4th stage:光追う者達

「そんなっ、巨人が……!」


 怪人連中との戦いの最中さなか、あたしは仮面マスクの青い視界ゴーグルに映る衝撃的な光景に思わず目を見張った。

 光の巨人が敗れた。巨大怪獣に立ち向かえる唯一の存在、人々の希望の英雄ヒーローが、たった今、あたし達の眼前で。


「よそ見をするな、ブルー!」


 レッドの声に振り向けば、醜悪な怪人の爪があたしの眼前に迫っている。あたしは瞬時に身を引いてその攻撃をかわし、スーツの脚部に力を込めて反撃のキックで敵を押し戻す。


「だって、巨人がやられちゃったんだよ!?」


 ビームガンの一撃で怪人を無力化し、あたしは赤い仮面に向かって叫んだ。任務中は先輩にもタメ口を利けという本隊独特のしきたりにも、最近ようやくアタマが慣れてきたところだ。


『地球人類に告ぐ――』


 空を覆い尽くす暗雲から、不吉な声が天地に響き渡る。あたしは地面を蹴って跳び上がり、次の怪人にビームガンの照準を定めながらも、意識の片隅でしっかりその声を聴いていた。


『我こそは侵略宇宙人、デストピア星人。貴様らを守る巨人は、今やその光を失った。もはや貴様らに希望はない。我が力の前に降伏せよ!』


……」


 あたしが無意識に鸚鵡おうむ返ししたそれは、滅多なことでは耳にすることのない言葉。そして――あたし達、正義の旗を掲げる者が、決して屈してはならない言葉。

 そう、頭では分かっていても――


「ハッ!」


 怪人にキックを撃ち込むその脚が。ビームガンを構えるその腕が。

 街の頭上に広がる暗雲に力を吸われたかのように、あたしの意に反して震えてしまっているのは、きっと気のせいではないだろう。

 身構えないで居られる筈がない。「暴力」とか「破壊」とか、「犯罪」とか「叛逆はんぎゃく」とか――あたし達が普段相手にしている連中の言葉とはまるで次元が違う、「侵略」という恐るべき言葉の威力に。


「まさか、この怪人達も――!?」


 あたしは街に破壊を振りまき続ける怪人どもの姿を視界ゴーグル越しに見やり、戦慄に拳を握った。

 倒しても倒しても数を減らす気配のない、機械とも生物ともつかない怪人の群れ。それは、かつて全世界で武力蜂起ほうきしたプロフェッサー・ロアンの人型兵器にも似ていたが、ひと目でただの機械ロボットではないと判る禍々まがまがしい魔物のような意匠がその全身に散らされている。

 あの巨大怪獣が侵略宇宙人の手先だというなら、街を襲うこの怪人もまた、侵略者が地上掃討のため送り込んだ兵器なのだろうか。


おくするな、シャインブルー!」


 あたしの背中を庇うように、レッドとイエローがあたしと怪人どもの間に滑り込んできた。彼らのビームガンから吐き出される光の奔流が、数体の怪人をまとめてちりに変える。


「敵が何者だろうと、世界の平和を守って戦うのが我々の任務だ!」


 レッドの声に勇気付けられ、あたしもビームガンを握り直す。だが、あたし達の奮戦にも関わらず、視界を埋め尽くす怪人の群れは、刻一刻とその数を増していく――。

 それでも戦うしかない。この色と使命を継いできた数多の先輩達の名に泥を塗らないためにも、力尽きるその瞬間まで。

 レッド達と頷きあって散開し、あたしが敵に向かって突っ込んでいく、その刹那。


「ええ心がけや、あんさん達」


 戦場にはいささか不釣り合いに思える女性の声が、やたら巨大な存在感をもって、あたしの耳に届いた。


「せやけど、アンタらの装備じゃ限界もあるやろ。わてがたまたま東京に来とる時で良かったで。別に義理もなんもあらへんけど、助太刀したるわ」


 あたしが振り向いた先、レッドと肩を並べて戦場に歩み出たのは、ヒョウ柄の服に丸々とした贅肉ぜいにくを押しこめた中年の女性だった。


「な、何なんですか、あなたは!?」


 仮面マスクの下で戸惑うレッドの顔が容易に想像できる。あたし達の困惑をよそに、妙に貫禄のあるそのおばちゃんは、ずいっとレッドの前に出て怪人どもの姿を睨み付けていた。


「ほぉーん。ロアンのボケジジィの機動兵器ガラクタに、怪物バケモンが融合させられとるんか」


 怪人どもが一斉に腕の銃口を彼女に向けて構える。レッドが前に出ようとするのを、さっと片腕で制して、おばちゃんはバリバリと頭髪をかきむしった。

 そして、怪人どもが十重とえ二十重はたえに浴びせかける、その砲声をもかき消す勢いで――


 ――ゴォォォォォッ!!


