黒を染めるもまた白

 空一面を覆う厚い雲。

 鬱々とした汚い灰色の下で、じめじめとまとわりつくような空気。

 …あぁ、ため息が出るほど。土黒の毒がよく効きそうな作戦日和だ。


「おい!タイプA。

 作戦会議中だ、ぼんやりするな!」


 指揮官の偉そうなわめき声に首をすくめる。

 ふと隣のレイを横目に見ると、いつになく真剣な眼差しでメモをとっていた。


******************************


 会議の後。

 レイが居残りを命じられたので、先にひとりで食堂に向かった。

 今日の定食はオムライス。いつもなら、どんぶりや麺類と迷うのだけど、オムライスは別格だ。


「あれ?今日は白謨の子は一緒じゃないのかい?」

 特盛オムライスを準備しながら、厨房のおばちゃんが首を傾げた。

「えぇ、彼はまだ打ち合わせ中で」

「そうかい。…そうか、今日だものね」

 いつも元気な彼女の瞳にほんの少し陰が射した。黙ってあたしも目を伏せる。

「…はい!おまちどおさま」

 お腹に響く甘い香り。山盛りのご飯を覆う艶々な黄色の卵から、白い湯気が立っていた。

「ケチャップはそこのを好きなだけかけていいからね」


 お言葉に甘え、どっぷりかけようとして、ふと思いとどまる。レイと食べるとき、いつもお互いに名前を書き合いっこしていたことを思い出して…。

 ちょっと迷って、小さなハートの形を描いた。レイの苦笑いを思い浮かべて、ひとり微笑みながら、席に着く。


 オムライスは絶品だった。甘い卵に包まれたチキンライスは何だかいろんな味がして、胸までいっぱいになってしまった。


******************************


 そして、その日の夜。

 NOTEを囲む森には虫の声が響いていた。

 まだ雲が空を覆っているのか、星も月も見あたらない。真っ暗だ。夜襲をかけるには絶好の夜。

 いつも通り、先行しているあたしが索敵しつつ、突撃をかける。エンジンは熱々、ギアもトップに入ってる。

 真っ暗な湿った闇の中、真っ黒な機体からだを風のように走らせる。じっとりとした空気を吸って、ぼんやりしている白い兵士たちを切り刻む。

 彼らが奇襲に気づいても、あたしが足を止めることはない。背中はレイに任せてるから。

 いつもと同じ、いつもの作戦。

 そして、あたしにとっては最後の戦場だ。

 この戦いのあと、あたしの記録はすべて新たな銀黒兵サイボーグ兵へと受け継がれる。あたしの機体や脳に染み込んだ経験もすべてだ。

 それで、あたしはもうおしまい。


 …というのも、もうすぐあたしの脳の土黒への許容量が限界から。

 他の部位は機械に取り換えて、ここまで来たけれど、脳はダメだ。もしも、中の記憶や経験を別の媒体に移したとしても、きっとそれはもうあたしじゃない。

 でも、誰かの役に立てるのなら、それでもいいかなとも思ってる。


『…エイ』

 もうすぐ基地の中枢近く、狭い廊下を駆けているときに、急にレイから無線が来た。

『オレさ、今回の作戦が終わったら、エイと同じ銀黒兵サイボーグにならないかって言われてるんだ』

 会議後の居残りはその話だったのか…。

『ずっとエイの補佐をしてきたから、そろそろもっと活躍できるだろうって…』

 きっとあたしの後釜ということだろう。今度はあたしのデータ記録と経験がレイをサポート補佐するのだ。

 …何だか少し頬が緩んだ。あぁ、あたしは死んでもレイと一緒にいられるんだと…。


『これからもよろしくね、エイ』


 その言葉があたしには予想外で、『あぁ、レイにお別れのことをちゃんと言っていなかった』という後悔と、そっけない彼が自分を慕ってくれているという嬉しさで、胸がいっぱいになってしまった。それで、ほんの一瞬、つい警戒を緩めてしまった。



 突然、後ろから激しい衝撃を受けたかと思うと、あたしの首は吹っ飛んでいった。


 くるくる回る視界の中。酔いそうになりながら、状況把握に努める。すると、何故かレイとの無線から、知らない男の声がした。


『おかえり、検体E-00ZR』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る