2nd stage:光の再臨

「カナちゃん! 音響のリハ、もう行ける!?」

「はぁーいっ!」


 スタッフの人達に呼ばれて、わたしはせわしなくステージに上がる。いくつもの配線が蛇のようにいまわる床を小走りに駆けて、汗のにじむ拳にしっかりマイクを握り締めて。

 わたしがまとうのは本番と同じ真っ赤な衣装。機器から溢れるのは本番と同じ明るいサウンド。あと数時間もすれば、この小さなステージは、わたしだけのハレ舞台に変わる。


鈍色にびいろシャンデリア、ゴー!」


 お決まりの掛け声とともに、わたしはマイクに向かって歌い始める。

 になったからって、この名前を捨てたりはしない。このグループ名には、リオの、アヤの、そしてレイの――みんなの夢と絆が詰まっているから。


 サブカルチャーの聖地と言われる秋葉原の片隅の、小さな小さな貸し劇場ライブハウス。熱心なアイドルファンの人達にさえ、存在自体知られてないんじゃないかと思ってしまうような、この小さな舞台ハコで――今日、わたしは初めて歌うんだ。電器店でも遊園地でもない、初めての劇場で。の存在と情熱を、この秋葉原まちの人達に知らしめるために。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「やぁ、カナちゃん。陣中見舞いに来たよ」


 リハーサルを終え、スタジオ外の廊下に出たわたしを待ち受けていたのは意外な顔だった。マネージャーの隣でニコニコ笑いを浮かべて立っていたのは、「鈍色にびいろシャンデリア」が四人だった頃によくお世話になっていた電器店のおじさんだったのだ。


「店長さん!」

「マネージャーさんから、カナちゃんのライブハウスデビューって聞いて、おじさんも嬉しくなっちゃってさ」


 そう言って、おじさんはコンビニ袋に入った飲み物を渡してくれた。それを受け取って、ありがとうございます、と返事をしている内に、なぜだかわたしの胸には熱いものがこみ上げてきた。


「おいおい、泣くのは早いぞ、カナ。涙は武道館まで取っとけ」


 マネージャーの声が、優しくわたしの意識をかすめる。

 ――そう、わたしはまだ何も成し遂げてはいない。夢に追いつく戦いは、まだ始まったばかりなんだ。


「カナちゃん。今日は、サプライズゲストで他の子達も来たりしないの」


 白いハンカチで涙をぬぐっていたわたしに、電器店のおじさんがふいに問うてくる。わたしが答えるより先に、マネージャーが口を挟んでいた。


「リオもアヤも、それぞれ学校が忙しいですからねえ。でも、離れてても、アイツらはカナのことを応援してくれてますよ」

「そっかぁ、もうみんな高校生だもんなあ。早いもんだねえ」


 マネージャーの言葉は半分本当で、半分ウソだった。学業の忙しさなんて関係ない。二人に声を掛けないのは、わたしが決めたことだった。二人のぶんまでわたしが背負って輝くと決めた以上、夢を叶えるまでは、二人の力には頼らないと誓っていたから。


「じゃあ、レイちゃんは? ははっ、まさか来てくれないか」

「ええ、今はね。でも、いつか追い抜いてやりますよ。なあ、カナ」


 わたしは、おじさんのくれた飲み物の袋を握って、こくりと頷く。

 レイ――今は遠くに行ってしまった仲間。ULT78セブンティエイトのレニー。あの天城てんじょう杏奈あんなの輝きを継ぐ者とも言われる、国民的アイドルグループの新たなエース。

 だけど、わたしは彼女に追いつくことを諦めてなんかいなかった。いつか必ず、自力でまた彼女の隣に立ってみせる。わたしとレイの間には壁なんかない。あるのはただ、距離だけだから。


「わたし、頑張りますね」


 おじさんの温かな笑みに、わたしも顔を上げて微笑み返す。

 夢へと駆け抜ける光のロード――その距離を詰める大きな一歩を、今日、わたしは踏み出すんだ。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 そのはずだったのに――


 興奮と緊張と、やる気と希望に満ちたわたしのファースト・ステージは、出し抜けに都市まちに響いた轟音で、一瞬にしてくつがえされることになる。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 突然、建物全体に凄まじい揺れを感じて、わたしは慌てて壁際にしゃがみ込んだ。マネージャーと電器店のおじさんが、大丈夫、とか、落ち着いて、とか、口々に声を掛けてくれる。

 こんな日に地震なんてツイてない――と思ったのが最初の数秒目。

 次の数秒間で、いつまで経っても収まる気配のない地面の揺れに、わたしの心と身体は恐怖に震え始めた。


 これは――ただの地震じゃない?

