第一部
第5話
俺の名前は、リュウキ──龍輝。
オヤジは藤 龍一。母さんは恵里。
今年、地元の高校に受かったばかりで、それなりにダチもできて、一応部活にも入ってみたり。
オヤジは仕事が忙しいから、夜中にしか帰ってこないし、母さんも仕事があるから、ほとんど家でひとりぼっちだ。
普通の家族だ──たぶん……。
オヤジも母さんも、優しいし、しっかりしてる。たまの休みには、たっぷり家族で過ごすし、何かあったらちゃんと話を聞いてくれる。
だから。
こんな、わけのわからない状況は。
「……ありえねー……」
俺たちがいまいるのは、他より大きめのログハウスの中。
テーブルも椅子も、他の家具も全部木製で、どうやら手作りっぽい。
部屋の真ん中にあるテーブルに、これもまた木をくりぬいたらしいカップが置かれて、何かしらの飲み物が。
「どうぞ、王子様!」
「………」
「ユノナイツ様も、どうぞ」
「ありがとうございます」
聞き慣れない呼び名で呼ばれた山河が、年配の女性ににっこり笑顔をかえす。
それだけで、相手は長い尻尾をくねくねさせている。
俺は、どこを見たらいいのかわかんなくて、ずっとテーブルの木目を眺める。
年輪が綺麗な模様を作ってる。つぎはぎされてないから、きっとでかい木だ。
「王子様は、無口なんですねーっ」
「ああ、そうですね」
む。
違う。
聞きたいことがあるのに、人?前では、聞けないだけだ。
むっつりしている俺を、山河は面白そうに眺めている。むかつく。
一人だけ平然としやがって。
「雨の降りは、どうです?」
「おかげさんで! 水不足はまぬがれてますよーっ。夜にはごちそうしますから!」
「楽しみにしてます」
世間話が一段落したとき、ばたばたと家の外がさわがしくなった。
ゆらゆらしてた女性の尻尾が、ピタッと止まる。
「ちょっとお待ちくださいな」
「はい。どうぞおかまいなく」
山河にことわって、外に向かう。
やっと、まわりに誰もいなくなる。
ようやく顔をあげた俺が質問する前に、山河は反対にきいてきた。
「リュウキは、彼らがこわい?」
へっ?
「なんで」
耳とか尻尾とかついてるけど、それ以外は普通にヒトのような気がする。たぶん。
山河は無表情にうなずく。
「……大丈夫なら、いい」
「? ってゆーか……」
そもそも。
「あの人? たちって、なに」
「ああ。えーと……獣人、かな……。人でもあり獣でもある種族、でわかるかな」
あの耳とか、本物なのか。
「ここ……軽井沢だよな?」
「いや」
山河は即答。
俺は、ぎゅっと両手を握りしめる。
軽井沢じゃない?
じゃあどこだ。
いつものように、落ち着きすぎている山河をみていると、聞くのが恐いとゆーか、聞きたくないぞ……あとにしよう、うん。
「オヤジたちは?」
「……いまは、居場所が不明だけど、絶対無事だ」
「──そ……か」
別荘にはいなかったけど、二人でどっかにいるのか?
「あ」
「?」
俺は、いまさらのように携帯電話を取り出す。
「ああ、リュウキ、それはきっと使えない」
「え?」
「こっちの世界にないんだ」
「ない?」
「ほら」
山河は、自分の携帯電話を取り出して、俺に画面をみせながら操作する。
電話を俺にかけて。
画面に表示されたのは、電波が届いていません、の文字。
使えないのか。不便だ。
──考えたくないけど、さっき、『こっちの世界』って、言った……?
