1-6 解決の糸口
「わたし達、2年3組を挙げて、座敷わらしを受け入れましょう」
木曜日の朝、教壇に上がった南雲ミカは、クラス一同に向かって真面目な顔で切り出した。昨夜の内に妙恵と打ち合わせした「作戦」の提案を。
作戦といっても、座敷わらしがミカの家に、そしてこの学校に長く居てくれるよう、居心地を良くしてあげよう――その程度の内容だ。ただし、座敷わらしが南雲家に憑いていること自体は、クラスの皆には秘密である。
妙恵が教壇の傍らに立って見守っていると、ミカはレンズの奥の目をきらりと光らせ、さらに皆に向かって続けた。
「そのために、まず、わたし達は、この中にいる座敷わらしを『見つけてあげる』必要があります」
クラスの他の子達は、ぽかんと呆気にとられたような顔を一瞬見せたあと、口々に苦笑いに転じた。
「委員長までセンセーみたいなこと言い出した」
「東京のノリが
ミカは決してクラスで疎まれたり避けられたりしているわけではない。からかうような反応を示すクラスメイト達の表情も、仲間への茶々入れの域を出てはいなかった。
とはいえ、皆がすんなり彼女の提案に同調するわけでもないというのは、概ね事前に妙恵が危惧していた通りではある。
「ウチの親も言ってたっけね。座敷わらしの一人や二人、放っとけば出て行くって」
「そーそー。大体、委員長も昨日はあんな感じだったじゃん。センセーに
随分と中学生らしくない言葉を使う子もいる……。妙恵が「してないわよ」と首を振る横で、ミカも「違うって」と冷静に答えていた。
「だって、ここは『あやかし特区』の学校だよ。そういう取り組みは肯定されてしかるべきです」
「……まあ、そうらけどー」
事前の作戦通り、ミカの若干カタめの正論は、クラスの皆の茶々入れを一旦封じる効果があった。あとはもう一押し……。
「座敷わらしは幸運を招くって言います。このまま座敷わらしが教室に居てくれたら、このクラス全体にもいいことがあるかもしれません」
中二ながら堂に入った演説者のような空気で、ミカは教卓に白い手をついて皆を見渡していた。
「逆に、座敷わらしが離れていったら、わたし達にも何か良くないことが起こるかも……」
ちゃっかり自分も少し怖がるような顔を作ってみせるミカに、教室の空気が一気に傾くのがわかる。
「……ビビらすなよ、委員長ー」
「けど、座敷わらしを見つけるって、実際どうやって?」
女子の一人がその疑問を差し挟む頃には、既に、ミカの主張する座敷わらし受け入れプランに表立って異を唱える者は居なくなっていた。
(……南雲さん、やるなぁ)
妙恵は思わず目を見張った。こういう流れでクラスの皆を引き込むのは、半分は妙恵が考えた手筈だったが、ミカは予想以上に上手く作戦をやってのけていた。
とはいえ、問題はここからだ。
昨夜ミカの家で対面したあの座敷わらしは、今はクラスの中に紛れて見分けもつかない。教室のどの顔も見知った顔に見えるのに、昨日会ったあのおかっぱ頭はどこにも見当たらないのだ。
この不思議な力を持つ妖怪を、どうやって集団の中で特定するか……。そこまでは、ミカとの昨夜の打ち合わせの中でも答えは出ていなかった。
「……少なくとも」
言いかけて、ミカがちらりと妙恵に視線を振ってくる。その顔は、教師の助け舟を欲しがっているふうではなく、むしろ微かな自信と余裕に満ちて見えた。
「座敷わらしが男子か女子かを調べることはできます」
「え?」
妙恵は生徒達と一緒に声を上げてしまった。ミカは一体何を……?
