第2話


俺は昨日から、オヤジと母さんと、オヤジの知人宅だという、別荘にきている。


夏休みに入って、三日目くらいに、唐突にオヤジが決めたのだ。


自家用車で昼過ぎに出発して、到着したのが昨日の夕方。


白い壁に青い屋根の、個人宅の2倍くらいの別荘には、すでに先客がいた。


「リュウキ、髪もとかさないと」


「っ」


いつのまにか背後にいた奴が、俺の頭に触ろうとする。


妙になれなれしいのは、こいつがオヤジの部下だからだ。


「いちいちついてくんな」


顔をふいていたタオルでふりはらうと、やっと手をひっこめる。


また不思議な苦笑を浮かべ、洗面所のドアに寄りかかった。


「リュウキも、もう16か……おおきくなって…」


俺の機嫌も気にせずに、ひとの全身を眺める奴は、背が高い。


顔もフツーにいい方だし、オヤジによれば仕事もできるとかで、度々、オヤジに使われている。


運転手とか。


別荘を前もって、掃除したりとか。


便利なので、母さんも使いまくっているが、俺はこいつがキライだった。


「ひとをじろじろみんな。山河」


「はいはい」


「ドアふさぐな」


「はいはい…って、『鈴一』って、いつになったら名前で呼んでくれるのか…」


「フツーに、歳上を名前で呼ぶわけねーだろ」


「えー…」


不服そうにしながらも、穏やかに笑うこいつはホント、うさんくさい。


オヤジの部下だからって、俺にまで世話を焼くのは、下心ありとしか思えん。


とりあえず、ドアからどいた山河の横をすりぬけ、俺はリビングに向かった。


「リュウキ、席はここね」


母さんがにこやかに、食事の支度の整った席位置を、決めていく。


母さんとオヤジが隣り合わせ。

俺は山河の隣り……。


いっつもこの席だが、嫌とは言えない。


「さ、いただきましょう」


食卓で偉いのは、母さんだ。


作ってるんだから、まあ当たり前だな。


食事は、なごやかに終わった。


洗い物をはじめた母さんに、オヤジがご機嫌で、魚釣りの話をしはじめる。


俺は部屋を見回し、テレビがないのでがっかりした。


部屋にもなんにもなかったな。


「あ、鈴一、ちょっと」


「はい?」


オヤジが山河も話に引き込み、俺はさっさと廊下に出た。


玄関を出て、木しか見えない周囲を眺め、建物を左回りにぐるりと見物してみる。


新築ではないが、そこそこ新しい別荘らしい。


裏手に、うちの車が停まってた。


庭にもまばらに木があって、なんと、キノコまで生えている。


うわー、これ、食えんのかな?


笠が茶色くて、くきの部分?が白いキノコは、みわたすとあっちにも、こっちにも。

空気はさすがに澄みきって、葉っぱのすきまから朝陽がそそぎ、さわやかな風だけが吹く。


「………」


昨日、出かける時、来るのがおっくうだったんだけどな……。


すがすがしい静けさは、俺の手足に染み込んで、なんだかまわりの緑たちに、洗われた気がした。



そうして、ちょっとの間、ぽけっと突っ立っていたら。


自然のものじゃない、音がきこえた。


ぱきりと、小枝を踏んだ音。


ん?


反射的に、身体を向けると……。


女の子がしゃがんでいた。


……は?


顔がわかるくらいの距離で、木の陰から、俺のことをそーっと、うかがっているようだ。


っていうか、一応隠れて覗いているようだけど、身体の半分しか隠れてないし。


……着ている服がアレだ。黒地にピンクのふりふりがついた、たまーに駅とかで見かける、ゴスロリ? な。


おまけのように、頭の上に大きなネコミミが。


ついてて、目が合った瞬間、ぴくっと。

かわいく動いた。


「………?」


長い黒髪の、瞳の大きなネコミミ……じゃない、コスプレ? 女子。


俺と目が合うと、びっくりしたのか、さらに目を開く。


うわぁ……可愛い……。


格好は変だけど、そうとう、かわいい、……うん。


女の子は、かたまっていた。

俺も。


……ど。

どうしたら?



「……」


「……」


二人で見合ったまま、何秒か経って、ふいに強く吹き付けた風がざわりと、辺りの木々を揺らした。


伸びすぎた前髪をかきあげようと、俺が片手を持ち上げたら、女の子は怯えたようにばっと立った。


「きゃあぁ……っ」


悲鳴をあげて、走り去る。


え。


なにもしてないぞ。


ちょっと待て。

逃げることないよな…?


というか、どっから現れたんだ、あの子。

別荘の庭まわりに、舗装された道はない。

かろうじて、車が通れる幅で、獣道っぽく山道から続いてるとこがあるだけだ。


女の子は、全く逆側に走っていった。


別荘の裏手の森の中に。


近くに、よその別荘があるのかな?


首をかしげていると、玄関を開け閉めする音。


土を踏みしめて、俺のほうに歩いてくる足音。


「リュウキ? どうした?」


山河鈴一が、車のキーを片手に尋ねる。


「買い出しいくけど。いくか?」


「……うん」


落ち着きはらった山河は、何かあったとは気づいてないみたいた。


別荘の中から、オヤジと母さんの楽しそうな笑い声。


不可思議な気分のまま、俺は、車の後部座席に乗り込んだ。

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