えーと。世界って、なに……。
だんだん、指先が冷たくなってくる。
黙りこんでしまう俺のことを、山河がちょっと心配そうに見詰めていたが、俺は気付かなかった。
しーんと静まり返ったログハウスの、おそらく隣の部屋から、かすかな……コトコトという物音が。
台所でなにか料理中かな。
でも、さっきのオバサン、確か家の外に出てったよーな。
「──リュウキ?」
俺と山河の前に出された、飲み物らしきものを見比べてみた。
そうっと、カップを手にとってみる。
「これなに? 色がミドリ」
「……葉っぱを煮込んだスープみたいな、あ、」
思いきってゴクリと飲む。
………!
けほけほと咳き込むはめになった。
苦いうえに、辛い。
「リュウキ、無理に飲まなくていいから。彼らの味覚は人とは違う」
先に言えよ……。
涙目になって、ピリピリに口を押さえていると、バーンと玄関が開いた。
逆光を浴びた、ほっそりしたシルエット。
「──リーン! どういうことだ、こっちに寄るなんて一言も聞いてないぞ!?」
まっすぐ、のびやかなきれいな声が山河に向かって投げられ。
光とともに、家の中に踏み込んできた相手の迫力に、俺は息をのむ。
真っ白に見えるうすい、腰まである長い金髪と、同じ毛色の獣耳。長い尻尾。どっちかというと、華奢な体つき。
美女だ。
彼女は、なぜか怒った様子で山河に詰め寄り、そばまで来てようやく、俺の存在に気付いた。
近くで見ても、なんでか彼女の全身が輝いて見える。淡い、きれいな金色の光……。
瞳の色が、橙色だ。
「──ヒューレア」
山河が彼女の名前を呼ぶ。
知り合い?
こんな美女と!
「この……子は?」
美女に間近で見詰められる。
わー近い!
近すぎ!
ぐっと詰め寄られて焦ると、山河の手がすいと延びて、彼女を押し戻してくれた。
「お前がなんでここに……。リュウキがびっくりするだろう。さわらない」
「えー……けち」
!?
なななんで、触られるわけ!?
美女の両手が俺の顔を狙ってくる。普通に女性の手っぽいが、うっすらとピンクな部分は肉球か? 爪がちょい鋭い。
山河は、仕方なさそうに立ち上がって、俺をかばうように立ちはだかる。
「リュウキ、悪い。変人にみつかった…」
変人……!?
「いいじゃないか! 触ったって!」
さわ………。
「ダメだ。減ると困る」
減る………。減る?
ナニが。
会話の意味がわからん。
「リュウキはまだ、こっちに来たばかりなんだ。よけいに混乱させるな」
「えー……ちぇ……」
ようやく、落ち着いた?のか、美女はいったん離れた。
空いてる椅子にどっかと腰をおろして、片ひじをつき、山河を不服そうに睨む。
「ま、あとでいーや。それより、なんでお前がこんな所にいる? リーン」
リーン?
さっきも、山河のことを、そう。
俺が不思議がってるのをちらっと確認し、なにか説明しづらそうに、山河はため息をついて。
「うん。そうだな……。いつまでここにいるか、分からないから」
え。
どーいう……。
「うーん……。ヒューレア、ちょっと」
「ん」
山河は、美女を台所のほうのドアにうながし、俺はひとりで残された。
ぽつん、と。
急に明かりまで消えたよう。
「……」
意味もなく携帯電話をいじり、電波ぜんめつの表示に空恐ろしいものを感じる。
電池残両が75%だ。
切っとこう。
待つこと、おそらく五分ほど。
がちゃりとドアが開き、二人が戻る。
俺は、瞬きする。
やっぱり、錯覚じゃあなく、全身から光が出てるように見える。
「お待たせ、リュウキ」
うん。
うなずく俺に、山河は苦笑した。
山河だけ椅子に座り、美女はちょっと離れて、何故か俺のそばに立つ。
ん?
「遅れたけど、紹介する。彼女はヒューレア。ご両親の知り合いだから、信頼していい」
え。オヤジたちと?
ぱちくりしてると、いまさらのように、ヒューレアさんは会釈した。
「よろしくお願いいたします。王子殿下とは知らず、大変失礼いたしました」
ん?