「今日は四時間目に体育があるでしょ。男女それぞれで人数を数えてみて、人数が増えてる方に座敷わらしが居るってこと。……男子か女子かが分かったら、あとはその中で突き止めていけばいい」
「……おおっ」
「委員長スゲー!」
ミカの述べたアイデア一つで、皆の盛り上がりが最高潮に達する。生徒の中には拍手を贈る者までいた。
「……スゴイわね、南雲さん」
妙恵が素直に感嘆を言葉にすると、ミカはこちらを見て、ふっと口元を
何が凄いといって、ミカ自身は既に座敷わらしが女の子であることを知っているのに、敢えてそれを皆で突き止めようという流れに持っていったこと。そして何より、こうして少しでも座敷わらしの特定に近付けそうなアイデアを出すことで、「できそう」という雰囲気に全員を乗せたことだ。
人は、「やりたい」「やらねば」の動機に「できそう」の実感が伴わなければ動かない――妙恵が今までの教師生活の中で見出してきた法則のようなものを、知ってか知らずかミカはあの歳で使いこなしている。大人びたキャラはフリだけじゃないな、と、わが教え子ながら改めて彼女の才覚に感心させられた。
「じゃあ、体育の時間に、男子女子それぞれで人数を数えてみましょう。……先生、ありがとうございます」
ぺこっと小さく頭を下げて、ミカは皆の喝采の中でスタスタと自分の席に戻る。にこっ、と一瞬妙恵に笑顔を向けてきた彼女が、妙恵には昨夜の座敷わらしの楽しそうな微笑みと被って見えた。
「南雲さん、ありがと。座敷わらしの受け入れプラン、先生も応援するわ」
昨日からミカと自分がグルだなんてクラスの誰も思わないだろう――と、心の中で小さく舌を出しつつ、妙恵はホームルームの続きを引き継いだ。
ミカのプランを歓迎している皆の中に、昨日のおかっぱ少女は何を思いながら紛れ込んでいるのだろうか、なんて考えながら……。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「ほー。昨日の今日で面白いことになってるじゃないですか」
妙恵が委細を話すと、向かいに座る学者眼鏡の
「そうなんですよ。笠井先生がヒントを下さったおかげです」
ありがとうございます、と妙恵は礼を述べたが、彼は「いやいや」と空いた片手を振るだけだった。
「実際に南雲さんちに訪問して事態を動かしたのは羽切先生でしょう。僕は座敷わらしの性質を述べただけですよ」
片手でくいっと眼鏡を直し、笠井は続ける。相変わらず、見た目だけは整っているのにオタクっぽい喋り方をする人だ……。
「それにしても、流石は南雲さん、一味違いますね。よくあるドラマなんかだと、家業の繁栄よりも親との触れ合いが欲しいと言って涙の一つも
「そんな陳腐なヒューマンドラマみたいなこと言いません、ですって」
ミカの苦笑交じりの笑みを思い返し、妙恵は言った。
「ははっ、あの子らしい」
マウスをカチカチやっていた手を止め、笠井は「羽切先生」と改めて妙恵の顔を見てきた。
「どうです、妖怪のいる街での仕事も、案外悪くないでしょう」
「まあ、そう……ですね」
妙恵には、敢えてそれを否定することはできなかった。
人騒がせな存在と思われた座敷わらしも、いざ対面して話してみると悪意はないように思えたし。妖怪の存在と向き合って答えを出す教え子の姿もまた、教師として支えがいを感じないといえば嘘になる。
……あとは、せめて。
せめて、妙恵自身の部屋に出る謎の音さえ解決できれば、もう少しこの街での暮らしにも愛着を持てそうな気がするのだけど……。
「……どうしました?」
「あ、いえ……。わたしはわたしで、自分ちに出る妖怪のことで、ちょっと」
「ほう?」
妙恵がぽろっと漏らした言葉に、オタクっぽい同僚教師はきらりとレンズを光らせて食いついてきた。
「先生の家にはどんな妖怪が?」
「いや……妖怪が居るのかどうかも、よく分かんないんですけどね。毎晩変な音がするんです。こぉん、こぉんって」
ひとたび話題に出してしまった以上は説明しない訳にもいかず、妙恵は己の身に起こる怪異について打ち明けた。
「……ナルホド。家のどこかから毎晩音が、ね……」
笠井の言葉は、既に何かを察しているように聞こえた。
「その音というのは、ひょっとして、
「へ?」
推理キャラの決め顔のような顔をして、笠井は言ってきたが――
「杵と臼……って、餅つきの?」
妙恵には、その現物をじかに見たこともなければ、音など聞いたこともなかった。
「そんなペタペタ系の音じゃないと思いますけど……」
「ん? ああ、いや、臼の音っていうのはねぇ、木と木を打ち付けるカタい音ですよ」
笠井に言われ、妙恵はハッと思い出した。確かに、あの音は、木と木がぶつかるような硬質の響きだった……。
「このあたりの風習に『六人
「イタチの六人つき……ですか」
妙恵は急いでその言葉を手元のメモ用紙に書きつけた。笠井が例によってニッと真っ白な歯を見せて笑う。
「今夜帰るまでに、ご自身でも調べてみるといいですよ。名を知った上で見れば、見え方も変わってきますからね」
さて、とパソコンを閉じて、笠井は席を立った。妙恵もそれに
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