3rd stage:敗れる光

 東京の街に破壊の渦を振りまくドラゴンのような巨大怪獣と、それを追うように地上に降臨した黄金の巨人。その姿を炎の海の向こうに見て、朱鳥あすか流星りゅうせいは衝撃に目を見張っていた。

 彼は知っている。あの巨人を。この国の誰の記憶にも鮮烈に刻み込まれた、あの英雄ヒーローのことを、彼だけが誰よりものだ。


「ルヴォリュード……!」


 あの巨人の名も。その出自も。その力のみなもとも。

 政府や研究機関でさえ知らない光の巨人の正体を、自分だけは知っている。一年前のあの日、「彼」と融合して戦ったのは、他ならぬ自分なのだから。


「流星君、あの巨人って……!」


 隣に立つ天城てんじょう杏奈あんなもまた、驚きに満ちた目で巨人の戦いを見上げていた。深くかぶったキャップとサングラスで顔を隠した彼女は、スカートから伸びる白い脚を微かに震わせ、流星の服の袖をきゅっと片手で握ってくる。

 我先にと逃げ惑う周囲の人々の喧騒、街を覆う緊急車両のサイレン、そして天をく怪獣の咆哮がぜになって流星の耳を刺す。歩道の中程に立ち尽くしていた二人の身体に、逃げる人々の身体がお構いなしにぶつかってくる。


「きゃっ!」


 杏奈の声で我に返り、流星は彼女の手を握った。そうだ、自分達も逃げなければ。


「杏奈ちゃん、行こう!」

「う、うん――」


 後ろ髪を引かれるように杏奈は巨人の戦いをちらちらと振り返っている。そんな彼女の手を引き、流星は人の波に飲まれるように走った。

 気になることは山のようにある。あの怪獣は何なのか。誰がルヴォリュードと融合しているのか。ルヴォリュードは人の光と一体化しなければ戦えないと言っていた筈だ。自分でなければ、一体誰が……!

 だが、そんなことよりも今は、杏奈の身を守ることが最優先だった。あの日を境にアイドルを引退した彼女は、今の流星にとって、守らなければならない大切な人。たとえルヴォリュードと融合していなくても、自分が付いていながら彼女を危険な目に遭わせたら男がすたる!


「……くすっ」


 混乱の人海じんかいを縫って逃げる最中さなか、杏奈は早くも余裕を取り戻したのか、ふいに流星の顔を見て笑ってきた。


「な、なんだよ?」

「流星君、強くなったなって思って。一年前のあなたとは全然違うみたい」


 そんなことを言いながら、杏奈は息を切らすこともなく流星に付いてくる。

 かなわないな、と流星は思った。体力ひとつ取ってみても、人気アイドルグループのセンターとして長年ダンスパフォーマンスの前線に居た彼女を前にしては、ただ男子だというだけで自分が勝てる要素などない。度胸も、胆力も、いざというときの心の余裕も。これじゃどっちがだか分かったものではない――


「強くなりたいさ、もっと。君を守れるように――」


 アンナの手を強く握り直しながら流星が口にした、そのとき。


「ウ、ウワァッ!」


 人混みの向こうから、誰かの悲鳴が響いた。


「きゃああぁっ!」

「ひ、ひいっ!」


 悲鳴は立て続けに上がり、逃げていた人々が血相を変えてこちらへ引き返してくる。

 流星は杏奈とともに足を止め、そして見た。無数の人々の肩の向こうに、人間より一回りも二回りも大きい、何かの人影が立っているのを。


「こ、こ、殺され――」


 顔を引きつらせて逃げようとする男性の首元を、その背後から何かが撃ち貫いた。男性は声もなく血の海の中に倒れ、周囲の人々にたちまち狂乱パニックが拡散する。


「な、何だよ、あれ……!」


 直感がと告げていた。流星は咄嗟に杏奈に目で合図すると、もはや流れをしていない人の波をかき分けて、今来た道を引き返し始めた。

 心臓が激しく脈打ち、全身から冷たい汗が噴き出すのを感じる。杏奈の手を強く握って走る流星の耳に、背後から、聞きたくもない音が――人々が次々と断末魔の叫びを上げて倒れてゆく音が、追いすがるようになだれ込んでくる。


