目覚める前に

「おかえり、検体E-00ZR。

 白謨族の勇士、親愛なる帝国の尖兵よ」

 レイの隣で、帝国の白い軍服に身を包んだ男はひどく穏やかにそう言った。


 あたしはくるくる回る生首をパッと抱えて、機体からだを翻す。頭がとれたままでも、周りの状況くらいはハッキリ分かるし戦える。


 …そのはずなのに、目の前の帝国軍人の言っていることが理解できなくて、彼に攻撃することもできなかった。


「ふふ…。困惑しているようだな、"涅色くりいろの戦乙女"よ。

 数多の同胞を屠ってきた憎たらしい君に、こうしてお目にかかれる日が来るとはね」


 …とりあえず、あたしが帝国軍から『涅色の戦乙女』なんていう、めっちゃカッコいいふたつ名をつけられていることは分かった。『涅色』って、川底の黒い土の色よね。土黒とかけてんのか…。

 くっ…帝国のくせにいいセンスしてるじゃーん…。くぅっ…カッコいい…。えぇー…何だこの気持ち?ほっぺた緩んじゃうなぁ。よぉーし、帰ったらみんなに自慢しよぉ…。


 …いや、違う。そうじゃない。

 問題はどうして帝国軍人の彼がレイの肩を馴れ馴れしく掴んでいるのか。どうしてレイは彼を殺さず、ただ怯えているのか。あたしには全く分からない。


「ほぉ、もしや大切な相棒にも、内緒にしていたのか。感心だ、検体E…いや。いつまでも検体呼ばわりは悪かったな。

 そろそろ、君たちスパイ部隊の勇士たちにもきちんとした名をつけておくべきか」

「教官!そんなことよりも、彼女を…その、く、涅色の戦乙女だけは約束通り殺さないでください!

 昨夜も申し上げましたが、彼女のデータは我々帝国にとっても、非常に有用なはずです!」


 …スパイ?…我々帝国?…は?


 あまりの急展開にあたしの頭はパンクした。もし首が取れてなかったら、機体までオーバーヒートを起こしていたかもしれない。


「ねぇ、レイ…どういうことなの?

 その、あー、…えぇっと?『涅色の戦乙女』ってカッコいい名前だよね?」


 情緒がぐちゃぐちゃになって、敵地にいることも忘れて、藁にしがみつくような気持ちでレイに話しかける。

 が、彼が口を開くより先に銃声が轟いた。同時に、あたしの腹部が吹っ飛んで、上半身が床に叩きつけられる。左腕も千切れてしまい、抱えていた頭は冷たい床に転がった。レイの悲鳴が響く中、再び視界がくるくる回る。


「動くな。

 今回の共和国の作戦は彼のおかげで、全て筒抜けだ。我々は基地を失うことなく、君たちの基地も部隊も壊滅させることができた。もう残っているの君だけだ」


 …そういえば、基地への通信が通じなくなっていた。


「あと、彼にはこのNOTEを陥落したと、共和国軍本部に虚偽の報告をしてもらう。今回の襲撃後、彼は昇格するらしいからな。

 今後も、帝国のためスパイ活動に従事してもらわねばな」


 ふと厨房のおばちゃんや同僚たちの明るい声を思い出す。ついでに不愉快な上官も思い出して、小さくため息をついた。

 レイが彼からセクハラを受けなくて済むことは幸いかもしれない。レイは美人さんだからなぁ…。

 男の足元にひざまづいたレイの綺麗な顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃで、でも歯を喰いしばって、懸命に何かを堪えていた。三つ編みにした長い髪にも煤やらゴミやらがついて、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 せっかく、昨日あたしが綺麗に編んであげたのにな…。

 千切れた左手をレイに向かって、そぉっと伸ばす。


「動くなって言ってんだろが、ガラクタがぁ!」

 三度目の銃声とともに、左腕は弾け飛んだ。

 …それを合図に、あたしは胸のエンジンを思いっきり吹かす。もちろん、低速ギアのままフルスロットルで。


「――っ!?」


 衝撃波みたいな爆音と黒い排煙が廊下を満たし、男は一瞬たじろいだ。その隙に、自分の頭と泣きじゃくるレイを引っ掴み、全速力で廊下を翔んだ。ホントは壁をぶっ壊したかったんだけど、片手と胸部だけじゃちょっとパワー不足だったんだよね。また頭を落っことしてもいけないし。


 NOTEの中に、他の兵士は見当たらなくて、あっという間に外へ出た。

 少し雨が降ったみたいで、地面はしっとり濡れていたけど、空気が澄んで心地よかった。空には無数の星が輝いていた。


「…ごめん」


 かすれた声でレイがつぶやく。びしょびしょだった顔は、もう乾いてガビガビになっていた。

「何のことかなーっ?」


 風切り音に消されないように声を張り上げる。


「スパイなのを隠してたこと?

 それとも、情報を敵に流したこと?

 そのせいで、みんなが死んじゃったこと?」


「……」


 再び黙ってうつむいたレイに、あたしは頭を放り投げる。


「うわっ!」


「ひゅーうっ!ナイスキャッチ!

 じゃあ、これでチャラね」


 おっかなびっくりで、あたしの生首を抱える彼の顔を覗き込んで、あたしはにっこり微笑んだ。最期はやっぱり笑顔がいい。


 彼を近くの茂みに降ろすと、頭部との接続をオフにした。頭部にもデータは残しているけど、脳は胸部に移している。あたしはひとりだけでも戦える。


『逃げて。追手が来てるから。

 ここは任せて。その生首にあたしのデータは残してるから』


 無線通信でそれだけ伝えた。彼は口を真一文字に結んでうなずくと、顔を袖で拭って駆け出した。

 こちらを振り向くことなく、走っていく彼の姿にホッとしたあたしはつい気が抜けてしまって、もう飛び上がることもできなかった。

 何度エンジンをかけ直しても、ジジジと音が鳴るばかり…。

 敵機が来るのに、まいったなぁ…。


 いくつもの飛行音が近づいてくるのが聴こえる。あたしらを追うためにわざわざ何機も出動させるなんて…。『ガラクタ』風情に大袈裟なこった…。


 諦めて仰向けになると、ちょうど流れ星が堕ちるのが見えた。…生まれて初めて見たけれど、やっぱり星は空にある方があたしは好きだな。

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