第3話


がたごと揺れる獣道をしばし走り、車はほそい山道に出て、下り坂をゆっくり降りていく。


山河鈴一の運転は、いつも妙にのんびりとしている。


ポケットから携帯電話を取り出し、電波が届いてないのに気がついた。

さっきの子のことは、話さなくていいよな。


俺は、ちらりと考える。


一人っ子なせいで、両親の手がふさがっている時の俺の面倒は、ぜんぶ、こいつがみることになっている。


知らないひとについていくな、とか。


買い食いしたい時は、山河に買いに行かせるように、とか。


体調とか、勉強のこと、その他もろもろ。

いるのがあたりまえになっているが、他に相談相手もいない。


……ナイショにしとこう。うん。


手持ちぶさたに、友人たちの過去のログを読み返している俺に、運転手は話しかけてくる。


「高校は、楽しいのか?」


「楽しいよ」


「部活動を、するのかな?」


「あたりまえだろ」


「友達は、たくさんできたのか?」


「オヤジとおんなじ質問すんな」


「それは失礼」


また苦笑。


ミラー越しにこっちをみつめる目が、にこやかすぎる。


こいつが怒ったのを、俺は見た記憶がない。


なんでも言うこときいて、そつなくこなして、大人びてて顔がよくて、あまりにもデキすぎている。


「……山河は、夏休みないの?」


俺が質問すると、いつも一拍、間が開くのも昔から。


「いまが、そうだけど?」


「そーじゃなくって。うちの世話してないで、自分の休みとらねーのかって」


「……ああ」


曖昧に、うなずく山河。


あ、まともに応える気ないな、これは。


ちいさな頃から、色々俺のことは知られてるのに、反対に俺はこいつのこと、よく知らない。


山河が、自分のことをほとんど喋らない性格だから。


「……いーけど」


「ん?」


「…んでもねー。買い出し、どこ?」


「あそこ。来るとき通っただろう。コンビニ」


一本道の右手に、くたびれた風の店があった。


車はそこの駐車場に停まった。


なにもなかったように、山河は車を降りて俺が降りるのを待つ。


カギを閉めて、ひとの少ない店内に、連れだってはいる。


コンビニ…ってゆーか、小さなスーパーだ。

肉とか魚とか、パンとか野菜とか、それなりに買い込んで車に戻ったのは、30分後くらい。


しっかり、炭酸グレープとポテチを自分用のレジ袋に入れ、また後部座席に落ち着く。


「それ、好きだなリュウキ」


「うん」


素直にうなずく。


山河は、苦笑した。


好物をしっかり確保して、いくらか気分が浮上した俺は、戻る車の中でちょっと、うとうとした。


別荘に戻ったらオヤツだ。


暇だから、携帯でゲームでもしてよう。






「……リュウキ、リュウキ? 寝てる?」


「……おう」


「っ、いや、起きてくれ」


ん?


少し真剣な声に、完全に寝込んでいた俺は、仕方なく目を開ける。


いつのまにか別荘に戻っていたらしく、車は裏手に停まっていた。


山河が、なんとなくあせった表情で俺を揺り動かしていた。


「なかにお二人がいないから、探してくる。リュウキは部屋に戻って」


「……ん?」


いわれて別荘をみれば、確かにしーんと、静まり返っていた。


「散歩してんじゃ?」


「書き置きもないから」


がさごそと、買い込んだ食料を運びだしながら、山河はちょっと慌てているようだ。


オヤジと母さんが、いない?


うーん……。


ぽりぽりと、頭をかく。


自分の荷物を持って、とりあえず車から降りた俺は、別荘の周囲を見回してみる。


時間的には、10時過ぎか?


