日常に幻想

あたしが令嬢で、

おはよう、黒の蝶々。

「――っ!」


 ――誰かの声が聴こえる。まるであたしのことを呼んでいるみたいな…。


「―エイっ!」


 …いてっ!

 コツンっと、おでこに何か当たった。


「―っ、おい、エイ!起きて!」

 耳元で囁く声に、ハッと我に返って顔を上げると、担任の先生が少し怒った顔でこちらを見ていた。

「…この問Aといエーの平方根は?」

 寝ぼけた頭で慌てて立ち上がりながら、机の上のプリントを見ると、問Aなんてなくて、代わりに見つけた問㋓といえの答えは『胡蝶の夢』だった。


 …『胡蝶の夢』の平方根?…って何だ?何かのギャグ?

 胡蝶…コチョウ…誇張…ハッ!つまり、大袈裟ってこと?…そうか!


「…け、『謙虚なうつつ』です!」

 困惑しながら立ち上がり、ない頭を必死に振り絞って答えた。一瞬の沈黙のあと、どっと教室から笑いが起きる。


「…エイ。今は漢文じゃなくて、数学です」

 姿のレイが力なく点滅しながら、あたしに囁いた。


 …え!…あっ!…もう!早く言ってよ。


 自分の居眠りを棚に上げて、むくれながら席に着く。

 ふと窓の外に目をやると、一匹のアゲハ蝶がひらひらと舞っていた。その近くには花も木もないのに…。

 晴れた鮮やかな青の中。独り飛ぶそれがとても淋しく思えて、何故かなかなか目をそらすことができなかった。


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