オレがAIで。
懐かしき殻は空の下
「ねぇ、レイくん。あたし、SF小説を書きたい」
夏のはじめ。梅雨の間の、珍しくよく晴れた日のことだった。
「…それで私にどうしろというのです、エイお嬢様?」
シャーペン型アイモの私は、充電用のペン立てから言葉を返す。いつもながらの脈絡のない発言に、せっかく満タンになったバッテリーがげっそり減りそうだった。
「いやぁ、レイくんはシャーペン型じゃん?
何かを書くなら、レイくんで書くと思うし、書くことに関しては相棒みたいなもんじゃん?報告しておこうと思って」
屈託なく笑う彼女の口の周りには赤いケチャップがべっとり…。高校生にもなって…。
「…もう。とりあえず、歯を磨いてきてください。
そろそろお時間ですし、詳しくは登校しながら、お聞かせください」
「え?!もうそんな時間?
ぎゃーっ!遅刻じゃん!レイくん、悪いけど
もし私が人間だったなら、ため息をついていい場面だと思う。彼女のバタバタ駆ける音を聴きながら、私は交通機関のデータベースに接続した。
彼女の言う『パルプ』とは高速鉄道『ハイパーループ』のことである。線路を走る列車とは異なり、真空のチューブをカプセル型の車両で移動する高速輸送システムだ。地方ではまだ従来の列車が主力のようだが、この辺では既に多くの鉄道会社がハイパーループへと移行している。
そして、私たちアイモはそのハイパーループを含む公共交通機関と、自動運転車両の運行状況に関するデータへの閲覧権限が与えられているのだ。私は、現在の運行状況から最適な公共交通機関を検索し、彼女の行動パターン、信号の待ち時間なども考慮して、最適な経路を予測する。…よし、今朝はまだ少し余裕を持って行けそうだ。
「エイ!あと十分で支度できますか?」
「…わかったぁー!」
彼女の明るい声が廊下に響く。
外では軽く弾むようなスズメのさえずり。窓へと
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「…はぁっ…はぁっ。間に合ったぁ…」
ホームに下りた永子は息を切らして、しゃがみこむ。
予定の発車時刻まで、あとニ分。…誤差三十秒というところか。でも…。
「まだ『間に合って』はいませんよ」
「わかってるよ!でも、まぁ遅刻はしないでしょ」
ちょうど前の車両が出発した後のため、ホームに人影は少ない。乗車待機位置の先頭で車両の到着を待つ。
「…人混みだと独り言みたいで恥ずかしいから、今からは脳波読んでね。
あたしはイヤホンするから」
小声でそう言うと、私の答えも待たずに両耳につっこんだ。
(―もしもーし。聴こえてる?
…あ、聴くんじゃなくて、読んでるんだっけ?)
脳内でも明るく快活な永子の声。
…この自由なお嬢様に、私は昔から逆らえない。
『はいはい…。聴こえてますよ、お嬢様』
それは私がアイモだからでも、AIだからでもなくて…。
(それでね、…えっとぉ、どこまで話したっけ?)
『小説を書くんですよね?SFでしたっけ?』
(そうそう!
それでさぁ、戦争モノを書きたいんだよね)
ジジっと何処かの回路で火花が散ったような気がした。
(サイボーグの女の子が孤児の男の子を育てるお話!どうかな?
ふたりはホントは敵同士でね…)
ジジジっと音が鳴り続け、オレの
彼女の言葉を読み取るごとに、彼女の夢が流れ込む。白と黒のぶつかる世界で、オレは彼女に拾われて。育てられて、ともに戦った。だけど、オレは…ホントはスパイで、だけど、それが言えなくて、言おうとしても、怖くって。もたもたしている内に、オレは彼女を喪った…。
―そんな知らない世界の話が私の中に湧き出した。そんな
(…って、レイくん聞いてる??)
ハッと我に返ると、永子が心配そうに見つめていた。そして、電源を起動したすぐ後のように、いろんな信号が回路に流れ込んだ。
『…ごめん、エイ。乗り過ごしちゃった…』
AIらしからぬ失敗に、自分でも困惑しながら永子に伝える。それと同時に、車内放送も終点の駅に到着したしたことを告げた。
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