本編

第1話 爆発と陰謀

 は追われていた。夜闇を引き裂いて炸裂する爆音から。街路の四方に漂う硝煙しょうえんの臭いから。

 物語士カタリストが作り出す【場】とは異なる、天然の闇。結界に遮られていない現実の世界。草木も眠る丑三うしみつ時、人通りもない裏路地で――


『誰か……誰か、お願い……助けに来て……!』


 ――【** ***】は息を弾ませ、闇の向こうから迫りくる殺意の爆風に震えていたのだ。


『助けて……**……!』


 桜色の着物とはかまに身を包んだ小柄な少女の、すすまみれたその顔には、本来彼女が持ち合わせているべき天真てんしん爛漫らんまんな笑顔はどこにもなく。

 彼女はただ、どこに居るとも知れぬの魔手に怯え、壁を背にして縮こまるばかり。


 そんな【***】の様子を、で見ながら――


(くっ、誰が……! 誰が、ボクの【***】をこんな目に……!)


 女子高生物語士カタリスト、【流水ながれみず 落花らっか】は、正体不明の「敵」の所業に怒りを燃やしていた。

 ズボンの生地きじをぐっと握り締める自分の手が、ぐっしょりと汗に濡れていることに落花は気付く。

 隣には【***】のか細い息遣いを感じる。恋愛小説【*******】の世界から現実に召喚された、の息遣いを。


『ら、落花さん……。私達、どうなっちゃうの……?』

「……大丈夫。君のことは、呼び出したボクが責任を持って守るから」


 弱気に瞳をうるませている【***】の手を、汗に滲んだ手でぐっと握ってやりながら、落花は思う。


(何もかもがおかしい……。どうなってる……!?)


 彼女は既に認識していた。この戦いが普通ではないことを。

 【場】を展開しないままゲームが始まったこと。それにも関わらず、主人公召喚で【***】を呼び出せたこと。ランク3の主人公である【***】が、噂に聞く幻のランク5カードのように、自らの意思を持つかの如く自分と会話までしていること。

 いくら自分が普段の戦いで彼女を愛用しているからといって、カードはあくまでカード。本当に魂が宿るなんてあるはずがない。

 だが、有り得ないと言ってみたところで……。現に目の前で震えている【***】を、どう説明する……?


(とにかく、反撃の糸口を見つけないと……)


 震える【***】の横顔を落花がちらりと見た、まさにその時。

 ドォンと巨大な爆発音が鼓膜をつんざき、落花は爆風に背中を押された。衝撃や痛みを感じるいとまもなく、彼女は【***】と一緒に地面へと倒れ込む。

 落花は咄嗟に身を起こし、うつ伏せの【***】をかばうようにして、爆発の元を振り仰いだ。


「誰なんだよ、おまえはっ!」


 落花の叫びに答えて姿を現したのは、真っ黒なローブを纏い、フードで身を隠した長身の男。つい先程、落花に物語士カタリストの戦いを挑んできた張本人だ。

 普通の対戦相手とはひと目見て違うとわかる、この闇の戦意オーラ物語士カタリスト特有の殺気を何倍にも凝縮して煮詰めたような、重たく濁った殺意。

 男は透明な本を片手で広げたまま、クックッと不気味な笑いを上げ、一歩ごと落花達に近付いてくる。

 いつの間にか、その男の一歩後ろには、囚人服を着た黒髪細身の男が立っていた。囚人服から覗く手元と首筋には、炎が這い回ったような入墨が刻まれている。


……」


 ローブの男のくぐもった声がそのフレーズを告げた。まずい――敵のが既に始まっている!


「その爆弾魔が爆発事件を起こした現場からは……決まって犠牲者よりも多くのしかばねが発見されたそうだ……」


 抑揚のない声で告げられる男の語りを聞きながら、落花はズボンのポケットに手を入れ、自分の手札を引っ張り出す。そして男の語る物語に意識を集中させる――。


「【** ***】が暮らす花の都もまた、この爆弾魔によって恐怖のどん底に陥れられ……。そして、【***】は見てしまったのだ。爆破事件の現場に、の片腕が落ちているのを――」


 その時、うつ伏せに倒れていた【***】が、きゃあっと甲高い悲鳴を上げた。落花が振り向くと――【***】の眼前には、男が述べた通り、人間の片腕が落ちていたのだ。


『こ、これって、まさか、**の――』

「違う! インターセプト!」


 落花は敵の姿を再び振り仰ぎ、手札から一枚のカードを宙空に投げた。それは【恋に落ちる】のカード――即ち、男の語った「愛する」というフレーズに合致する一枚。ここで割り込まなければ、純愛の物語士カタリストの名が廃る!


