第21話 灼熱!ドラゴンライダー、立つ

「ドラゴンブレイザー! 魔剣唐竹からたけ割り!!」


 風を掴み、重力に導かれて、必殺の剣が敵を捉える。俺の両手に返る確かな手応え――敵の鋼鉄の身体を確実に斬り裂いた実感とともに、俺は崩れゆく地面に着地する。がらがらとスリバチ状に崩壊を続ける地面の瓦礫が、俺と敵をもろともに飲み込んでいく。


「やったか……!?」


 崩壊の収まった地面の底で、俺が身を起こし顔を上げたとき――


「……ハッハッ、ハッハッハァ!」


 視界を覆う土煙の中に、絶望の影がゆらりと立ち上がっていた。


「そんなっ。確かに斬撃を――」

「ハッハッ、ランクZにしちゃあ意外とやるじゃねえか」


 濛々もうもうと立ち込める煙が晴れた時、俺の目に映ったのは、巨大な左の拳を手首から斬り落とされたゴリノコングの姿だった。


「! 片手だけ――」

「そう、てめぇは片手をやっただけだァ!」


 残った右手でぐっと俺の首元を掴み、ゴリノコングは凄まじい脚力で跳躍した。空中で俺の身体を放り投げて地面に叩き付け、敵はずしんと音を立てて地上に着地する。


「あぁっ……リザードマスクが……」

「ダメだ……この国はもう終わりだ……!」


 遠巻きに戦いを見守る市民達の悲愴な声が、強化聴力を通じて俺の耳に入ってきた。


《《トカゲ!》》


 王子が俺を庇うように立ち、敵に杖を向ける。俺は剣を握り、ふらつく身体を奮い立たせる。

 姫とフェーヤのワイバーンも上空から攻めの機会をうかがっていたが、魔法が直接効かない以上、先程のような間接的に打撃を与える形での奇襲しか出来ないのは俺も分かっている。あの怪人にダメージを与え倒せるのは、同じ改造人間である俺の物理的攻撃力だけだ。

 俺しかいない。この剣で、俺がやるしか……!

 俺が決死の覚悟で魔剣を構えたとき、ゴリノコングは未だにしゅうしゅうと煙を上げる左手首の断面を見下ろし、それからククッと笑って俺の剣を指さしてきた。


「俺ぁ勉強家だからよ、その剣の伝説も聞いたぜえ。その剣を作った神殺しのスニェークリンってのは、『悪魔の手』に魂を委ねた男なんだろ。ハッハッ、ジャアッカーだの第三新ノヴィ・トリーチだののチンケな悪とは違う、マジモンの悪魔にだがなァ」

