第6話


今朝、別荘の裏手で、そーいえばネコ耳に。


「あ……あれ? でも、あれって軽井沢じゃ」


「! どんなヤツでした!?」


「え。女の子……?」


戸惑いつつ答える。


ヒューレアさんは厳しい顔つきに変わった。


台所の、一個しかない窓を見上げる。


つられて見上げた時、その窓が割れた。


反射的に立ち上がった時には、すでに目の前にほっそりした背中があって、金属と金属がぶつかる音がして、突風が室内をかきまわす。


「……ッ!」


驚いている一瞬のうちに、華奢な体が何かを薙ぎ倒す。ゴキリと鈍い音がした。うめき声は、若い少女のもの。


「……ヒューレア!」


──黒髪を振り乱して叫ぶ、獣耳の少女と。


「やっぱり、お前かこんな……無謀な襲撃は」


黒髪の少女の右腕を踏みつけて、冷たく見下ろすヒューレアさんは、間近に殺気をぶつけあって睨み合う。


知り合い、というか、もの凄く仲が悪そうだ。


「ぐう……ッ」


踏みつけられてる腕、絶対折れてる。


黒髪少女はあいてる方の腕で、ヒューレアさんの脚を殴る。それをさっと避けざま、少女の頭部は容赦なく蹴られた。


見たくない。


こんな暴力的なやりとりなんか。


けれど、眼をそらしたくても、どうやら俺も無関係じゃあないらしく。


壁に激突して落下した少女は、すぐに起き上がって、キッと俺を見た。


こっちに飛び掛かってくる!


とっさに持ってたものを前にかかげたのは、ただ反射的に動いただけで、何も考えてなかった。


つき出された手がそれに刺さり、中身が盛大に吹き出す。ぶしゅーっと、炭酸グレープのジュースが少女にかかる。


「!? ぶっ……けほっ」


ひるんだ彼女を上から、ヒューレアさんが叩き潰した。


本当に容赦なく、両足で背中を蹴り落としたのだ。


ログハウスの床がへこむほどの強さで強打され、とうとう少女は、ぴくりとも動かなくなった。


かきまわされた空気の余波が、冷や汗続きの俺を撫でて消えた。


び──びっくりどころじゃないぞ。


いま、俺、狙われてた、よな?


なんで!


「……ふう。……王子、すみませんでしたっ。お怪我ありませんか!?」


「……ないけど」


けっこう怖かったなんて、言えない。


とっさにジュースを盾にしなかったら、どうなってたんだ?


さらりと髪をかきあげ、ヒューレアさんは少女を苦い顔で見下ろす。


ふと気付いた。


外も静かになってないか?


あ……そうだ、山河は……?


あいつ、ひとりで。


「──っ」


「王子?」


俺はいそいで台所のドアを開け、玄関に走った。


外で何が起きてたのか、直視するのはこわい。


けど。


ドアを開けて外に出て、辺りを見回した俺が目撃したのは、所々壊された家々と、地面に転がっているなにかの動物と、それらを片付けている獣耳の人たちだった。


なんだあれ……コウモリ?


ざっと見、騒ぎのわりには怪我人とか、いないようなのでホッとした。


「──リュウキ」


山河がなんにもなかったような様子で、遠くから戻ってきて、俺の無事を確かめうなずく。


いったい、何が起きてるのか、訊いてもいいものなのか、周りの獣人たちの視線が気になる。


「……移動したほうがよさそうだ」


「移動って? 帰れんの?」


家に戻れるなら、その方がいい。オヤジたちも帰ってるかもしれない。


「帰る……のは、いまは無理だな」


「なんで」


「ご両親がいないと、戻れない」


はあ!?


マジか。


「じゃあ、オヤジたちさがす?」


「うーん……」


山河はちょっと考え込み、首を横に振った。


「こっちから探すと面倒だから、戻ってくるまで待とう」


えー……面倒ってなんだ。


「リーン? これどーするー?」


ログハウスの奥から、ヒューレアさんが呼ぶ。山河に背中を押されて、一緒に戻る。


「あのコウモリみたいなの、なに」


気になったので聞いてみた。


「獣族の中には、他の動物を操れる者もいるんだ。ちなみにコウモリじゃなくて、こっちの動物だから食べれない」


食わねえよっ。



台所に戻ってみると、ヒューレアさんはさっきの黒耳少女を、とても面倒そうに見下ろしていた。


山河まで、厄介そうな顔になる。


「一人で襲撃してきたのか」


「たぶん。……王子、見つけたから、チャンスだと思ったんじゃないか? 山に捨ててこよーか」


微妙そうに、ヒューレアさんを見る山河。


「チャンスってなに」


俺のことだよな?


二人とも、俺の質問は無視した。


「放置しても面倒だし……仕方ない。ヒューレア、いいか?」


「かまわん」


腰にさげていた短剣が、いつの間にかヒューレアさんの手に握られ、かざされる。


えっ──まさか。


「ちょっ」


ザクリ! ……とナイフは、黒耳少女の尻尾を切り落とした。


気絶してた少女の全身がビクンと跳ねる。


スプラッタになるのかと思った目の前で、信じがたい現象が起きた。


するすると少女の全身が縮んで、みるみるうちに全身が黒い毛でおおわれ──よく知ってる動物へと変身した。


「え……」


ビクビクと、真っ黒い猫はまだ、ケイレンしている。


「猫?」


当たり前のように、ヒューレアさんはうなずく。


「獣人族の尻尾は、弱点なんだ。魔生力のもとでもあるから、切り離せば無力化できる」


「??」


さっぱりわからん。


「つまり」


尻尾のない黒猫を、彼女はつまんで持ち上げた。


「こいつは、いまただの猫ってこと……ですよ、王子様」


そんなことも知らないの?という目で見られても、困る。


「移動手段はどうする? リーン」


「どうしたものかな。徒歩は……危ないか?」


「街までいければ。そんなでもない」


驚きから抜け出せない俺を置いて、二人はなにやら相談をはじめた。


話しながら、ヒューレアさんは一本自分の髪をぴっっと抜く。その髪の毛に、ふっと吐息を吹きかけ、何故か黒猫の首に巻き付けた。


なんだろ。


「──じゃ、何人か用意してもらおう。リュウキ?」


「な、なに」


「安全な所まで移動する。もうちょっと待っててくれ」


「うん」


ここは、危険、ってことか?


素直にうなずくと、山河は目を細めた。


ぽすんと、頭に手がのっけられた。


「大丈夫だ」


「……触んな」


「はいはい」


笑って、また外に向かう。


やりとりを不思議そうに、ヒューレアさんは眺めていた。





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