民の子守唄*亡国の軍将

 懐かしい唄が聞こえた。

 そっと、瞼を開いても、思い出になってしまった優しい翡翠の瞳はない。

 ラシードは青い空を見上げ、視線を声がした方と向ける。

 ラシードの傍らに、クオンは腰を下ろしていた。草が頬や首をくすぐり、彼女の短い髪を風が遊ぶ。

 まどろむラシードは空よりも澄んだ青い瞳を見上げた。

 一呼吸だけで気配を感じ取った手練れは呑気な彼を呆れるように見返す。


「起きたか」


 ああ、そうか、と納得しながらラシードは額に手をあてた。のされた後、疲れたと駄々をこねて見せたのは自分だ。睡眠不足も相まって、つかの間の睡眠をむさぼってしまった。いきなり寝る奴がいるか、とぶっきらぼうな口調に少しだけ笑ってみせる。


「軍将殿にも負けて、睡魔にも負けて。今日は負けてばっかりだ」

「油断しているお前が悪い。本気でやれって言っただろう」


 黒い髪をなびかせながらクオンは不機嫌そうに眉根をよせる。


「これが俺の本気だ」


 固い口調に笑って返すラシードを無視した軍将は剣を引き抜き、振った。寝そべる鼻先まで振り下ろされた剣先はするどく、空間さえも切り落としてしまいそうだ。


「元気が有り余っているようですな、我らの軍将様は」


 ラシードが軽い口調で言った。


「戦で倒れるわけにはいかないからな」


 ラシードのからかいの言葉にも動じずに、クオンは剣を降り続けた。

 ラシードはしばらく、それを見ていたが、先程の唄を思い出しクオンに話し掛ける。


「クオン、俺が寝てる時に何か歌ってた?」


 その言葉にクオンは手を止めた。ゆっくりとラシードの方へ振り替える。


「……昔、世話になっていた人が歌っていた唄だ」

「その人って、ここらへんの出身の人?」

「さぁ、そこまでは聞いたことはない」


 クオンは瞼を伏せた。

 ラシードはいつにない横顔に何も問いかけず、欠伸を噛みしめながら上体を起こす。四肢を目一杯引き伸ばして、また体を大地に投げ出した。奇怪なものに向ける視線は、当然のごとく無視をして、頭の後ろで腕を組む。


「もう一度歌ってよ」


 呑気な言葉は軍将を驚かせるには十分だったみたいだ。

 片目だけを開けたラシードは彼女の眉間の皺を映すと、つい笑ってしまった。

 ますます深くなる皺を隠しもせず、クオンは訊ねる。


「どうしてだ」

「聞きたいから」


 ラシードはあっけらかんと答えた。ただ寝そべっているだけなのに、引く様子はない。

 観念したクオンはため息をこぼした後、剣を鞘に戻した。


「うまく歌えるとは限らないからな」


 そう前置きをしてクオンは歌い始める。

 脳裏に浮かぶのは、自分を寝かし付けてくれた優しいまなざし。

 昔の民から受け継がれてきた子守唄が耳に優しく伝わる。



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