剣より強き鋭さを

おくとりょう

机上の戦争

第0章

白を染める黒

 そのとき、あたしは周りの音が全然聴こえないくらいに集中していた。

 目の前に広がる空白を黒く切り裂きながら、夢のことを思い出す。今度は、きっともっと上手く行くから。

 もちろん、レイのことは信頼していたけれど、自分の力でどこまで行けるのか、試したかった。


 …そう、この調子だ。今のあたしに出来ることは、前に進むことだけだから。


―――――――――――――――


 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、―…。


「今日も絶好調だね、エイ相棒!」

 リズムよく鳴る駆動音に、オレはニンマリ微笑む。

 返事の代わりにエイは身体を軽く揺すると、舞うように敵地へと飛び込んだ。

 前方には、帝国軍。白を基調とした煌びやかな鎧を纏った彼らが壁のように立ちはだかっている。

 それでも、エイは躊躇なく、ひとりで突っ込んでいく。後ろから彼女の特攻を援護するオレはいつも彼女の度胸に感心する。いくらサイボーグとはいえ、あんなに多くの敵を前に突撃できる自信はオレにはない。


 雨のように降り注ぐ弾幕の切れ間を、彼女は舞い踊るように進む。その滑らかな動きで、彼らの首も身体も切り裂いていく。憤怒の表情で襲いかかる敵も、恐怖のあまり逃げ出す敵も平等に。黒い刃で斬って、裂いて、刻んでいく。

 飛び散る血肉は黒い彼女の機体からだを汚さず、ただ彼らの白を染めあげていく。それは、まるで白い壁を崩していくみたいに…。


 オレが彼女に追いつく頃には、もうほとんど終わっていた。

 紅く染まった死体の山。薄い砂埃の中、彼女は天を仰ぐ。

 ぶわっと風が吹いて、視界が晴れた。

 ひとり立ち尽くすエイの姿は真っ青な背景によく映えた。背中の排煙筒から、黒い煙がもくもくもくと立ち昇る。

 喧騒と断末魔の余韻は風がさらっていったような気がした。


「…ごめんね」


 先ほどまで、修羅のごとき激しさで駆け回っていたとは思えないくらいにしおらしい口調。何かに祈るように、目を閉じて、深く息を吐いた。


 ハァ…。戦いの後はいつもこうだ。数多の敵を殺しておきながら、その罪を全て受け止めようとする。彼女のこの真摯さにオレは思わず顔をしかめる。その原因がオレにあることも分かっているから。

 想いが言葉にならなくて、彼女に手を伸ばしかけたそのとき、

「死ねぇぇっ!」

 すぐ側に隠れていたらしい敵が彼女の死角から、飛びかかってきた。懐には手榴弾。…死なばもろともってことか。

 でも、闇雲な攻撃なんて上手くはいかないもんだよ。彼女が振り向くその前に、オレは相手の肩を軽く掴んで、突っ込んできた勢いのまま、後ろにぽーんと放り投げる。


「くっ…ガラクタもどきと金魚の糞がっ」

 呪いの言葉を吐き散らしながら、そいつは絶望に満ちた顔で爆散した。ベチャベチャベチャと、汚い雨がオレに降り注ぐ。


「ごめん…っ」

 後ろから、彼女の声がした。

 すごく哀しそうな表情で彼女はオレの顔を拭う。そこには血と泥がべったりついて…。オレと同じ匂いがした。


「帰ったらお風呂に入ろうね、レイ」


 バサッとオレの頭に布をかけた彼女は、後ろ姿でそう言った。


 * * * * * *


 オレたち、黒の共和国はずっと白の帝国と戦争を続けている。元々の発端がなんだったのか、みんな覚えていないほど長い間戦っている。

 戦況は常にどちらが優勢とも言い難い。共和国の植民地へ、白の空軍が攻撃を仕掛けたかと思うと、世界各地に散らばる帝国軍の駐在している基地、通称"NOTE"を黒のゲリラ部隊が占領していたりもする。


 そんな泥試合を繰り返す世界でオレたちは、ゲリラ部隊、"黒鉛団"に所属していた。…いや、俺たちというのは正確ではないかもしれないな。

 エイは"黒鉛団"の中でも精鋭の"銀黒兵"なのだが、オレは違う。"銀黒"どころか"黒"じゃない。オレは…本当は白の帝国からのスパイなんだ。

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