3-3 ご当地グルメ案内
「このあたり一帯が、
「ほう。思った以上に活気がありますね」
署から歩くこと十数分、新潟
雪乃がわざわざ「万代署の管内では」と断ったのは、信濃川の対岸、
「ここと古町とではどちらが栄えてますか?」
「んー、見方によるとしか言えないですね。若年層向けの商業施設が多いのはこっちですけど、大きな会社とか、昔からのアーケード街とかは古町に偏在してますから、甲乙つけがたいと思ってもらえればいいかと」
雪乃が答えると、イケメンエリートは「ナルホド」と頷く。
「いやなに、どこにどういう施設があるかは着任前に頭に入れてきたんですが、地元の方の体感までは外からは分からないですからね。大変参考になります」
「……はぁ。それは何よりです」
ナチュラルなエリート発言が逐一鼻につく片瀬だったが、これでも、この街のことを知ろうとしてくれている分だけマシな方なのかもしれない。ひょっとしたら、よその県警で同じように研修しているキャリアの連中は、「こんなイナカのことなど覚えても仕方ないですね」くらいのことは平気で言い放っているのかも……なんて思ってしまうのは、さすがに行き過ぎた偏見だろうか。
「
と、後ろから西尾係長の声。彼はポケットに両手を突っ込み、ぶらぶらと二人の後ろを付いてきていた。三人とも
雪乃が振り返って「心得てますよ」と答えると、片瀬が「みかづき?」とその言葉をオウム返しする。
「それが、西尾係長お勧めのお店ですか」
「ああ。新潟で一二を争うイタリアンら」
係長の含み笑いを、エリート様のご
雪乃らの案内でバスセンタービルのエスカレーターを上がる
(まったく、西尾さんも人が悪いなぁ……)
上官命令に従って雪乃が目指していたのは、新潟市民なら知らぬ者はいないファーストフード店「みかづき」である。ちょうどバスセンターが改装中で、「みかづき」万代店は同じ階の仮設店舗に移っているのだが、仮設の方が元の店舗よりよほど広くて小綺麗だという評判もある。
「ハイ、こちらですよ」
ガラス張りの店舗に掛かる「Italian みかづき」の赤い看板を見て、片瀬は案の定、「ふむ?」と目を
「新潟には
平日だが、お昼時ということもあり、店内のテーブルは半分以上が埋まっていた。雪乃らがレジカウンターに片瀬を
「和風きのこイタリアン、シーフードカレーイタリアン……?」
メニューには勿論写真もついているが、ソースのかかった麺を楕円形の深皿容器に入れたその絵面だけでは、県外の人がその実態を理解するのは難しいだろう。この料理を「イタリアン」と呼称するのは、世界広しといえど新潟県民だけである。
「……?」
これのどこがイタリア料理だ、とでも言いたげな顔で首を捻っている片瀬。店員も空気を読んで何も言わずニコニコしているだけ。
くくっと笑いが漏れそうになるのを抑えていると、西尾係長が横から「俺のお勧めはカレーイタリアンら」と口添えしていた。雪乃もすかさずそれに乗っかる。
「ホワイトイタリアンも美味しいですよ」
「……ナルホド。要はパスタのファーストフード版ですか。だから
惜しいかな、インテリ様の理解はややニュアンスが異なっていた。
「この料理自体を『イタリアン』って呼んでるんですよ。イタリア料理のお店ってことじゃなくて」
「……ふむ、ジャンル名でなく料理名なんですね。じゃあ、最初ですから、僕はこのスタンダードなイタリアンを」
精一杯のクールさを保ってオーダーをし、何やら高そうな財布から千円札を取り出すエリート様の横顔は、少なくとも講堂の壇上で自己紹介をしていた時よりは生身の人間らしく見えた。
席に着いてものの数分で、店員が三人分のイタリアンを持ってきてくれた。プラスチックの楕円容器に収まって湯気を上げるイタリアンと、紙パックの飲み物、白いプラスチックのフォーク。片瀬と雪乃は普通サイズにしたが、西尾係長はカレーイタリアンを大盛りにした上にフライドポテトまで付けている。