 いつしかマネージャーやおじさんの表情も強張こわばっていた。スタジオに繋がる扉からは、ほとんどパニック状態で何かを叫びながら逃げ出してくるスタッフの人の姿もあった。


 普通の地震とは思えないこの揺れを、わたしは、皆は、知っている。

 それは人々の日常を壊し、平和を奪う悪夢。東京の人なら誰もが経験した、あの――。


「ッ! まずい、壁が崩れる! 出よう!」


 マネージャーに手を引かれ、わたしは震える足を奮い立たせて必死に建物の出口へと走った。電器店のおじさんや、何人かのスタッフの人達も、我先にと出口を目指していた。


 瞬間、ひときわ大きな揺れが、わたし達を襲って――

 まろび出るように外に出たわたしは、見た。

 血相を変えて逃げ惑う人々の群れを。

 視界の先、炎と煙に飲まれる高層ビル群を。

 そして――瓦礫がれきと化した無数の建物の彼方にそびえ立つ、非日常的、非現実的なの姿を。


 街全体が灼熱の炎に包まれる中、重々しく地面を踏みしめる

 赤黒いうろこに覆われた。騎士と戦う邪悪なドラゴンを思わせる、。鋭い爪を備えた。天をく咆哮を上げる。炎の色を宿したような凶暴な


「か、か、か――」


 電器店のおじさんが尻餅をつき、目を見開いて彼方のを見上げている。


「か、か、怪獣――!」


 わたしもマネージャーの腕の中でへなへなと身体の力を失っていた。逃げ惑う人々の悲鳴も、緊急車両のサイレンもかき消す勢いで、空気を裂いて轟く巨大な咆哮がびりびりと鼓膜を揺らす。


「カナ、歩けるか!? に、逃げないと――」


 マネージャーの切羽詰まった顔に、わたしはすぐに返事を返すことができなかった。

 がどれほど恐ろしい存在か、わたしだって知っているのだ。一年前、レニーも出演した天城杏奈の卒業コンサートを、わたしもこの目で観ていたから。そのとき起こった惨劇を、わたしもこの身で体験してしまったから。

 あの巨体を見ればわかる。が引き起こす甚大な破壊は、日々あちこちで悪さを起こしてはレンジャーに制圧されている怪人達や、かつてこの国でも猛威を振るったロアンの軍事兵器なんかとはレベルが違う。

 人間のちっぽけな悪意なんか比較の対象にもならない、。人類の力では決して太刀打ちできない存在。それがだ。それが――怪獣なんだ。


「あ、あ……!」


 マネージャーに身体を支えられながらも、わたしは逃げるための力を振り絞ることができなかった。

 街の彼方で悪夢の巨体が地を踏みしめるたび、激しい揺れがわたしたちを襲う。一年前と同じように、どこかの基地から出撃してきたらしい戦闘機やヘリコプターが、怪獣に攻撃を仕掛けては、その巨大な口から放たれる炎の熱線で粉々にされていく。


「……やだよ……。こんなんじゃ……ライブできない……」


 わたしは得体の知れない悔しさに拳を握っていた。自分の力で立つこともできないくせに、拳にもる力だけはやたらと強かった。


 ――今日のこの日を目標に、ずっと頑張ってきたのに。


 ――大きな夢に手を伸ばすための、大事な機会チャンスなのに。


 ――わたしのステージは――わたしたちの夢は、あんな理不尽な災いのために、閉ざされてしまうんだろうか。


「邪魔しないで……」


 わたしの唇は、知らず知らずの内に、そんな言葉を呟いていた。


「わたしたちの夢を、奪わないでっ!」


 自分のものとは思えないほどの大きな声が、怪獣の咆哮と混ざって鼓膜を叩いたとき――


「――ッ!」


 刹那、わたしの視界は、まばゆい光に塗り潰された。


 そして、巨大な何かが地面を叩く轟音と、身体を跳ね上げるような巨大な揺れ。

 目を閉じたわたしのまぶたを貫いて網膜を刺す、黄金こがね色の輝き。

 恐る恐る目を開けたとき、わたしの視界に映ったのは――


『シェエェアァッ!!』


 雄々しく声を上げて怪獣に飛びかかっていく、金色の光に満ちた――巨人。


「あれは――」


 マネージャーが、電器店のおじさんが、逃げ惑う人々が、口々にを見上げて声を漏らす。


「来た――」

「光の巨人が、来てくれた!」


 わたしも、いつしか自分の足で地面を踏みしめ、輝きに溢れるその姿を見上げていた。

 怪獣の吐き出す熱線を容易くバリアで受け止め、素早い動きでキックを繰り出す、黄金の巨人。

 世界中の人達がそれを知っている。怪獣の恐ろしさを知るとともに、あの巨人の頼もしさを。

 そう、あれは――


「光の……巨人……!」


 一年前のあの惨劇の時にも、どこからともなく現れて街を救ってくれた、栄光の英雄ヒーロー


「ねっ、カッコイイでしょ、でしょ!」


 いきなり後ろから女の子の声がしたので、わたしはとっさに振り向いていた。

 そこに立っていたのは――日焼けした肌に赤と白の衣装をまとい、なぜかエレキギターを手にした、銀色の髪の少女。


「ロック……?」

「はい、ロックです! この星にもありますか? ロックンロールなミュージック!」


 テンション高く喋るその子の肩越しに、わたしは見た。彼女の背後の街路の向こうに、SFの映画やアニメに出てくる宇宙船のようなものが転がっているのを。


「え……?」


 戸惑うわたしの手を撮って、彼女は巨人と怪獣の戦いを見上げる。


「大丈夫ですよ。あの巨人の中には、鋼鉄の魂を持った、わたしの仲間が融合してますからっ!」

「へ……。巨人に、融合が……なに?」


 彼女の言葉の半分も理解できないまま、わたしは怪獣と組み合う巨人の勇姿を呆然と見上げていた。


(続く)

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