「流星君――」


 杏奈の震える声が鼓膜を叩いた、そのとき。

 ニュースで見慣れた、よく目立つカラーリングの次世代ヘリコプターが、風を裂いて前方から飛来してくるのを流星は見た。


「シャインレンジャー……!」


 近くの誰かが声を上げる。頭上を通り過ぎたヘリを追って流星が思わず振り向くと、色とりどりの仮面マスクと戦闘スーツを身に纏った戦士達が、ヘリのハッチから素早く飛び降りるところだった。

 レンジャーが駆け付けたことに安心したのか、周囲の人々の中には逃げる歩みを止め、彼らの活躍を目で追う人達もいた。流星も、足を止めはしないものの、ついつい戦いが気になって後ろを振り返ってしまう。

 視線の先では、エリート戦士のシャインレッドやシャインイエロー、それに最近ニュースで代替わりが報じられたばかりの女性のシャインブルーら、全国のレンジャーから選び抜かれた精鋭達が果敢に敵に立ち向かっていた。よく見れば敵も一体ではない。機械とも生物とも付かない醜悪な怪人が数体、腕から銃を乱射してレンジャー達に応戦している。


「! 流星君、巨人が!」


 杏奈の声で流星はハッとして、視線を怪獣と戦う巨人へと戻し――そして、己の目を疑った。流星自身が身をもってその強さを知る筈のルヴォリュードは今、怪獣の吐き出す炎に身体を飲まれ、さらには強靭な脚で踏みつけられて、苦しそうに地面でもがいていた。


「ルヴォリュードッ!」


 思わず流星が叫んだ声に、えっ、と杏奈が彼の顔を見上げてくる。

 一年前、ルヴォリュードと融合して戦ったことは、杏奈にも明かしたことのない彼の秘密だった。融合のことはおろか、ルヴォリュードの名前さえ杏奈は知らないのだ。

 無秩序な人の波に揉まれ、流星と杏奈はどちらからともなく足を止めていた。その彼らの眼前で、今――


「光の巨人が……負けちゃう……!」


 杏奈の不吉な言葉が、現実になろうとしている。

 巨大怪獣に踏みつけられたルヴォリュードは、最後の力を振り絞るように、胸の前でL字の構えを組んだ。すかさず放たれる光波熱線の奔流は、ルヴォリュードの最大火力、エクシウムブラスターだ。

 だが――

 かつて怪獣ゼキスシアを倒したその一撃も、今はあの怪獣が口から吐き出す炎の熱線とぶつかり合い、威力を完全に封殺されてしまった。


「そんな……!」


 流星の心を絶望が覆い尽くしていく。ルヴォリュードが、敗れる――!?


「負けるな、ルヴォリュードォォッ!」


 隣の杏奈にも構わず、流星は渾身の大声で叫んだ。しかし――。


「いやぁっ!」


 杏奈が目を背けた。流星の眼前で、怪獣の熱線がルヴォリュードの胸の光球コアを撃ち抜く。光の巨人の断末魔が燃える街に木霊こだました。


「ウソだろ……ルヴォリュード……!」


 黄金こがね色に輝いていた巨人の身体が、たちまち光を失い、鈍色にびいろの石像のような姿に変わってゆく。

 怪獣は誇らしげに天を仰いで咆哮を上げた。びりびりと鼓膜を刺すその声に、周りの人々が次々と絶望の色を顔に浮かべて地面に膝を付いていく。


「もう、駄目だ……」

「終わりだ……人類はもう、終わりだ……!」


 そのとき、人々の心を映したかのように、石像と化したルヴォリュードを踏みつける怪獣を中心に、どす黒い暗雲が空全体に広がっていった。暗雲は見る間に青空を覆い尽くし、街は見渡す限りの暗闇に閉ざされていく。

 辛うじて立ったままの流星の腕に、杏奈が怯えた声を出しながら抱きついてきた。


『地球人類に告ぐ――』


 突如、人々の意識を黒く塗り潰すような醜悪な声が、天上の暗雲から響き渡った。流星の見上げた先、巨大怪獣の上空に浮かぶように、ひと目で邪悪な存在とわかる異形の姿が暗雲をスクリーンにして映し出されていた。


『我こそは侵略宇宙人、デストピア星人。貴様らを守る巨人は、今やその光を失った。もはや貴様らに希望はない。我が力の前に降伏せよ!』


 邪悪な宇宙人の哄笑こうしょうが、人々の頭上に響く中――

 流星はただ杏奈の手を握ったまま、何も出来なかった悔しさに奥歯を噛み締め、暗い空を見上げて立ち尽くすことしかできなかった。


(続く)

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