「それは、【***】の愛する人が爆弾魔を罠にかけ、捕らえるための偽装で――」

「クックッ……インターセプトだ」

「なっ!?」


 ローブに覆われた男の手が、落花のカードにぶつけるように一枚のカードを宙に投げ入れる。【囚われた】というカードを。


「【***】の恋人の死因は、爆弾魔が一人だという思い込みにいたこと……」

「何だって……!?」


 フードの下から覗く男の口元が、にやりと醜悪な狂気に吊り上げられた。


「観念しろ……。貴様にもう逃げ場はないのだ……【流水 落花】!」


 刹那、落花の耳は、何かの風切り音が背後の空から迫ってくるのを捉えた。


「ッ!?」


 咄嗟に【***】の手を引き、落花は先程の爆発で生じた瓦礫の下に身を伏せる。次の瞬間、何かが地面に着弾し爆発する凄まじい音がびりびりと落花の鼓膜を揺らし、天を揺らすような爆風が彼女達の身体を吹き飛ばした。


「うっ……!」


 アスファルトの地面に叩きつけられ、全身に激痛が走る。


『! ら、落花さん、あれ……!』


 倒れたまま、【***】が顔を上げて何かを指さしていた。言われるがまま落花が目をやった、その先には――。


『キミ達が無様に逃げ惑う必要はない! 許すな、逃がすな、爆殺ぶっとばしましょう! ロケットランチャー仮面だ!!』


「あ、あれは――!?」


 覆面で顔を覆い、巨大なロケットランチャーを肩に担いだ謎の男……!


「そんなっ……一つの場に二人の主人公を召喚するなんて……!?」


 瓦礫の中で上体を起こし、手札から起死回生の一手を探ろうとする落花の前に、くっくっと笑い声を上げながらフードの男が歩み出てきた。

 いや――違う。今度は男ではない。ロケットランチャーを担いだ覆面男のそばに歩み寄ったのは、先の男と同じ漆黒のローブとフードを身に纏った、細身の……!


「さあ、純愛の物語士カタリスト・【流水 落花】……。選ばせてあげるわ……。【Jail Fragment】の爆弾魔【囚人番号898】にバラバラにされるか……それとも、【瞬殺!ロケットランチャー仮面】の【ロケットランチャー仮面】に吹き飛ばされるか……どちらでも好きなエンディングをね……」


「くっ……。卑怯だぞ、2対1なんて……!」


 悔しさに唇を噛む落花の眼前で、ローブの男と女が並び立つ。ゆらりとした不気味な瘴気しょうきを纏わせながら。


「2対1……? 違うな……」

「我ら『BOARDボード』はにしてぜんぜんにして……」

「貴様も我らが一員となるのだ、【流水 落花】……」

「我らと交わり、一つとなって、共に物語をつむごうではないか――」


 男女の台詞は途中から一つに重なり、どちらがどちらの発言か落花には認識できなくなっていた。

 ローブの男女の隣には、囚人服の男とロケットランチャーの男がそれぞれ並び、射抜くような殺意の視線を落花達に向けてきている。


『本当は、キャラクターだけ綺麗に殺してやりたいけどさ……。俺が爆弾を作ると、決まって余分な犠牲者が出ちまうんだよ』

『コソコソと逃げ惑うキャラクターなど物語士カタリストごと吹き飛ばしてくれる! 喰らえ、開幕ロケットランチャー!』


 囚人服の男が爆弾を手にし、ロケットランチャーの男が肩の重火器を落花達に向けて構えた。


「っ……!」


 落花は手札に一瞬目を落とすが、この状況を覆す切り札は見当たらない。そもそも、敵のキャラクターが勝手に喋っている言葉には、カードでインターセプトを掛けることはできないのだ。

 【***】が怯えた目で落花の腕にしがみついてくる。万事休すと思われた、その時!


