シロガネの憂鬱*亡国の軍将
寒く凍える時期も半ばを過ぎたというのに、その日は吐く息が目の前を埋め尽くすように白く上がっている。
クオンは剣を降る手を止め、空を見上げた。
暗く重苦しい雲とは反対に白い雪が舞落ちる。
「……雪、か」
クオンの口から白い息と共にため息にも似た言葉が零れた。土を踏みしめる音が聞こえて振り返る。相手の気配で誰かはわかっていた。さほど驚かずに声をかける。
「どうした? 寒いのは苦手だろう?」
「……肩がむき出しのまま、稽古をする軍将様もどうかと思うんだけど」
ラシードはクオンを見ただけで身震いし、そのままクオンに抱きつこうとした。
クオンは手に持っていた剣をラシードの喉仏に向け、ラシードの動きを止める。
「これの方が動きやすいからな。それに体を動かせば温かくなる」
「……そっか」
ラシードは苦笑いしながらクオンに抱きつくことを諦め、手を上着のポケットに突っこんだ。その後は何も言わず、空を見上げる。
クオンもラシードのように空を見上げた。思い出したようにラシードの横顔を見つめる。
「……似ているな」
ぽつりと呟かれた言葉にラシードは軽く目を見開き、青銀のそれをクオンに向けた。
「お前の銀髪と、雪」
「……そっか」
常に飄々としているはずの青銀の瞳が揺らいだ。
「どうした?」
クオンは一度だけ瞬き、瞼を伏せたラシードに訊いた。
「何でもない」
そう言ったラシードはまたどこかに行ってしまった。
「――そうか、だからご機嫌斜めだったわけだ」
クオンはラシードが去った後、アリオスの所に訪ねていた。様子のおかしかったラシードのことをアリオスに言って聞かせると精悍な顔立ちをした青年は得心したように頷く。
「どうしてか、わかるか?」
クオンは悩ましげにラシードのことをよく知るアリオスに答えを請うた。
「クオン、銀髪の奴ってラシード以外に見たことあるか?」
「……ない、な」
「だろ? 原因はそれだよ」
アリオスは肩をすくめて皮肉に笑った。
「……ただ雪みたいだと言っただけだが」
クオンは納得いかないように眉間にしわを寄せた。
「それでも、あいつにとっちゃぁ十分だよ。ラシードは自分の髪について言われることを一番嫌う」
「……謝罪してくる」
真面目な顔をしたクオンはアリオスに背中を向け、部屋を出ていこうとした。
「だぁー! それじゃあまた髪のことにふれることになるだろっ! 逆効果だっ!」
クオンは慌てた様子のアリオスに静止させられ、さらに眉間のしわを深くした。
「他にどうしろって言うんだ」
「ほっとけばいいんだよ。明日にはいつものに戻るから」
「……本当か?」
「ああ」
アリオスは短く肯定して、クオンに自室に戻るように促した。まだ渋るクオンを見送り、大げさに息をつく。髪をかきむしりながらベットの上に投げ遣りに座った。
「よかったな。クオンが心配してくれて」
アリオスは失笑を浮かべながら誰ともなく話しかけた。
「……余計なお世話なんだよ」
しばらくして、ラシードは部屋の物陰から出てきた。
「はは、照れてる」
「うっせ」
アリオスはひとしきり笑った後、いやに真面目な顔をラシードに向けた。
「まだ、話さないのか?」
「……話せるわけないだろ」
ラシードは口元を歪めた。
「……ったく、世話の焼ける奴だよ」
アリオスはくだけた口調でいたずらっぽく笑う。
「お互い様だろ」
ラシードが不足そうに言う。
アリオスはどーだかと軽口を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます