番外編 いつか私も、この街に

4-1 あやかし法廷

「――以上、原告の証言及び各証拠と照らし合わせれば、被告が労働基準法第39条に定める年次有給休暇の付与義務を怠っていたことは明らかである」


 弁護士白河しらかわ白狼はくろうの朗々たる声が、原告席から法廷に響き渡る。

 机の上の書面を手に取りもせず、後ろ手に胸を張った姿勢ですらすらと述べる彼のちは、トレードマークの真っ白なスーツに真っ白なネクタイ、どこで売ってるんですかと突っ込みたくなるような白縁のほそ眼鏡めがね。スーツの下襟ラペルに輝く向日葵ヒマワリはかりの金バッジだけが、全身白ずくめの装いの中で唯一異なる色彩を放っている。


「よって、原告は、訴状の通り、本件内容証明の発信日からさかのぼって二年分の――」


 樋廻ひまわり菜穂なほは、法廷の傍聴ぼうちょう席でノートを広げ、緊張の中で裁判の成り行きを見守っていた。

 当事者達を挟んで真正面には、黒の法衣ほういを纏った威厳ある裁判官の姿。……しかし、その真四角な顔が、普通の事件と違う「やれやれ」という諦めに満ちているように見えるのは、きっと菜穂の勘違いではないだろう。


「――を求めるとともに、今後の労働環境の改善を強く要望するものである」


 微塵みじんの恥ずかしげもなく言い切った白河の隣で、彼の雄姿に感激したのか、がよよよと顔を覆って泣き出した。

 頭の皿と背中の甲羅こうら、どこか愛嬌のあるきょろっとした目、黄色いクチバシ。比喩でもなんでもない本物の河童カッパが、緑の肌の上に服を着て着席しているのだ。


(……周りの人達も、よく落ち着いてられるなぁ……)


 膝の上に広げたノートにせかせかとメモを取りながら、弁護士のタマゴの菜穂は、ほぅっと小さな感心の溜息をついた。

 あやかし特区を擁する府県で弁護士登録したら、自分もこうした法廷に立つことになるのだろうか。この街に来るまで想像だにもしなかった、この冗談のような法廷に。


「では、被告側……」


 白河が着席した直後、裁判官は被告席に顔を向けた。そこでは、カッパ達の雇い主である水神すいじんが、腕を組んでふんぞり返っている。


 妖怪の当事者達の争いを裁く、新潟地方裁判所民事部の「あやかし法廷」。

 菜穂がこの場に足を踏み入れることになった経緯いきさつは、二週間ばかり前までさかのぼる――。

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