「――主人公召喚!」


 聞き慣れた若い男の声が、落花の耳に響いた。


「作品名【駄作バスター ユカリ】の【式部しきぶ 紫莉ユカリ】を召喚!」


 ざっ、と落花達の眼前に滑り込んできたの手元から、一枚のカードが宙空に投げ上げられ、まばゆい光を放つ。

 夜闇を塗り潰す真白い閃光に、落花が思わず目を閉じた、次の瞬間――


『オン・アラハシャノウ・ソワカ!』


 真言しんごんを唱える鋭く透き通った声が、冷たい空気を切り裂いて響き――


「!」


 うっすらと目を見開いた落花の視線の先、紫の燐光りんこう花弁かべんの如く散らし、は立っていた。

 妖気の風をはらんで揺れる紫の着物。月光を照り返すつややかな黒髪。

 身の丈ほどもある大筆をヒュンと一振りし、怜悧れいりな視線で敵を見据える白皙はくせきの美女――


「駄作バスター……ユカリ……!」


 震える唇でその名を呟いた落花の眼前で、吹き上がる妖気の風に乗り、美女の身体が紫の残影を引いてそらに舞う。


『おのれ!』


 ロケットランチャーの男が武器を構え、間髪入れず美女にロケット弾を放った。だが――その攻撃は美女が一振りした大筆に遮られ、彼女の遥か手前で爆散してしまう。

 着物の裾と長髪をばたばたと爆風に煽り上げられながら、美女はどこからともなく取り出した大量の御札おふだをばっと周囲に振り撒いた。


『なんて乱暴な作劇かしら。文脈を無視してロケットランチャーで敵を爆殺なんて、作家の風上にも置けない暴挙でしてよ。作者の顔が見てみたいものですわ!』


 宙を舞う御札の作り出す結界が、ばちばちと火花を上げてロケットランチャーの男を取り囲み――


「【式部 紫莉】の特殊能力、【悪文あくぶん退散たいさん】を発動!」


 ローブの男女が口元を歪めるのを横目に、は高らかに宣言した。

 の後ろに浮かぶ【式部 紫莉】のカードが一際まばゆい煌めきを放ち、同時に美女が大筆を振り抜く。


むらさき所縁ゆかりの大筆よ、文殊もんじゅ菩薩ぼさつ加護かごりて無知の闇をはらたまえ! ――悪文あくぶん退散たいさん!』


 美女の振り出す墨文字の渦が、文字の奔流ほんりゅうと化してロケットランチャーの男を飲み込んだ。


『ぐ……がぁっ……!』

るべき世界にかえりなさい、【ロケットランチャー仮面】。あなたもきっと……こうなることを望んでいたのでしょう』

『……!』


 巨大な武器もろともバラバラの墨文字に分解されて消滅する間際まぎわ、仮面に隠れたその顔が、なぜかふっと笑っていたように落花には見えた。


『……さて、残るは、その爆弾魔だけですわね』


 風に乗って颯爽と地面に降り立ち、美女――【式部 紫莉】が、ぎらりとした視線を囚人服の男に向ける。

 そして、地面に膝をついたままの落花の前に、が、すっと歩み寄って手を差し伸べてきた。


「大丈夫? 落花さん」

詠多朗えいたろう……! バカ、来るのが遅いんだよ!」

「そんな言い方はないだろ? せっかく、可愛い奴隷ちゃんのために、ご主人様が駆け付けてあげたっていうのに」


 黒縁眼鏡のレンズ越しに、彼の優しい瞳が落花を見下ろしている。

 落花は、引いていた血流が自分の顔面に戻ってくるのを感じながら、そっと彼の手を取って立ち上がった。


「くくっ……なるほど、物語士カタリスト・【本田ほんだ 詠多朗えいたろう】か。我らに牙を剥いたこと、すぐに後悔させてやろう……」


 ローブの男が不気味に笑い、女と連れ立ってきびすを返す。


「! 待て!」


 詠多朗が追いかけようとした時には、既に遅く――

 ローブの男女も、召喚されていた爆弾魔も、瞬く間に、闇に溶けるようにして姿を消してしまった。


「くっ……逃したか……!」

「詠多朗、何なんだよ、アイツらは!? ボクと【***】をこんな目に遭わせて――」


 実体化したままの【***】を助け起こしながら落花は問うたが、詠多朗もまた、険しい顔で首を振るばかりだった。


「僕だって分からないよ。でも、このままでは終わらせない……!」


 そこで、大筆を手にしたままの【式部 紫莉】が、ふいに落花達を振り返った。


『……仮面が、泣いていましたわ』

「えっ?」

『【ロケットランチャー仮面】のことよ。本来の彼は、社会の闇に苦しめられる犠牲者達の救済のためつかわされた、正義の使者……。あのロケットは断じて、罪無き少女を爆殺する武器ではありませんわ』

