見えない白を求めて

「おい!タイプA!早くしろ」


 じめじめと湿っぽい森の中。重たい身体が地面に沈まないように必死にぬかるんだ道を進むあたしに向かって、指揮官が後ろから偉そうに叫んだ。


 …荷物を全部あたしに持たせておいて、それはないんじゃないの?


 そんな嫌味を飛ばす余裕すらないあたしはただ歯を食いしばり、ギアを下げてエンジンをふかす。低速ギアの方がパワーが出るのだ。煩いし煙たいから、あんまり好きじゃないんだけど。


 …なんて考えながら進んでいると、突然上から芋虫の雨。あたしの爆音と排煙に驚いたのか、ボトボトボト!っと落ちてきた。


「ぎゃ……っんぐぅんん?!」

 悲鳴をあげようと開いた口に、色とりどりのその子たちが転がり込む。

(…くっそ!指揮官が急かしやがるからだ…。…マジで今度覚えてろよ。)

 口に広がる青臭い汁にえずきながら、胸の中で毒づいた。


 ――これはレイとあたしが出会う日の話。


 そもそも、あたしたちが貧困街へ向かっていた目的は、彼ら白謨族を確保するため。より優れた部隊をつくるために、毒への耐性をもつ彼らが何としても必要だったから。


 でも、このとき共和国は白謨族をひとりも確保することが出来ていなかった。


 主な理由はふたつ。

 まず、彼らが主に帝国領土内で暮らす少数民族であったこと。

 帝国側の尖兵として立ち向かってくる彼らを共和国は長年殺しすぎた。戦争のせいで、消滅の危機に立たされている彼らが共和国へ協力するはずもない。

 そして、もうひとつ。彼らの皮膚は保護色となる。

 高い代謝により剥がれやすい皮膚は毒の他に、色素や様々な物質を吸引する特性を持っている。森で暮らせば木々のような皮膚になり、砂地で暮らせば砂利の色合いになる。また、その皮膚は熱も通しづらく、サーモグラフィーを使っても、見つけだすことは困難だった…。


 そのため、共和国はもう何年も彼らを探しているにもかかわらず、ひとりもみつけられていなかった。


 それで、とうとう、本来は前線に送られるべき戦力であるサイボーグ兵のあたしまで、白謨族の捜索に駆り出されたというわけ。"タイプA"という初期型とはいえ、普通の人間より、索敵能力はずっと高いからね。


(それにしても、あの自尊心と性欲の塊みたいな指揮官と、ずっとふたりっきりなのは、嫌だなぁ…)

 上司の耳障りな声と嫌らしい目つきにうんざりしながら進んでいると、突然前方で何かが落ちる音がした。…何か人間くらいの大きさのもの。

 少しドキドキしながら、目の前の藪をかき分けると、藪の先は少しひらけた場所だった。

 真ん中には一本の立派な広葉樹。

 その下から、突き刺すような視線を感じた。目をこらすと、緑色をしたヒト型のモコモコ。まるで木の妖精みたいなそいつは、琥珀色の瞳を爛々と光らせて、あたしのことを威嚇した。


 森の神を怒らせてしまったのか、殺されるのかと思って、そのときはドキドキしたよ。


 …まぁ、それがレイとあたしのファーストコンタクト。

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