急に、敬語を使われてもなんか変だ。しかも。
「……王子殿下って、なに」
「はい?」
苦い顔になる俺と眼をあわせ、ヒューレアさんもぱちくり。
? と、二人で、山河を見る。
「あ。そうか、説明がまだ……ヒューレア、ちょっと外に」
「なんで? いやだ」
ずい、と、ヒューレアさんは一歩、俺の方に。
手を伸ばせば届く距離に、何故か危機感。
山河は額に手をあて、少し困ってる。
視界のはしにうつる、長い尻尾がゆらーっと左右に揺れていて、すごく気になる。
「じゃあ簡単に。──」
「……」
なんだか落ち着かない。
「リュウキが生まれる前の、話だ。──ここら一帯は山が高すぎて、どこの国の領地でもない。大昔から、彼ら獣人やその他の種族の棲みかで」
うむうむとヒューレアさんがうなずく。
「だが、山にある資源……を勝手に狙う、良くない国がいくつかあって。色々ごたごたしてた……な」
「してたしてた。いまもしてる」
口をはさむヒューレアさんに、山河は邪魔するなと言いたそうだ。
「そんな時に、龍一様がこっちの世界に来て。エーリリテ様を巻き込んで、ほとんど片付けた」
「片付け……?」
疑問顔の俺に、山河は、いい笑顔を浮かべた。
「ま、細かい話は、あとでご本人達からきいてくれ」
「……うん」
「龍一様は、その時に、他になる人物がいなくて、仕方なく王になられ──エーリリテ様とご結婚した。そして、リュウキが生まれて、向こうの世界に戻られたんだが──」
え。
俺、こっちで生まれたってことか?
「……きいてねー……」
「秘密にしてたからな」
秘密。
ずしりと言葉の重みを味わう。
俺だけ、知らないまま。今日はじめて聞いて、ショックを受けるなというほうが無理だ。
視線をそらすと、いつの間にか真横に立っていたヒューレアさんと、目があった。
「リュウキ?」
気遣う山河の顔が見れない。
「……なに」
返事する声が、自然とかたくなってしまう。
俺だけ、なんにも知らなくって。
オヤジと母さんと、山河の三人で、ずっと黙ってたってことだよな。
「……」
「何?」
一瞬だけ、間が空く。
小さくため息をつかれた。
「リュウキは、向こうで暮らした方がいい、というのがご両親の意志だ。向こうの方が、はるかに平和だから」
「──」
こっち、は、平和じゃあないってことか。
「……じゃ、なんで、いまここにいるんだよ」
「それは、あとで説明する」
唐突に、立ち上がった山河が外のドアに向かう。
静かに傍観してたヒューレアさんが、スッと俺の前に立った。
なんだ?
カンカン、と、金属を叩き鳴らす音が、ちょっと遠くで響き出した。
ログハウスの外が、急に騒がしくなる。
なんか、様子が、緊迫して。
「ヒューレア」
「心得た」
ちらっと、一瞬だけ俺をじっと見てから、山河はひとりで外に。
すぐに締められたドアに駆け寄ろうとすると、がっしと腕を押さえられる。
「王子はこっちへ」
「えっ?」
以外に強い力で強引に、台所のある部屋に引っ張られた。
「ちょ」
「しずかに」
しーっと口に指をあて、ヒューレアさんは俺の頭を押さえて、しゃがませた。
「なに?」
外で物騒な物音が、あちこちから悲鳴といっしょに聞こえる。
ピンとたった獣耳が、かすかに震えている。
表情を消しつつも、ヒューレアさんも動揺してるようだ。
「こんなとこに、やつらがくるなんて……まさか」
ヒューレアさんは、俺を見た。
「リューキ王子、どっかで黒のに見つかりました?」
「黒の??」
さらりと、彼女は自身の髪に触れた。
「黒い獣族です」
えーっと……。
黒い?
獣?
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