「じゃ、じゃあ、アイツらは……!」


 詠多朗のいきどおりに満ちた声が、落花の鼓膜を震わす。


「召喚した主人公の信念や思いを無視して、無理やり悪事を働かせてるのか……!」

『そんな。可哀想……』


 【***】が自分のことのように沈んだ顔をして、小さな拳をきゅっと握っている。そんな少女の肩に、【式部 紫莉】がそっと手を載せた。


かえりましょう、物語の世界に。あなたには暖かな暮らしが待っているわ』

『うん……』

『あとは頼みますわよ。?』


 白皙の美女は詠多朗の目を見て告げたかと思うと、【***】とともに、しゅうっと光に溶けて消えていく。


「僕、べつに駄作バスターじゃないんですけどね……」


 落花の前で詠多朗がふうっと一息ついたところで、横から別の声が飛び込んでくる。


「あら。あながち間違ってもいないでしょ?」

「師匠!」


 落花も詠多朗と一緒にその声の主を振り返った。夜闇を映したような黒いドレスに、月明かりに輝くロールの金髪。詠多朗の「師匠」の少女、【カタリナ・リーディング】だ。


「これから忙しくなるわよ。敵の正体を突き止めて陰謀を暴くまで、いちゃつく時間はないと思いなさい」

「べ、別にボク達、いちゃついてなんか……!」


 落花が思わずムキになって噛み付く横で、詠多朗は真剣な目で少女と向き合っていた。


「でも、師匠。あんな凶悪な物語士カタリストが居たなんて、どうして教えてくれなかったんですか」

「……呆れたわ。何を間の抜けたことを言っているのかしら」

「へ?」


 碧眼の少女は腰に手を当ててこれ見よがしに溜息をついたかと思うと、詠多朗と落花の顔を交互に見上げて、言う。


「貴方達、まさか気付いていないの? 敵が繰り出してきたのは、いずれも、通常の物語士カタリストの戦いでは召喚し得ないキャラクターだということに」

「何ですって? 師匠、それはどういう――」

「忘れたのかしら? 主人公カードとして物語士カタリストが入手しうるのは、★50以上の物語の主要キャラクターのみ。【瞬殺!ロケットランチャー仮面】は★47よ」

「ま、まさか……」


 落花と詠多朗はどちらからともなく顔を見合わせた。レンズ越しの彼の瞳が、緊張に硬直した自分の顔を映していた。


「そう、あれは通常ならこの世に存在し得ない主人公カード。それに、【Jail Fragment】のほうは★282だけれど、あの爆弾魔は主人公でも何でもないゲストキャラの一人……。つまり、子ブタちゃんにも分かるように言うとね」


 ぴしりと人差し指を立てた少女の金髪を、ひゅうと吹き抜けた夜風が煽る。


「あの敵は、物語士カタリストとはをやっていたってことなのよ」


 その言葉を聴いた瞬間、ぞくり、と落花の背にも悪寒が走った。

 今や、彼女もはっきりと認識せざるを得なかった。この世界の裏で、物語士カタリストの戦いを超えた邪悪な陰謀が動いていることを――。



(続く)



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※召喚キャラクター情報

(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


●** ***

・出典:******

・掲載URL:

・作者:**** 氏

・ジャンル:恋愛

・★:143(2018/03/14)



●囚人番号898(オーバーキル)

・出典:Jail Fragment

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054884003495

・作者:木古おうみ 氏

・ジャンル:SF

・★:282(2018/03/14)



●ロケットランチャー仮面

・出典:瞬殺!ロケットランチャー仮面

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/16816700428507714053

・作者:板野かも

・ジャンル:現代ドラマ

・★:47(2018/03/14)



●式部 紫莉

・出典:駄作バスター ユカリ

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/16816700428506399124

・作者:板野かも

・ジャンル:現代ファンタジー

・★:232(2018/03/14)

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