空蝉なので羽に露を

「お嬢様。誠に申し訳ございませんでした」


 私は廃棄されることも覚悟のうえで、永子に謝罪した。うっかりミスをやらかすAIなんて、あり得ない…。コンピュータが間違いを犯さないというわけではない。

 ただ、すべてのアイモは定期的にメンテナンスを受けているため、滅多に異常が起こることはなく、エラーが起きるということは何処かに致命的な問題があるはずなのだ。


 しかし、何の異常も見つからなかった。工場で一度分解して検査したにもかかわらず、ソフト面にも、ハード面にも問題は見つからなかった。

 様々な要因から、動作不良の原因として考えられたのは、膨大な量のデータを受信したことによる過剰負荷。だが、あのときはエラーを起こすほど情報量のある環境ではなく、また不正なアクセスも受けていない。唯一、考えられるのが、永子からの脳波だが、それもアーカイブを確認したところ、通常会話の範囲内のデータでしかなかった。

 つまり、結局は原因不明の動作不良。


「もー、そんな謝らないでって。

 何も異常なかったなら、よかったじゃん」


 彼女もその両親も、そう言った。

 しかし、原因不明の欠陥を抱えた端末たんまつをパートナーにしていることは、彼女に危険が及ぶおそれがあるだけで、何のメリットもなく…。


「あー、うるさい」


 ギュっと端末からだを締めつけられる。彼女は私を目の位置まで持ち上げた。カメラ視界いっぱいに彼女の顔が広がる。その瞳は濡れているように光っていた。

「そういう話はどーでもいい。難しくって、意味わかんないし!


 …あたしは他のアイモじゃなくて、君がいいんだよ、レイくん。

 今まで、ずーっとあたしのお世話してきてくれたじゃん。ずっと一緒に暮らしてたのに、一回ちょっと失敗したくらいで、もうサヨナラなんて嫌だよ…」


「でも、原因不明なのは危険…」


「『でも』じゃないっ!!

 そんなの他の生き物にだってあるでしょ!『原因不明な』な失敗。

 …ほら、よく言うでしょ!"あたしたちは失敗するから、ひとりじゃない"んだって…」


「…知りません。何ですか、それ?」


「…ふふ、あたしもわかんない。

 何かアニメとかでありそうでしょ」


 …力業の感情論で言いくるめられてしまった。


「でも、今後は失敗しないように君のことを見てるから。

 あたしのことも助けてよ。それでもうチャラ。ね?」


 ウインクして笑う彼女が記憶の中のと重なる。


「…そうですね、エイもうっかりさんですもんね」


「そうそう。うっかりさんだからーって、ちょっとバカにしてない?もしかしてバカにしてない??」


 永子えいこの明るい声を聴きながら、私は"白と黒の夢"のことを考えていた。

 …この記録は検査の際、確認されなかった。そもそも検査官は、このファイルへアクセスするどころか、存在を認識することすら、できていないようだった。ただ私だけが知るファイル。

 もしあれが何処かの世界で本当に起きたことで、もし彼女も同じ世界の記憶を持つなら…。


 私は彼女をほうっておけない。

 今度こそ私が彼女を支えていこう。正体を隠すことなく、側にいれるのだから。

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剣より強き鋭さを おくとりょう @n8osoeuta

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