白い日々を夢に見て、

 目が覚めると、そこはあたしの部屋だった。


 白い壁紙に、濃い焦げ茶のフローリング。タンスや机もアンティーク調で深い茶色。淡いベージュのカーテンはもう開けてあって、窓から差し込む陽射しが暖かった。…ママが開けてくれたのかな。


 いつもなら二度寝してしまうあたしだけど、その日はなぜかすっと身体を起こしていた。一晩中ずっと起きていたときみたいに。


 …頭の中がぐるぐるする。


 それはまるで、入道雲で作ったミルクを夜空の色したコーヒーに熱々のまま、混ぜたみたいに。熱はないのに、熱かった。

 だけど、身体からだは爪の先まで冷めていて、あたしは部屋を見渡した。朝の陽射しに家具が鈍く輝いていて、空気はぽかぽか暖かい。窓の外ではスミレの花が揺れていた。遠くで子どもの声も聴こえた。…明るく愉しげな男の子の声。

 奥歯をギュッと噛みしめて、白いシーツをすぅっと撫でる。いつも洗濯してもらっているそれは、清潔で柔らかく、少しひんやり冷たかった。

 大きく息を吸いこんだ。窓の閉まった部屋の中は、朝でもほんのり暖かい。

 なのに、何だか無機質で…。ガラスの中にいるみたい。

 あたしはそぉっと腕を触る。皮膚の下に黒く熱い血が流れてるような、そんな気がして…。でも、白くか細いあたしの腕は、見た目以上に頼りなく、握り締めれば折れそうだった。

 黒くて硬かったあたしの機体からだは、もうこの世界のどこにもない。排煙筒も背中になくて、つっかえながら息を吐く。


 …頭の中がぐるぐる回る。


 衝撃波のような爆音、まない激しい銃声、火薬と死肉の匂い、骨肉を断つ感覚、泥か血肉か分からない飛沫…。明日の生命も確約されていない、あの地獄のような世界は夢だったのだろうか。

 だけど、身体の奥が熱くて、黒い何かがチクチク刺した。胸の奥からじんわり何かが湧き出した。

 思い浮かぶのは彼の顔。白い肌はいつも煤で汚れていて、長い髪の隙間から琥珀色の瞳がこちらをじっと見つめる。あたしが髪をまとめてあげると、そのを揺らし、嬉しそうに笑っていたことを思い出す。


 …彼がいれば、あの地獄でも幸せだった。


 不意にベッドから降りて、窓を開けた。ぶわっと風が吹き込んで、あたしの髪を掻き乱す。彼とは違う肩までの癖毛。あの頃よりは長いけど。

 ゴムで後ろにまとめようと、上を仰ぐと青い空。飛行機雲が伸びていた。まっすぐ伸びる白い線が、あたしは何だか嬉しかった。

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