「だったら、どうした……!」

「ククッ、つくづくお笑い草だと思ってよォ!」


 巨大な足で地面を蹴り、ゴリノコングが迫ってくる。俺が王子の前に飛び出して振るった魔剣の刃を、奴の右手ががしりと掴んで受け止めていた。


「悪の組織に改造されたてめぇが、悪魔に魂を売った野郎の剣を振るう……それで正義の味方を名乗るなんざァ、ヘソが茶を沸かすぜぇぇ!」

「くっ……!」


 みしみしと刃を押し返してくる奴の腕の力に、俺は両足を踏ん張って必死に耐える。敵の高笑いと、街の人々の絶望する声が俺の意識を塗り潰していく――そのとき。


「違うよ!」


 俺の耳を、聞き慣れた少女の声が叩いた。


「スニェークリンは、ラグナグラートのみんなに魔法を教えてくれたもん!」


 咄嗟に首を巡らせ、俺は声の主を視界に収める。人波をかき分けて、群衆の最前に出てきたのは、バスケットを買い物でいっぱいにしたオレーシャだった。


「それに、トカゲさんはいいトカゲさんだよ。だから――悪い人には絶対負けない!」

「オレーシャ……!」


 彼女と目を合わせた刹那、俺にただ一つ残った人間の部分――に、激情の炎が弾けた。


「はぁぁ……っ!」


 全身に力を込め、俺は剣を押さえつける敵の腕力に抗う。熱い血流オイルが五体を駆け巡り、人工筋肉が限界を越えて唸りを上げる。


「何っ、てめぇ――」

「おおぉりゃあぁっ!!」


 渾身の力で振り抜く俺の刃が、ごうっと赤い炎を纏い、敵の右手を振り払ってその胴体に傷を刻んでいた。


「ぐっ……! てめぇぇ、ザコが調子に乗るんじゃねぇぇ!」


 敵が怒り狂って飛び掛かってくる、その巨体を、次の瞬間――


「キャオオォォッ!!」


 炎を吐いて天上から舞い降りる、が押し倒した。


「!!」


 破壊しつくされた広場に翼で突風を吹き荒らし、ゴリノコングの巨体を押し倒し引きずる真紅の影。怒りにきらめくその牙が、ばきりと音を立てて、手首から先のない敵の左腕を噛み千切る。


「「リュウスケ!」」


 彼の名を呼ぶ俺の叫びに、オレーシャの叫びが重なった。


「キャアァオ!!」


 首をもたげて俺達を振り向き、噛み千切った敵の腕を彼がどしゃっと地面に吐き捨てたとき――


「ダメだ、逃げろ、ドラゴン!」


 上空のワイバーンからフェーヤの声が響き、そして。


「フハハァ! 死ねぇ!」

《《! 総員、防御魔法展開!》》


 地面に落ちた敵の腕――ジャアッカーの主力怪人の基本装備たるが、天地を埋め尽くす閃光を放ち――

 壮絶な爆音を上げて爆発し、周囲に破壊の渦を振りまいた。


「っ……!」


 誰を守りに飛び出すいとまもなく、俺の身体は爆風に跳ね上げられ地面を削る。


(オレーシャ……リュウスケ……!)


 すぐに起き上がり、俺は守るべきものの姿を目で探す。

 上空から姫とフェーヤが、地上から王子と魔導師達が一斉に魔法のバリアを展開していたため、街の人々は全員無事だった。だが、リュウスケは全ての魔力を出し切ったのか、腕に収まるサイズに戻って、焦げた地面に力なく横たわっていた。


「リュウスケ……!」


 俺が駆け寄って抱き上げると、彼は苦しそうに「キュウ」と鳴いた。

 力が保たないのも無理はない。朝も全力を出したばかりだし、一度に溜めきれる魔力では、まだ王都まで飛んでくるだけで精一杯なのだ。

 それなのに、幼い彼がここまで無理をして、俺の窮地に駆けつけてくれたのか……!


「ハッハァ、いいものを見せてもらったぜぇ、ザコトカゲ」


 爆発の残り火の中に悠然と立ち上がったゴリノコングは、片腕を失ってもまるで動じる様子もなく、高笑いを上げながら俺を見下ろしていた。


「ハハハァ、だが、てめぇも分かっただろう。仲間との連携、町娘の声援、ペットとの友情……そんな茶番で実力差をひっくり返せるのは、テレビのヒーロー物だけの話だってなァ!」


 残った腕を振りかざし、敵が迫ってくる。俺がリュウスケを抱いたまま身構えたとき、背後から王子の声が響いた。


《《竜を寄越せ、トカゲ!》》


 俺はハッと振り向き、彼の腕にリュウスケを投げ渡す。振り下ろされる敵の巨腕をかわして俺が飛び出し、取り落としていた剣を弾き掴んだ直後、


《《魔力開放――〈真・価・満・帆チイトース・スルパールチェヴィ〉!!》》


 王子の杖から、血の赤と瞳の青を絡めた二条の光が輝きを放って溢れ出し、宙に放り上げられたリュウスケの身体を直撃していた。


「っ――!」


 敵の拳を剣で受け止めた俺の視界を、一瞬、二色の光が塗り潰し――


「ギャアアァオ!!」


 次の瞬間には、頭の上から尾の先、大きく広げた翼の先までを灼熱の炎に染め上げた巨大な火焔竜フレイムドラゴンが、天をく咆哮をびりびりと響かせ、力強い足で敵を掴んで空へと舞い上がっていた。