腕時計をみる。


いったん、別荘のなかに荷物を置きにいった山河が、まだ突っ立っていた俺に、表情をこわばらせた。


「リュウキは駄目だぞ」


「なんで。ちょっと周り、探すだけだろ」


「未成年だろう。誘拐でもされたら」


「そんなガキじゃない」


「リュウキ……っ」


「あっちみてくる。反対側ヨロシク」


制止する声を無視して、俺は、別荘の裏手を歩きはじめた。


別荘のまわりに、まばらに生える木々のさらに周りは、ちょっとした森のよう。


すこし起伏もあるから、足下はデコボコ。


俺は、周囲に耳を澄ませた。


風の音。鳥の声。他にはなにも。


さわやかな避暑地の、静かな朝のはずなのに、両親の姿がみえなくなっただけで、急に気温まで下がったような。


……いや、どっかいるって。


散歩してるだけだ、きっと。


家族旅行は、たまにする。


オヤジがいそがしいから、大型連休の時に、ちょっとだけど。


がさがさと、ビニール袋が鳴る。


持ってたのを思い出し、立ち止まって炭酸グレープを飲む。


それからしばらく、あんまり遠くに離れないよう気をつけつつ、さがしてみたが……。

両親の姿どころか、声も気配もない。


さすがにちょっと、不安になってきた。


いったん、別荘にもどろう、うん。


山河がみつけて、とっくに戻ってるかもしれない。


俺は、もう一度だけ周りを眺め、別荘に戻りはじめた。


視界に青い屋根がみえて、ほっとする。


山河は、……玄関のほうにまわっていった時に、ちょうど庭の奥から戻ってきたところだった。


「リュウキ……」


「いない?」


二人で顔を見合わせて、困惑するしかなかった。


「……とりあえず、中に」


うん……。


いったい、オヤジ達はどこに行ったんだ?

車は、一台しかないし。


「なあ、こーゆーときって、警察?」


玄関の入り口で、俺たちは立ち尽くす。


「いや……まだ、もう少し待ってから」


山河は、何か考え中みたいで、腕組みしている。


しばらく、山河がなにかいい案を出すのを待ってみたが、じりじり待たされている間に、外で物音がした。


ズン、と。


別荘が揺れた。


「地震?」


ぐらついた俺の腕を、山河がとっさにつかんでくれる。


「でかい!?」


「っ……」


揺れはもう一度、ズズンと別荘ごと震動した。


無言で山河が、玄関から飛び出す。俺の腕をつかんだまま、素早く上を見上げた。


地震が多い国だから、なれてるっていえばなれてるけど、大きい揺れはやっぱり不安になる。


別荘はみるからに木造だから、危険かもしれない。


山河は上を見上げたまま、後ろ下がりに俺を引っ張っていく。


「どうし……」


無表情がこわい。


なんで、上をみてんだ?


ようやく、俺も背後を確かめた。


別荘、はまだ無事だ。揺れは大きかったけど、傾いたりはしてない。


ホッとした瞬間。


ぐしゃりと、つぶれた。


バキバキと上から、なにかに押し潰され。


木造家屋の破片がばらばらと、飛び散って。


まだ、比較的新しい別荘を、無惨に粉々にしたのは、建物より巨大な物体。


なんだあれ。


大きさがおかしい。近すぎて、全貌が確かめられない。


ただ、真っ黒ななにかが、別荘を踏みつけたんだ、ってことは理解した。


「リュウキ…っ」


痛いほど強く、山河に引っ張られて、そこから離される。


ちょ、待てよ。


ここから離れたら、オヤジと母さんが。


「……っ、待てよ! 山河っ」


「いったん避難する。ここにいるとあぶない」


「え……っ!?」


なにが?


あぶないんだ?


うるさいくらい、心臓が耳元でなってる。


潰された別荘から、なかば強引に引き離されながらも、俺は振り向いた。


空をあおぐように、見上げなきゃならなかった。


───ドラゴン……?


ドラゴンか、あれ。


何度、眺め直しても、そうとしか見えない。


うん、漫画とかアニメでおなじみの、恐竜に翼が生えたような、しかも別荘の五倍はあるだろうでかさの。全身、漆黒色で艶々と日を浴びて、威風を誇る、いかめしさ。


感じたのは妙な緊張感。


目を一瞬でもはなしたら、この光景が消えてしまうんじゃないかって。


意識が、その漆黒の翼の主に吸い寄せられていく。


心臓がうるさい。


なんだ、これ。





「──リュウキ!」



無理やり、視線を外させられた。


両手で俺の顔をつかみ、間近にのぞきこんだ山河が、ひどく動揺してる。


珍しい。


「やっぱり、離れよう。危険すぎる……」


「……え?」


「この近くは……いや、だがこの際、仕方ない」


「山河? なあ、あれ」


俺は、山河の手をべりっとはがして、聞いた。


「あれって、ドラゴン!? 軽井沢にいるのか!?」


「いるわけないだろう」


「いるじゃん! ほら!」


興奮する俺の頬をぺちぺち叩いて、山河は曖昧に笑う。


「あー、……恐竜じゃあ?」


んなわけあるかっ!


「とにかく、避難するから、ついてきて」


有無をいわせず、その場から移動させられた。


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