本編

1st stage:光との邂逅

 俺達は飛ぶ。光無き宇宙に 光跡こうせきを引き、音無き真空に魂の爆音こえを響かせて。


「来る来る来るっ、ビーム来てます、ビーム!」

「うるせぇ! 黙って掴まってろ!」


 オンボロ宇宙船の操縦桿ステアリングを右に左に操るたび、船体のあちこちがきしみを上げる。その唸りをもかき消す勢いで、窮屈な操縦席シートの後ろにまとわりついたが跳ねるような声で俺の集中力を乱してくる。


「ひゃぁっ、間一髪ですよ、アイゼンさん! わたし達、今、最高にですねっ!」

「ああ、追っかけてくるファンが、あんな怪獣じゃなければな!」


 狭い船内にけたたましく響き渡る緊急警報レッド・アラートが、直ちに機体を放棄し撤退するよう俺達に促してくる。流石は先古典期せんこてんきの年代物ロケット、AIは俺の後ろのに輪を掛けてバカのようだ。ビーム攻撃を撃ってくる宇宙怪獣に追い回されている最中に、真空の宇宙にパラシュートで脱出しろとでも言うのか?


「チクショウッ、俺のバカ野郎ォォォ!」


 右足のペダルを限界まで踏み込み、俺は叫ぶ。

 何と言っても一番のバカはこの俺に違いない。ゲリラライブ先の宇宙コロニーを狙って突如襲来した宇宙怪獣に、こんなボロいロケットで立ち向かおうとしたのだから。いくら、あのコロニーの防衛兵器が老朽化していて、怪獣を迎撃しうる手段が他に考えられなかったとはいえ――。


「コロニーなんざ見捨てて、さっさと逃げちまえばよかったぜ!」

「あっ、またそんなウソついて。わたし知ってますよ、アイゼンさんにはそんなコトできないって」


 機体が揺れるたび、彼女アイの銀色の長髪が俺の耳元あたりを鬱陶しく撫ぜる。――ああそうさ、俺に少しでも賢い判断ができるなら、そもそも生まれ育った移民船団を離れてお尋ね者になる人生なんて選ばなかっただろうよ。


「クソッ、光燃料エネルギーがもう持たねえ!」


 避け損ねた敵のビームが船体の右上あたりをかすめ、意識の吹っ飛ぶような揺れが俺達を襲う。ひゃあっと彼女アイが俺の首筋に組み付いてきた。コクピットの後部モニターは醜悪な怪獣の容姿を映している。ダメだ、追いつかれる――!


「アイ、お前は脱出設備ポッドに入れ! 俺があの怪獣を引きつけてる間に脱出するんだ!」

「えっ!? 何言ってるんですか、アイゼンさん!」

「このままじゃ二人とも死ぬだけだ! お前さえ生きてりゃ、また新しい仲間を探して――」

「やだ、やだやだ! わたし、あなたとのロックが――」


 アラートの轟音と被弾の衝撃の中、人生最後になりそうなアイとの掴み合いをしていた俺の目に――

 刹那、が映った。

 コクピットの前面キャノピーに広がる暗黒の宇宙の遥か彼方。宇宙船の最大戦速を遥かに上回る速度でこちらに迫ってくる、巨大な赤い発光体。


「あれは――!?」


 あまりのまぶしさに、俺が思わず目を閉じた、次の瞬間――


「あっ――」


 アイの息を呑む声が耳に響くと同時に、ふわり、と船体が宙に浮くような感覚を俺は味わった。

 いや、元より宇宙を飛んでいた船体が「宙に浮くよう」とはヘンな話だが、俺が全身に感じたそれは、まるで、巨大な何かに丸ごとような、そんな温かな感触で――


「――!」


 そして、まぶたを上げ、俺は見た。

 抱きかかえていた俺達の宇宙船をそっと手放し、迫りくる宇宙怪獣との間に割って入る、金色のの姿を。

 真紅のラインに彩られた黄金こがね色の巨体。騎士を思わせる鉄仮面に、鋭いトサカ。怪獣の放つビームの全てを光のバリアで弾き返し、その巨人が楕円だえん状のあおい眼で俺達に振り向く。


