湯煙は白く立ち昇る
急に出会った日のことを思い出して、あたしはついつい頬が緩んでしまった。
「何笑ってんだよ」
白い肌にベタッと貼りついた黒い髪の隙間から、琥珀色の瞳があたしを睨みつける。びっしょり濡れたレイは何だか仔犬みたいで可愛らしい。
彼の長く伸びた髪を乾いた布でさっと拭いて、身体にかからないように頭の上でまとめあげる。
滑らかな陶器のような白い肌が濡れて、テカテカと光った。出会ったあの頃、骨が見えそうなほど痩せこけて、くすんだ色をしていたのが嘘のように。
「いやぁ、大きくなったなぁと思ってさ」
久々にレイと一緒の入浴。
少し前までは、背中に手が届かないだの、長髪が洗いにくいだの理由をつけて、一緒に入りたがっていたのに、最近は断られることが増えた。…思春期ということだろうか。
だから、今日、久しぶりに頭を洗って欲しいと頼まれて、あたしはウッキウキで入浴用のボディを装着したのだ。
サイボーグのあたしは、状況に応じてパーツを付け替えられる。脳以外はすべて取り替えが効くのだけど、持ち運びが大変なので、基本的には戦闘用と生活用だけを持ち歩いている。
レイと出会ってからは、その二種に加えて入浴用も持ち運ぶようにしていた。代謝の良い白謨族の彼は身体を洗うのに時間がかかる。だから、はじめの頃はよく手伝っていたのだ。
…それにしても。本当に大きくなった。
木の枝みたいに痩せ細っていた彼も今や、それなりに筋肉もついていて、同年代の他の子よりもマッチョなんじゃないかと思う。…他の子の体格は知らないんだけど。
「……身体は自分で洗うから」
手のひらから、特上のフワフワになったボディソープの泡を奪い取ると、あたしの身体をぐーっと押し退けた。
「だから、エイはゆっくり湯船にでも
目をそらして、素っ気なく言うと、慌ただしく身体をこすり始める。そんな彼が何だかとっても愛おしくて、お湯に
じんわり滲んだ視界で、一生懸命に身体をこする彼の背中をぼんやり見つめた。彼に気づかれないように、小さく息を吐く。白く立ち昇る湯気がサァっと晴れた。
「…ねぇ、エイ」
ふいにレイは手を止めた。
「明日、また
こちらを振り向かずにそう尋ねるレイの声は平淡で、あたしも「そうだよ」と普通の声で応える。
「エイなら、あっという間にやっつけられるよね」
ポツンと天井から雫が垂れた。
ほんの少し彼の声が震えて聴こえたけれど、あたしはもう一度、「そうだよ」と応えた。
明日のNOTEはいつもと違う。
帝国中央にもほど近い本営のひとつ。新兵育成機関も併設されている大きな基地だ。
兵士も武器も今までと比べ物にならない。きっとこちらも無事では済まないだろう。
「先にあがるね」
湯船から立ち上がると、レイは物言いたげに頭をあげる。目をそらしながら、少しふくれっ面をした彼の頬はほんのり上気していた。まるで、どこか平和な国の普通の子どもみたいだった…。
「……あとで、髪の毛乾かすの手伝ってくれる?」
思わず微笑んで、にっこり応える。
「まっかせて!三つ編みにもしてあげるよ」
少し嬉しそうに「ありがと」とつぶやくと、身体に湯をかけた。彼を覆ったモコモコの泡が流れ、白い波のように足元に押し寄せる。
「…ギャーっ!今、流さないでよー。
足に泡がついちゃうじゃん!」
騒ぎながら脱衣所に出て、浴室の扉をバタンと閉じた。窓の外には丸い月。
…きっとあたしは明日が最後の戦場だ。
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