土黒と白謨族

 オレはスラム街のとある夫婦の間に未熟児として生まれた。

 そこは軍事国家である白の帝国。強靭な身体こそが正義とされた帝国の貧困家庭で、貧弱に生まれたオレに本来なら未来なんてなかった。

 しかし、当時、軍部でとあるスパイ部隊をつくる計画が持ち上がっていた。敢えて、小柄な人材を育てて、共和国にスパイとして送り込もうというのだ。


 そもそもの発端は共和国側の計画、"銀黒兵量産計画"にある。共和国はちょうどその頃からサイボーグ部隊を作ろうとしていた。


 まずは少し、共和国側の話をしよう。

 彼らは帝国に比べて、領土も技術も資産も資源も劣っていた。にもかかわらず、長年帝国と渡り合っていられる要因のひとつが、彼らの領土でのみ多く産出される特殊な岩石、"土黒どくろ"。

 一見、ただの黒く硬い鉱物なのだが、一定量以上の水や鉄に触れると反応して非常に強い毒性を発現する。産出地域の住民なら多少の耐性を持つが、他の地域の人々は触るだけで、手足のしびれや軽い吐き気を覚える。また、無毒状態でも揮発性がある物質を含む。ある程度の硬度もあるために、加工もしづらい。

 共和国内では珍しいものでもなく、毒性と加工のしづらさ以外は特に特徴のない鉱物。

 要は、大して役に立たない資源。


 …ただことを除いては。


 産出地域では、大昔から狩りなどで使われることもあったが、毒に汚染された部分は食べれなくなるために、あまり好まれてはいなかった。しかし、殺したものを食べる必要のない戦争となると、話は別である。

 共和国は土黒どくろの武器を量産し、毒への耐性を持つ産出地域の住民を中心としたゲリラ部隊"黒鉛団"をつくった。真っ向からでは勝てない帝国軍にゲリラ戦で応戦していこうとしたのだ。

 その思惑通り、"黒鉛団"により共和国は圧倒的な火力をもつ帝国軍を、暗殺や奇襲という搦め手でじわじわと追いつめていくことになる。

 しかし、何より帝国を苦しめたのは土黒による環境汚染であった。その毒は帝国兵をただ殺すだけでなく、水や土、空気すらも汚染する。その地で帝国人が健康を保てないほどに。

 水や鉄に触れると有毒化する土黒にとって、たくさんの血の流れる戦場は最高最悪の環境だった。

 戦場で奮われる黒い刃は命を奪うだけでなく、血を浴びて大地も汚染していく。共和国人なら、暮らせる量の毒でも、耐性のない帝国人にとっては健康を害するに充分な毒。

 つまり、戦に勝っても負けても、帝国は領土を失う。こうして、じわりじわりと削りとられていった。


 そんな中、帝国側にもこの土黒を中和できる体質の種族が見つける。それが俺たち"白謨しろも族"だ。

 白謨族はいつも皮膚を擦っただけで皮脂が落ちるほどに代謝がいい。また、この皮脂は脂溶性のある土黒を吸着することができ、彼らの持つ特殊な酵素によって無毒化される。


 彼らの存在に気づいた帝国軍部は多くの白謨族を高給で雇った。それにより、彼らの多くが前線で活躍することにより、帝国側の劣勢もやや盛り返していった。

 とはいえ、結局のところ彼らの無毒化も、文字通り身を削る行為には変わりない。故に長年の戦の結果、白謨族の人口はここ数年減少の一途を辿っていた。


 一方、共和国にとっても土黒は完璧に無害なわけではない。土黒の武器を奮う黒鉛兵たちは、壮年になると中毒症状を発症するものが増えていった。


 そこで共和国が新たに講じたのが兵士のサイボーグ化計画である。

 機械化することで、土黒の生体への影響を減らそうとしたのだ。とはいえ、耐性をもつ素材も少ないために結局量産はできず、部品の消耗も早いため、実戦化は行き詰まりつつあった。


 そこで次に彼らが注目したのも、土黒に耐性を持つ白謨族だった。

 しかし、俺たち白謨族は帝国側の部族、それも前線で戦ってきた民族。快く研究に協力するどころか、共和国を憎んですらいる。

 そのため、死体なら多少確保できても、生きた白謨族を確保することができていなかった。それで、血眼になって、白謨族の協力者を探していたのだ。


 帝国はそこに目をつけた。共和国へ自分たちの息のかかった白謨族を送り込むチャンスだと…。

 もちろん、スパイだと分からないようにして…。

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