『私は銀河憲兵隊のルヴォリュード』


 落ち着いた男のようなその声を聞き、俺は心臓が止まりそうになった。音波の伝播でんぱする筈のない宇宙空間で、確かにその巨人は俺達に向かって喋ったのだ。


『あの怪獣兵器を追ってこの星域に来たのだが――説明は後だ!』


 怒りに任せて突っ込んでくる巨大怪獣に、巨人は両腕を振りかぶって雄々しく立ち向かっていく。


「何だよ、あれ……!」

「わたし、聞いたことあります! 宇宙には、輝く光の巨人がいるって!」


 アイが興奮に目を見開き、俺の首に手を回したままぴょんぴょんと跳ねている。彼女の発言より何より、俺は眼前の光景から意識を離せなかった。

 怪獣と巨人の戦力差は圧倒的だった。巨人は怪獣の巨体をたちまち組み止めると、その身体をぶんと振って投げ飛ばした。そして、巨人は両腕を前に突き出して重ねたかと思うと、そのまま両腕を大きく横に開き、ばちばちとぜる光の粒子を腕の間に蓄積させていく。


『エクシウム・ブラスター!』


 巨人が腕をL字に組んだ瞬間、凄まじい光の奔流ほんりゅうが一直線に怪獣目掛け炸裂した。宇宙船の中にいても伝わる規格外の光量と熱量。俺が次に目を開けた時には、怪獣の巨体は灼熱の爆発に飲まれ、跡形もなく砕け散っていた。


「スゲェ……」

「カッコイイっ! カッコイイです! あれこそロックですよ、最っ高にロックです!」

「……お前、何でもロックって言っとけばいいって思ってるだろ」


 命を救われた感動も忘れ、俺がはしゃぐアイに呆れていると、光の巨人は俺達の宇宙船を見下ろす位置にふわりと飛んできた。


『危ないところだったな。あれは、かつて我々が倒した侵略者が用いていた怪獣兵器の生き残りだ。最後の一体がこれほど遠くまで流れ着いていたのは予想外だったが……この星域はもう安全だ』

「巨人さんっ!」


 巨人を前に物怖じひとつせず、アイが声を上げていた。


「あなたの話、もっと聞かせてくださいっ! わたし、あなたをテーマに歌います!」


 だが、巨人は、俺達が否定の意思表示としてするように、その巨大な首を小さく横に振った。


『残念だが、私はすぐ他の星域に向かわなければならない。遠き銀河の彼方で、ある惑星に侵略者の魔の手が迫っているのだ』

「ある惑星……って?」


 アイの問いに答え、巨人は俺達の意識に直接届く声で言う。


『銀河の辺境、太陽系第三番惑星。私がかつて降りて戦った惑星ほしだ。人々の歌声と希望に満ちた、美しい星だった』

「歌声と希望に満ちた星……。それ、ステキです! すっごくステキですっ!」


 声を弾ませるアイの傍らで、俺もどくんと自分の胸が脈打つのを感じた。

 俺達人類が忘れてしまった音楽が――。アイが必死に取り戻そうとしている音楽が、その星にはあるのかもしれない。


「俺達も連れてってくれ」


 何かを考えるよりも先に、俺は巨人を見上げてそう言っていた。どうやら、アイとのイカれた逃亡生活の中で、俺の心もすっかりコイツに毒されてしまっていたらしい。


『いいだろう。私が惑星ほしに降りて戦うには、人間の光と融合することが必要だ。仲間を守るために命をなげうとうとした君の心の光は、きっと私の助けになってくれるだろう』


 俺はごくりと息を呑み、頷いた。傍らではアイが嬉しそうに愛用のギターを抱え上げている。

 そして、巨人が放った黄金こがね色の光が、俺達の宇宙船を包み込み――


『行くぞ。美しき星、地球へ!』

「オッケイ、盛り上げていきましょう! Rock and Rollロックンロールっ!」


 今までの旅と同じように、アイのかき鳴らすギターをBGMにして――

 俺達の船は、光の巨人とともに、宇宙に開いた時空の渦ワープ・ホールへと飛び込んでいった。


(続く)

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