「エリートさんは知らんらろ、こういう店。マクドナルドも食べたことないんじゃねっか」
「そんなことありませんよ。僕だってファーストフードのお店くらい入ります」
「そうか、そうか。じゃあ、この街のソウルフードを召し上がれ」
各々がイタダキマスの挨拶をして、いよいよ食事開始と相なった。
雪乃のメニューは昔からお気に入りのホワイトイタリアン。太麺に絡むホワイトソースがクセになる味である。係長が言った通り、まさに県民のソウルフードであるこの「イタリアン」は、キャベツやもやしが豊富に入っていて、健康に良さそうな感じがするのも嬉しいところだ。
「どうですか? 片瀬係長」
雪乃が問うと、若者は素直に「なかなかイケます」と頷いた。
「でも、イタリアンと言う割に、パスタの麺じゃないですよね。何ですかこれ?」
「ベースは焼きそばの麺ですよ」
「焼きそば?」
手にしたフォークを不思議そうな目で見て、彼はまたしても首を捻っている。
「焼きそばにトマトソース? で、フォーク? なんでまたそんなことを……」
「それは長ーい歴史があるんですよ。昭和30年代、ここの初代社長さんが、東京で流行ってたソース焼きそばをアレンジしてスパゲッティ風にして出したのが始まりなんですって」
「まあ、イタリアンと聞いてこっちが先に思い浮かぶようになったら、新潟人の仲間入りってとこらな」
なんだか県民ショーのようなノリになってしまったが、東京のエリート様がほうほうと真剣に頷きながら話を聞いてくれるのは、悪い気持ちはしなかった。
「そんで、長岡の方に行く機会があったら、『フレンド』のイタリアンも一度は食べとくといいろ」
「フレンド。それもイタリアンの専門店ですか」
「あぁ。みかづきは下越、フレンドは中越で展開してるんさ。最近は互いのテリトリーに進出する動きもあったり……あぁ、でも、
だっけか?と言われても、雪乃も「さぁ」としか答えようがないが……。どうやらこの話題はインテリの知的好奇心をくすぐったらしく、片瀬は若干身を乗り出すようにして話を聞いていた。
「興味深いですね。ご当地グルメの世界にも、血で血を洗う縄張り争いがあるわけですね……」
「イヤ、フレンドとみかづきは仲いいんですよ」
「ほう? 商売敵なのに?」
「なんか、カタキって言うよりは、協力しあうライバルみたいな感じですかね? よくイベントでコラボとかしてますよ」
「ほー……」
目をぱちくりとさせる片瀬の様子が
それから、各々の皿がカラになり、さあそろそろご馳走様かな、というタイミングで西尾係長が動いた。
「それで、片瀬係長は妖怪は好きなんか、嫌いなんか」
天気の話でもするかのような、実に自然な切り込み方だった。
エリート様は飲み物のカップを置き、周囲をちらちらと見回してから、声のトーンを落として言う。
「……率直に言っていいのなら、現行のあやかし特区の制度はナンセンスだと思っていますよ」
言葉通り率直な物言いに、雪乃は思わずヒヤリとした。
「妖怪というものが現に存在する以上、人間社会における彼らの立ち位置を定義しなければならないのは分かります。しかし、彼らに人間と同様の財産権を認めるのなら、人間と同様の納税義務や勤労義務も課して然るべきです。権利は
雪乃とて、こんな仕事をしていれば、似たような批判意見には何度も出くわしたことがある。しかし、片瀬の言葉は誰かからの借り物ではない、彼自身の哲学の発露であるように感じられた。
「……まあ、そういう見方もあるかもしれないですね」
そして、恐らくは西尾係長も同じことに勘付いたに違いないが――
それだけじゃないな、ということに雪乃はすぐにピンときた。
妖怪と人間の共存に関して、この片瀬という若者は理屈以外の部分で何らかの私情を抱いている。そう、恐らく彼は、妖怪という存在を憎んでいる――。
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