 巨大な虎の咆哮が、天地を揺るがす勢いで響き渡った。


「あ、あれは――!?」


 レッドが、イエローが、他の仲間達が、驚愕に声を震わせてその咆哮の主を見ている。


「竜が暴れて巨人が倒れて……満を持して出てくるモンうたら、虎しかあらへんやろ」


 そして、は雄々しく地面を蹴り、襲い来る怪人の群れへと跳び掛かっていく。あたしの目に黄色と黒の残像を残すその姿は、虎を模した鋭い仮面に、ギリシア彫刻の如き屈強な四肢を持つ、


「バカな。現役だったなんて……!」


 あたしは意識の片隅で仲間の驚く声を聞いた。そう、あたし達の前で怪人を蹴散らすは、とうの昔に姿を消したと思われていた存在。レンジャーの教本にも当たり前に出てくる、歴史的スーパーヒーロー。


「オーバンサー……!」


 あたしは一瞬、自分の戦いも忘れ、偉大なる猛虎の名を呟いていた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 遥かな空の彼方に暗雲が渦巻いている。巨大怪獣の襲来と光の巨人の敗北、そして侵略宇宙人の降伏勧告を報じる慌ただしいニュースが、使い古されたテレビから幾度となく垂れ流されている。

 炎に飲まれた東京では、侵略宇宙人の尖兵とみられる人型機動兵器――怪人が、警察や一般レンジャー達を蹴散らし暴虐の限りを尽くしているという。この辺境の町にまで侵略の魔の手が迫るのも、そう先のことではないだろう。


すすむさんっ!」


 真紅のバイクにまたがりかけた紅河こうがすすむの耳に、背後から追いすがるような女の声が届いた。


悠依ゆい……」


 チッと小さく舌打ちをして、すすむは彼女の黒い瞳を見返す。出会った頃より随分伸びた髪を、乾いた風にばさりと揺らして、彼女は猇に駆け寄ってくる。


「ひどい。また黙って出て行こうとして」

「……何で分かった?」

「わかるよ。あんなの見て、放っておけるあなたじゃないでしょ」


 悠依ゆいは遥か彼方の空を覆う暗雲を見上げ、そして再びすすむの顔を見た。その濡れた瞳が、彼の身を案じる寂寞せきばくの色に揺れている。


「……どうしても行くの? 戦いに」

「ああ。俺のこの身体が、まだ人類の役に立てるんならな」


 彼はバイクの鞍上あんじょうから手を伸ばし、悠依の華奢な身体をそっと抱き寄せた。だが、愛する女に引き止められようとも、彼は己の中に渦巻く戦意の炎を否定することはできなかった。

 鋼鉄の身体に流れる灼熱の血が、彼に「戦え」と促している。


「約束して。必ず帰ってくるって」

「心配すんな。明日の朝飯までには戻るからよ。熱々のパン焼いて、待っててくれ」


 涙を拭って精一杯の笑顔を見せる悠依に、血の通った笑みをひとつ投げ返して――

 猇はバイクのスロットルを捻り、おのが戦場を目指して砂塵さじんの町を駆け抜けていった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「バカげてるよ、おじさん!  ただの山登りじゃないんだろ!?」


 ぶらりと酒場を出ていこうとするの腕を引き、僕は無駄と知りながらも彼を引き止めようとしていた。一難去ってまた一難、なんて言葉があるが、この飲んだくれオヤジに付き合っていたら、一月ひとつきの間に十難や百難どころじゃ済まない。

 だけど、今度のそれは、流石に無茶のレベルが違う。


「異世界に行こうって言うんだろ!? 戻って来れなかったらどうするんだよ!」


 竜の山ドレイク・ベルク――山全体が水晶クリスタルで出来ているという禁断の聖地。この百年で誰一人として足を踏み入れたことがないと言われる魔境。

 僅か数日前、その山頂にある水晶クリスタルゲートを通って、に飛ばされたらしいというのは僕達の町でも語り草だ。悪意に満ちた何者かが、こちらの世界の怪物モンスターを向こうに引き込んで何かをしようとしているとも言われている。

 おじさんは、その陰謀を追ってゲートを超えようというのだ。ヒーローの証、「シリンダー」と「ヒーローギア」以外は全くの手ぶらで、まるで風呂にでも入ってくると言わんばかりの気軽さで。


「やー、まあ、大丈夫なんじゃない? 過去に何度もが行ったり来たりしてるらしいし」

「そんなのただの伝説だろ!?」

「少年。ヒーローってやつはさ、伝説を現実にしちまうからヒーローってんだよ」


 普段は飲んでばかりでマトモに稽古を付けてもくれない僕の師匠は、調子のいい時だけ一端いっぱし英雄ヒーローぶるからタチが悪い。


「まあ、ほら、何? あっちの世界の侵略者に、陸火竜フレアドレイクの力が使われちゃってるみたいだしさ。クリスタルヒーロー・ドレイクを名乗るおじさんとしちゃ、ちょっと責任感じちゃったりするワケよ」

「責任って言うなら、一回くらい現金払いで飲み代払ってくれよ」

「それとこれとは話が。そんじゃ、ちょっくら行ってくるから」


 無骨な手をひらひらと振って酒場を出ていく彼の背中を、僕は追いかける。


「だったら僕も行くよ、おじさん。いいだろ!?」

「ダーメだ」


 おじさんは振り返り、僕の鼻先に人差し指を突きつけてきた。


「お前まで付いてきちまったら、おじさんが万一帰ってこれなかったとき、この街を守るが居なくなっちゃうだろ。……上等の土産話を持って帰るからよ、そんときゃ店のツケ、チャラにしてくれよな」


 がははっと豪放な彼の笑い声に、僕は何も言い返す言葉を持てず――


 ――禁断の竜の山ドレイク・ベルクの山頂から天空に向かって立ち上ってゆく真紅の光が、僕の眼に鮮烈な残影を残したのは、それから少し後のことだった。


(つづく)

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