本編
第1話 爆発と陰謀
彼女は追われていた。夜闇を引き裂いて炸裂する爆音から。街路の四方に漂う
『誰か……誰か、お願い……助けに来て……!』
――【** ***】は息を弾ませ、闇の向こうから迫りくる殺意の爆風に震えていたのだ。
『助けて……**……!』
桜色の着物と
彼女はただ、どこに居るとも知れぬ爆弾魔の魔手に怯え、壁を背にして縮こまるばかり。
そんな【***】の様子を、すぐ隣で見ながら――
(くっ、誰が……! 誰が、ボクの【***】をこんな目に……!)
女子高生
ズボンの
隣には【***】のか細い息遣いを感じる。恋愛小説【*******】の世界から現実に召喚された、この世界に居るはずのない少女の息遣いを。
『ら、落花さん……。私達、どうなっちゃうの……?』
「……大丈夫。君のことは、呼び出したボクが責任を持って守るから」
弱気に瞳を
(何もかもがおかしい……。どうなってる……!?)
彼女は既に認識していた。この戦いが普通ではないことを。
【場】を展開しないままゲームが始まったこと。それにも関わらず、主人公召喚で【***】を呼び出せたこと。ランク3の主人公である【***】が、噂に聞く幻のランク5カードのように、自らの意思を持つかの如く自分と会話までしていること。
いくら自分が普段の戦いで彼女を愛用しているからといって、カードはあくまでカード。本当に魂が宿るなんてあるはずがない。
だが、有り得ないと言ってみたところで……。現に目の前で震えている【***】を、どう説明する……?
(とにかく、反撃の糸口を見つけないと……)
震える【***】の横顔を落花がちらりと見た、まさにその時。
ドォンと巨大な爆発音が鼓膜を
落花は咄嗟に身を起こし、うつ伏せの【***】を
「誰なんだよ、おまえはっ!」
落花の叫びに答えて姿を現したのは、真っ黒なローブを纏い、フードで身を隠した長身の男。つい先程、落花に
普通の対戦相手とはひと目見て違うとわかる、この闇の
男は透明な本を片手で広げたまま、クックッと不気味な笑いを上げ、一歩ごと落花達に近付いてくる。
いつの間にか、その男の一歩後ろには、囚人服を着た黒髪細身の男が立っていた。囚人服から覗く手元と首筋には、炎が這い回ったような入墨が刻まれている。
「これは、彼の正式な記録ではない……」
ローブの男のくぐもった声がそのフレーズを告げた。まずい――敵の物語が既に始まっている!
「その爆弾魔が爆発事件を起こした現場からは……決まって犠牲者よりも多くの
抑揚のない声で告げられる男の語りを聞きながら、落花はズボンのポケットに手を入れ、自分の手札を引っ張り出す。そして男の語る物語に意識を集中させる――。
「【** ***】が暮らす花の都もまた、この爆弾魔によって恐怖のどん底に陥れられ……。そして、【***】は見てしまったのだ。爆破事件の現場に、愛する男の片腕が落ちているのを――」
その時、うつ伏せに倒れていた【***】が、きゃあっと甲高い悲鳴を上げた。落花が振り向くと――【***】の眼前には、男が述べた通り、人間の片腕が落ちていたのだ。
『こ、これって、まさか、**の――』
「違う! インターセプト!」
落花は敵の姿を再び振り仰ぎ、手札から一枚のカードを宙空に投げた。それは【恋に落ちる】のカード――即ち、男の語った「愛する」というフレーズに合致する一枚。ここで割り込まなければ、純愛の
「それは、【***】の愛する人が爆弾魔を罠にかけ、捕らえるための偽装で――」
「クックッ……インターセプトだ」
「なっ!?」
ローブに覆われた男の手が、落花のカードにぶつけるように一枚のカードを宙に投げ入れる。【囚われた】というカードを。
「【***】の恋人の死因は、爆弾魔が一人だという思い込みに囚われていたこと……」
「何だって……!?」
フードの下から覗く男の口元が、にやりと醜悪な狂気に吊り上げられた。
「観念しろ……。貴様にもう逃げ場はないのだ……【流水 落花】!」
刹那、落花の耳は、何かの風切り音が背後の空から迫ってくるのを捉えた。
「ッ!?」
咄嗟に【***】の手を引き、落花は先程の爆発で生じた瓦礫の下に身を伏せる。次の瞬間、何かが地面に着弾し爆発する凄まじい音がびりびりと落花の鼓膜を揺らし、天を揺らすような爆風が彼女達の身体を吹き飛ばした。
「うっ……!」
アスファルトの地面に叩きつけられ、全身に激痛が走る。
『! ら、落花さん、あれ……!』
倒れたまま、【***】が顔を上げて何かを指さしていた。言われるがまま落花が目をやった、その先には――。
『キミ達が無様に逃げ惑う必要はない! 許すな、逃がすな、
「あ、あれは――!?」
覆面で顔を覆い、巨大なロケットランチャーを肩に担いだ謎の男……!
