第4話


獣道ですらない森のなかを、どんどん降りていく。


何度話しかけても、山河はもう無言を決め込んでいるようだ。


俺はむすっとして、がっちり掴まれた右手を見るしかない。


オヤジと母さんの行方がわかんねーのに……。


俺たちだけ、さっきのアレから避難? するなんて。


がさがさと自由な方の手元で、袋が鳴る。


喉かわいた。


まだ、行く手にはなにも……いや。


先のほうに、木の柵みたいなものが、真横にずらっと並んでる。


境界線、みたいな。


「……リュウキ」


なんだよ。


ようやく口をひらいた山河が、意味深に言う。


「なにを見ても、驚かないように。それだけは守って」


へ……?


「約束して」


「……」


真面目にいわれると、こわい。


俺が、何に驚くって?


木の柵の、目の前までたどり着く。


柵の高さは、けっこう高い。三メートルくらいあるかもしれない。


左回りに、柵沿いに歩いていって、やっと入り口を見つけた。


ちょっとだけ、確かめるように俺の様子を見て、山河はゆっくり中へと踏み込む。


この中に、何かあるのか……?


「……。?」


恐る恐るその後についていくと、丸太を組み合わせた家々が、入口からずらっと並んで建っていた。


なんだ、村?


ログハウスかな?


人も歩いている。


普通に洋服を着て、団欒したり、家の庭をいじっていたり、店らしき前に集まったり。


いたって普通に……ん? なんかあのおじさん、尻尾がついてないか?


オバサンの集団にも、頭の上に耳みたいな……。


すれ違った子供らの手は、肉球と長めの爪が。

俺はぱちぱちと、まばたきしてみた。


前をどんどん歩いていく山河の、衿をつかんだ。


「うぐ」


仕方なさそうに、山河は止まる。


自分が実際に見てる光景がなんなのか、俺にはまったくわからない。


わからないから、衿をつかむ指が、震えてた。


「なんだよ、ここ……このひとたちは……?」


「リュウキ……顔色が……」


「オヤジと母さんは、どこだよ……?」


何か隠し事のある表情が、俺を心配するものにかわった。


路の真ん中で立ち止まっていた俺たちに、通りがかりの男?がふと、視線を投げてきた。


ひとりだけじゃない、何人もの注意が、こっちに向けられたのを肌で感じとった。


──? 目立ってる──。


なんでだ?


にぎやかだった通りが、急にしんと静まり返ってしまった。


俺の指をやっとほどいた山河が、周りの変化を一瞥する。


な、なんだよ……なんで注目浴びて……。


やっぱり、俺たちに、耳とか尻尾とかついてないせいか? このひと?たちって、やっぱり人間じゃあ、ない……?


すたすた、と、若い男が二人ほど、通りの奥から進み出てくる。


俺はびくりと、とっさに山河の背後に隠れた。


近くまで歩みより、さっとそいつらは片膝をつく。


え……っ??


「ユノナイツ殿! 」


「こんな、山奥までご苦労様です!」


は……?


二人が嬉しそうに首を垂れた相手は、山河だった。


「ああ……」


山河は面倒そうに返事する。


って、普通に話してるし!


「そちらの、ご子息は?」


好奇心にあふれた視線をいくつも浴びて、俺は気を失うかと思った。


「ああ、うん。リュウキは……」


山河は曖昧に答えようとしたものの、あまりにも注目が集まっていることに、迷ったように俺を見詰めた。


何か考えてる。


たぶん、俺にとっては嬉しくないこと。


長年の付き合いから察知できた警告。


「──お忍びだから、内密に」



「! やはり!」


「では、こちらが!?」


なっ、なに!?


「エーリリテ様と、リュウイ様のご子息──リュウキ王子だ」




?? ──は……?



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