2-6 シンプルな答え
「うーん……やっぱ東京だけかぁ」
妖怪達のレッスンの解散後、朱夏はアイドル特別講師の笠井教諭と並んで夜の古町を帰りながら、スマホで情報を検索していた。
濡れ女達のアイドルパフォーマンス計画に、今になって立ち込めてきた暗雲。晴れた日の昼間は濡れ女が野外で活動できないという、シンプルにして致命的なその問題を解決すべく、映画の撮影などで使われる雨降らし機のレンタルサービスを調べていたのだが……。
「歩きスマホは危ないですよ、山際さん」
「ちょっとくらい大丈夫ですって。……そのちょっとも、もう終わりました」
スマホをバッグに仕舞い込み、朱夏は小さく溜息をつく。
「やっぱり、そういう機材とかをレンタルしてる会社って、東京くらいにしかないみたいです。あとは東京の会社の北海道支社とか」
「ふむ? ということは、その東京の会社は、陸路で来られる所なら来てくれるんじゃないですか?」
「ちょっと、費用が現実的じゃないかなって。それに、こんな急にお願いしても、多分予約埋まっちゃってますよ」
朱夏が答えると、笠井氏は「ナルホド」と得心した様子で呟き、それ以上は追及してこなかった。
実際、朱夏がネットで調べた会社では、4トントラックに水のタンクと放水機材を積んで来てくれるサービスもあるようだったが、東京から330キロ離れたこの街にそれを呼び寄せるのはあまりに非現実的だろう。
田中角栄の時代から四十年余り。あと一週間ほどで令和の時代を迎える今となっても、東京から新潟は遥か遠い。
――あたしも完全に夜中のつもりでいたわァ。こればっかりはねぇ……――
濡れ女の残念そうな声が、朱夏の耳の奥にいじらしく残響を残している。
ステージが昼間であることを真っ先に伝えておかなかったのは自分の落ち度だ。せっかく濡れ女や他の妖怪の皆がやる気になってくれているのに、ここまできて手詰まりというのは避けたいが……。
「なんか、ままならないって感じですよね。晴れてほしい時には降るのに」
「新潟エイトミリオンのお披露目の時と逆の奇跡があればいいんですが……」
と、何だかよく分からないことを言ってきた。
「何ですか? それ」
朱夏の聞き返しに、笠井氏は表情を変えないまま答える。
「四年近く前に、『みなとぴあ』で新潟エイトミリオンのお披露目イベントがあったんですが、そのときは直前まで土砂降りでしてね」
「へぇ。あそこでお披露目やってたんですね」
「ええ。でも、ファンの祈りが通じたのか、開演の直前になったらピタっと雨が止んでね。
「? ユキリンが何か関係あるんですか?」
「おや、ご存知ないですか。彼女、雨女で有名なんですよ。新潟に兼任して早々、また伝説を作るところでしたが――」
オタク特有の饒舌な語りにふむふむと耳を傾けながら、朱夏は何とはなしに、信濃川の下流、アイドルグループのお披露目イベントがあったという場所の方向を遠く眺めていた。
「みなとぴあ」こと新潟市歴史博物館とその前の芝生広場は、今度のイベントが行われる
「――雨が止んだ直後、メンバー達はベアトリス号で信濃川を下って会場に現れたんですよ。いや、あれはこの街ならではのサプライズでしたね」
笠井氏の
有史以来、水運とともに栄えてきたこの街。それなのに、自分達はそこで水が無くて難儀するなんて。こんな皮肉もそうそう――
「あっ、そうか!」
瞬間、脳裏に閃くものがあって、朱夏は声を裏返らせた。
「ど、どうしました?」
「……わたし、バカでしたよ。こんなことに気付かなかったなんて」
濡れ女は雨の日に出没する妖怪。だから彼女に日中活動してもらうには雨を降らせるしかない――と、その考えだけに囚われていた自分が
当日たまたま雨が降る奇跡になど期待しなくとも。東京から雨降らしの機材など運んでこなくとも――
この街でも、いや、この街だからこそ、出来ることがある。
「雨なんて要らないですよ。だって、ホラ」
萬代橋の手前に立ち、朱夏は夜闇と街灯を映した信濃川の流れを指差す。笠井氏も「あぁ」と得心した顔になって、ふっと口元を吊り上げてきた。
「確かに。人の固定観念とは怖いものです」
朱夏は彼と顔を見合わせて互いに頷き、すぐさまお化け屋敷へと取って返した。
当日のステージを成功させるシンプルな方法を、あの愛すべき妖怪達に伝えるために。
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