「そんなっ……一つの場に二人の主人公を召喚するなんて……!?」
瓦礫の中で上体を起こし、手札から起死回生の一手を探ろうとする落花の前に、くっくっと笑い声を上げながらフードの男が歩み出てきた。
いや――違う。今度は男ではない。ロケットランチャーを担いだ覆面男のそばに歩み寄ったのは、先の男と同じ漆黒のローブとフードを身に纏った、細身の女……!
「さあ、純愛の
「くっ……。卑怯だぞ、2対1なんて……!」
悔しさに唇を噛む落花の眼前で、ローブの男と女が並び立つ。ゆらりとした不気味な
「2対1……? 違うな……」
「我ら『
「貴様も我らが一員となるのだ、【流水 落花】……」
「我らと交わり、一つとなって、共に物語を
男女の台詞は途中から一つに重なり、どちらがどちらの発言か落花には認識できなくなっていた。
ローブの男女の隣には、囚人服の男とロケットランチャーの男がそれぞれ並び、射抜くような殺意の視線を落花達に向けてきている。
『本当は、キャラクターだけ綺麗に殺してやりたいけどさ……。俺が爆弾を作ると、決まって余分な犠牲者が出ちまうんだよ』
『コソコソと逃げ惑うキャラクターなど
囚人服の男が爆弾を手にし、ロケットランチャーの男が肩の重火器を落花達に向けて構えた。
「っ……!」
落花は手札に一瞬目を落とすが、この状況を覆す切り札は見当たらない。そもそも、敵のキャラクターが勝手に喋っている言葉には、カードでインターセプトを掛けることはできないのだ。
【***】が怯えた目で落花の腕にしがみついてくる。万事休すと思われた、その時!
「――主人公召喚!」
聞き慣れた若い男の声が、落花の耳に響いた。
「作品名【駄作バスター ユカリ】の【
ざっ、と落花達の眼前に滑り込んできた彼の手元から、一枚のカードが宙空に投げ上げられ、
夜闇を塗り潰す真白い閃光に、落花が思わず目を閉じた、次の瞬間――
『オン・アラハシャノウ・ソワカ!』
「!」
うっすらと目を見開いた落花の視線の先、紫の
妖気の風を
身の丈ほどもある大筆をヒュンと一振りし、
「駄作バスター……ユカリ……!」
震える唇でその名を呟いた落花の眼前で、吹き上がる妖気の風に乗り、美女の身体が紫の残影を引いて
『おのれ!』
ロケットランチャーの男が武器を構え、間髪入れず美女にロケット弾を放った。だが――その攻撃は美女が一振りした大筆に遮られ、彼女の遥か手前で爆散してしまう。
着物の裾と長髪をばたばたと爆風に煽り上げられながら、美女はどこからともなく取り出した大量の
『なんて乱暴な作劇かしら。文脈を無視してロケットランチャーで敵を爆殺なんて、作家の風上にも置けない暴挙でしてよ。作者の顔が見てみたいものですわ!』
宙を舞う御札の作り出す結界が、ばちばちと火花を上げてロケットランチャーの男を取り囲み――
「【式部 紫莉】の特殊能力、【
ローブの男女が口元を歪めるのを横目に、彼は高らかに宣言した。
彼の後ろに浮かぶ【式部 紫莉】のカードが一際
『
美女の振り出す墨文字の渦が、文字の
『ぐ……がぁっ……!』
『
『……!』
巨大な武器もろともバラバラの墨文字に分解されて消滅する
『……さて、残るは、その爆弾魔だけですわね』
風に乗って颯爽と地面に降り立ち、美女――【式部 紫莉】が、ぎらりとした視線を囚人服の男に向ける。
そして、地面に膝をついたままの落花の前に、彼が、すっと歩み寄って手を差し伸べてきた。
「大丈夫? 落花さん」
「
「そんな言い方はないだろ? せっかく、可愛い奴隷ちゃんのために、ご主人様が駆け付けてあげたっていうのに」
黒縁眼鏡のレンズ越しに、彼の優しい瞳が落花を見下ろしている。
落花は、引いていた血流が自分の顔面に戻ってくるのを感じながら、そっと彼の手を取って立ち上がった。
「くくっ……なるほど、
ローブの男が不気味に笑い、女と連れ立って
「! 待て!」
詠多朗が追いかけようとした時には、既に遅く――
ローブの男女も、召喚されていた爆弾魔も、瞬く間に、闇に溶けるようにして姿を消してしまった。
「くっ……逃したか……!」
「詠多朗、何なんだよ、アイツらは!? ボクと【***】をこんな目に遭わせて――」
実体化したままの【***】を助け起こしながら落花は問うたが、詠多朗もまた、険しい顔で首を振るばかりだった。
「僕だって分からないよ。でも、このままでは終わらせない……!」
