ここは素敵なお花畑。

「さっきの永子ようこちゃん、めっちゃウケた」

「ほんとそれな。…ふふ、『謙虚なうつつ』 is 何?」


「むぅー…あたしの力を試す無茶振りかと思ったの!」


 明るい声の響くお昼休みの教室。

 あたしは仲のいいクラスメートたちと机を囲み、お弁当をつついていた。ぽかぽかと暖かい午後。…あぁ、平和で穏やかな日常。


「で?また夜ふかししてたの?」


「いやぁ、またついつい筆が乗っちゃってさぁ」

 最近、あたしは小説を書いてる。文芸部に所属してるとか、"現役女子高生小説家"とか、そういうのではない。ただ趣味で小説サイトに投稿しているだけ。

 でも、今書いているのは、それなりの自信作で公募とかにも挑戦しようかなって思っていたりして…。


「ほぉ…それはそれは。公開が待ち遠しいですなぁ、大先生」

「ほっほっほ。まぁ、楽しみにしていてくだされ」


「そんな自信満々に言っちゃって…。

 エイお嬢様ったら、ホントはちょっとスランプなんですよ」


「!?」

 突如、胸元からレイくんがぴょこっと飛び出した。ノック部分のライトがチカチカ光る。


「いつも恋愛小説ばっかり書いてたくせに、急にSFバディモノになんて、手を出したもんだから、何をどう書いたらいいのか分からなくなって、毎晩うんうん唸った挙げ句、気分転換にお気に入りの『白の王妃は塔の中』を読み始めて、結局気づけばもう夜明け…なんてことがここのところ毎日続いていてて…。どうかご友人のお二方からも何か…」

「ちょっと!?レイくん!もう黙ってて!!」

 胸のポケットから彼を引っ張り出して、細長い銀色ボディを両手でギュっと力一杯握りしめた。もう!夜な夜なラブロマンス漫画を読んでることまでばらさないでよ!

「ぎゃあっ!ごめんって、エイ!

 そんなに強く握ると壊れるから!!ミシミシ音がしてるから!!」

 騒ぐあたしたちを見て、周りの子たちはクスクス笑った。

「ほんと、永子ちゃんって"アイモ"と仲良しだよね」


 アイモとは、正式名称『AI-mobileエーアイモバイル』。

 まぁ、その名の通り、AI搭載型携帯端末のこと。こうやって、持ち主のことを気にかけてくれるだけじゃなくて、家族や友だちと連絡とったり、音楽かけてくれたり、本読んでくれたり、天気とかニュースみたいな情報検索もしてくれる。あと、あたしはそんなに詳しくないんだけど、昔の電子ネットワークにアクセスしたりもできるらしい。友だちにもそういうのが得意な子がいて、あたしたちの間で、昔の言葉遣いが流行ってたりする。

 とにかく、アイモはあたしたちにとって、生活必需品。…そういえば、ひいおばあちゃんはいつも『スマホ』って言い間違えるんだよな。何でだろ?

 あ!あと、端末の形もいろいろあって、画面付きの端末ならゲームもできるし、調理器具の型なら料理ができる。他にも、掃除や洗濯、いろんなことができる端末がいろいろある。

 でも、学生は大抵みんな文房具型。ウチはそこまで厳しくないけど、校則で決められている学校なんかもあるから。

 レイくんもシャーペン型。クラスにも何人かシャーペン型アイモを持っている子はいる。

 ただ、あたしにとってレイくんは文房具や端末というより…。


「口うるさいお兄ちゃんって感じなんだよね。レイくんとはもう物心ついた頃から、一緒だから」

 彼のことは、あたしが産まれるときに買ったらしい。お父さんが。娘のあたしが産まれるのが嬉しすぎて…。お祝いと教材とお友だちを兼ねて、特別に注文したらしい。

 …市販のアイモでさえ、別に安くはないんだけど。まぁ、それだけ我が家は裕福なのだ。あたしは今、幸せなのだ。

 …ふいに、のことが頭をよぎる。

 激しい銃声、瓦礫の山、飛び散る血飛沫、死肉の匂い、黒い排煙、湿った空気、そして爆ぜるあたしの機体からだ―…。

 すぅっと身体の温度が下がる。刻んだ記憶を思い出す。罪悪感が背筋を上り、頭の奥をズキンと刺した。後ろめたさが頬を緩めて、悲鳴と苦痛が目を細める。

 敵の歪んだ瞳に映るは、いつも笑顔で舞い殺すあたし…。


永子ようこっ!」


 ハッと我に返ると、ほんの一瞬レイくんのライトがゆらゆら不安げに揺れた。まるで、怯える小さな男の子の眼みたいに。


「…もう。今日は早く寝てくださいね。

 私はご両親から、あなたのお目付け役も頼まれているんですから」


「あ…ははっ、ごめーん。そうだね。

 ありがと、レイ…くん」


 ぼんやりしてしまったのは、一瞬だったみたいで、他の子たちには特に気づかれることもなく、レイくんもすぐにいつものお節介AIに戻った。

 ただ、あたしは何だか少し食欲がなくなってしまった。大好きなはずの卵焼きを一口だけ残して、お弁当のふたを閉じた。

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