安全な居場所を確保して、そこでお二人を待とう…それでいいか?」


「うん」


続けて山河は言う。


「人前ではなるべく、顔を隠してくれ。目立つと騒ぎになる」


「?? それ、なんでだよ。猫耳とかついてないから?」


山河だってついてないよな。


口許を片手で押さえ、山河は横を向く──頬がピクピクしてる。ナニを想像しやがった。


「そうじゃなくて。…こっちの世界には、──いろんな生き物や物に、生気が満ちていて。魔精力とか、魔力とか呼んでるんだが」


うん?


マリョクってあれだ、ゲームでよくある。なんか現実味はないけど。


うんうん、とうなずいておく。


「リュウキはちょっと、ご両親の影響もあって、特殊な光を放ってるから」


「……は?」


「目立って仕方ないんだ」


「光? って──」


脳裏に、はじめてヒューレアさんを見た時の光景が浮かんだ。


ごくりと唾をのむ。


慌てて自分を見回したが、あの時見たような光はなかった。ホッとする。


「変なこと言うな。光ってないぞ」


「光って……見た、のか? どこで?」


「はじめてヒューレアさんがきた時、なんか全身光ってた」


「ヒューレアが? ふむ……」


「だ、だいたい、まほーとかなんて、ありえないって。空想だろ」


「向こうではね」


やわらかく断言されて、俺は言葉につまってしまった。


反論ができない。だって、実際にありえないものばかり見てる……。


「こっちでは、まあ当たり前だから、気を付けてくれ」


「……」


当たり前って……!


そんなこと言われたって。


「遅くなったな、寝よう。風呂は隣部屋だから」


立ち上がって、また窓越しに外を眺め、山河はそのまま部屋から出ていく。


ひとりで放り出された気分になったのは、気のせいだ。


さっさと寝よう。なんにも考えず……。









俺が、ひとりで残されてる間、山河は潜伏場所を確保するために、いろいろやっていたらしい。


ヒューレアさんは、適当な酒場に入って、1杯やってたとか。


聞いたのは、ずっと後の話。





なれない、ごわついたベッドに潜り込んでうとうとした頃、ようやく山河が戻ってくる音は、確かめた。


聞いたほうがいいのか、言うべきかどうか迷いながら、俺はうとうとと思う。


名前で呼んでないのを、そんなに気にしてたなんて、知らなかった。


それを、他人に話されたのは、ちょっと。


「……かわ?」


「寝てていい。疲れただろう」


「……がいい?」


「ん?」


いや。呼び方がどうのじゃなく、俺が、ききたいのは。


「……なまえ、ちがう? 山河は……どっちのセカイのヒト……?」


オヤジが、こっちに来た、って言ってたよな。


じゃあ、母さんとこいつは──。


「……オレは──」


そのあとは、眠ってしまって聞き取れなかった。





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