そこで、大筆を手にしたままの【式部 紫莉】が、ふいに落花達を振り返った。
『……仮面が、泣いていましたわ』
「えっ?」
『【ロケットランチャー仮面】のことよ。本来の彼は、社会の闇に苦しめられる犠牲者達の救済のため
「じゃ、じゃあ、アイツらは……!」
詠多朗の
「召喚した主人公の信念や思いを無視して、無理やり悪事を働かせてるのか……!」
『そんな。可哀想……』
【***】が自分のことのように沈んだ顔をして、小さな拳をきゅっと握っている。そんな少女の肩に、【式部 紫莉】がそっと手を載せた。
『
『うん……』
『あとは頼みますわよ。この世界の駄作バスターさん?』
白皙の美女は詠多朗の目を見て告げたかと思うと、【***】とともに、しゅうっと光に溶けて消えていく。
「僕、べつに駄作バスターじゃないんですけどね……」
落花の前で詠多朗がふうっと一息ついたところで、横から別の声が飛び込んでくる。
「あら。あながち間違ってもいないでしょ?」
「師匠!」
落花も詠多朗と一緒にその声の主を振り返った。夜闇を映したような黒いドレスに、月明かりに輝くロールの金髪。詠多朗の「師匠」の少女、【カタリナ・リーディング】だ。
「これから忙しくなるわよ。敵の正体を突き止めて陰謀を暴くまで、いちゃつく時間はないと思いなさい」
「べ、別にボク達、いちゃついてなんか……!」
落花が思わずムキになって噛み付く横で、詠多朗は真剣な目で少女と向き合っていた。
「でも、師匠。あんな凶悪な
「……呆れたわ。何を間の抜けたことを言っているのかしら」
「へ?」
碧眼の少女は腰に手を当ててこれ見よがしに溜息をついたかと思うと、詠多朗と落花の顔を交互に見上げて、言う。
「貴方達、まさか気付いていないの? 敵が繰り出してきたのは、いずれも、通常の
「何ですって? 師匠、それはどういう――」
「忘れたのかしら? 主人公カードとして
「ま、まさか……」
落花と詠多朗はどちらからともなく顔を見合わせた。レンズ越しの彼の瞳が、緊張に硬直した自分の顔を映していた。
「そう、あれは通常ならこの世に存在し得ない主人公カード。それに、【Jail Fragment】のほうは★282だけれど、あの爆弾魔は主人公でも何でもないゲストキャラの一人……。つまり、子ブタちゃんにも分かるように言うとね」
ぴしりと人差し指を立てた少女の金髪を、ひゅうと吹き抜けた夜風が煽る。
「あの敵は、
その言葉を聴いた瞬間、ぞくり、と落花の背にも悪寒が走った。
今や、彼女もはっきりと認識せざるを得なかった。この世界の裏で、
(続く)
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※召喚キャラクター情報
(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)
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●** ***
・出典:******
・掲載URL:
・作者:**** 氏
・ジャンル:恋愛
・★:143(2018/03/14)
●囚人番号898(オーバーキル)
・出典:Jail Fragment
・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054884003495
・作者:木古おうみ 氏
・ジャンル:SF
・★:282(2018/03/14)
●ロケットランチャー仮面
・出典:瞬殺!ロケットランチャー仮面
・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/16816700428507714053
・作者:板野かも
・ジャンル:現代ドラマ
・★:47(2018/03/14)
●式部 紫莉
・出典:駄作バスター ユカリ
・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/16816700428506399124
・作者:板野かも
・ジャンル:現代ファンタジー
・★:232(2018/03/14)
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