「リュウスケ……!?」


 激しく炎を吐いて飛翔するドラゴンを、地上の誰もが驚きに満ちた目で振り仰ぐ。俺は咄嗟に王子を振り返った。


「あれって、フェーヤさんしか使えないんじゃ――」

《《馬鹿を言うな。彼女に実戦を教えたのはこの私だ》》


 そして、彼はどさりと片膝を付き、大きく息を吐き出してから、俺の仮面を見上げてくる。


《《言っただろう。戦力というのはな……使うべきときに使わなければ意味がないのだ!》》

「……はい!」


 彼の本気が、リュウスケの本気が、皆の本気が俺の背を押している。

 俺は魔剣を握り締め、上空から敵を抱えて急降下してくるリュウスケと視線を交わした。彼がバッと爪を開き、敵の身体を解放リリースする。地上で待ち受ける俺の剣閃が、重力に引かれる敵の巨体を縦一文字に斬り裂く。

 まだだ!

 地響きを立てて地上に落下した敵が、白煙の中に身体を起こす。身体の正面に灼熱の刀傷を刻まれ、それでも戦意を失わない鋼の怪人が、隻腕を振りかざして怒りのままに突っ込んでくる。


「ハッ!」


 炎を纏う剣で俺はその拳を受け止めた。先程は押し戻されるだけだった俺の剣が、ぴしぴしと音を立てて敵の鋼の拳に食い込んでいく。


「頑張って、トカゲさん!」


 背後からオレーシャの声が響いた。それに続いて、せきを切ったように、街の人々の声援が俺の背に浴びせられる。


「負けるな!」

「頼む……」

「行けっ……!」

「頑張れ、リザードマスク!」


「――ハァァァッ!!」


 俺の闘志に呼応するかのように、邪竜の剣からさらに激しい炎が立ち上る。敵の身体には通じなくとも、その炎は俺と敵を囲む灼熱の渦となって、皆の心を焦がすように轟々と燃え上がった。


「なぜだ、てめぇ……!」


 俺の剣の圧力に拳で抗いながら、ゴリノコングが野太い声を響かせる。


「俺達は悪の怪人……人間を虐げて血と涙を巻き上げるのが生き甲斐じゃねえのか!」

「そうだな……怪人としてはお前の方がずっと立派なんだろう……。それでも、俺はお前を……倒さなきゃならないんだ!」


 ばきっと音を立てて、炎の剣が敵の拳を打ち砕く。留まることなく斬り進む俺の刃が、敵の右腕を肩口まで真っ二つにした。


「わからねぇ……てめぇ、一体何のために!?」

「人間の自由と、平和のためだっ!」


 剣を地面に突き立て、俺は地を蹴って跳躍する。低空に滑り込んだリュウスケの背中に降り立ち、彼の炎を纏ってさらに高空へと舞い上がる。

 地上を見下ろすと、王子の青い瞳と目が合った。


《《決めろ、!》》


「トォッ!!」


 烈火の嵐に身を包み、俺は飛び出す。リュウスケの吐き出す灼熱のブレスが、炎のオーラと化して俺の身体を覆い、巨大な竜の爪のシルエットを形作る。


「終わりだ、ゴリノコング!」


 炎の推進力を得た俺の飛び蹴りが、灼熱の火矢と化し――


「リザァァァド・灼熱ドラゴンキィィック!!」


 地上に待ち受ける敵を、あやまたず撃ち貫いた。


「グ……ギ……!」


 瓦礫を巻き上げて着地した俺の背後で、胴体に風穴の空いた敵の巨体は、ゆらりと倒れ――


「ギアァァァァッ!!」


 断末魔をかき消す壮絶な爆炎を噴き上げて、大爆発の中に砕け散ったのだった。





「……ハァッ、ハァッ」


 めらめらと燃え続ける炎の中、俺は満身創痍の身体を押さえてゆっくりと立ち上がり、変身を解除して素顔を風に晒した。

 リュウスケがそばに舞い降りてきて、キャオォと一鳴きして小さな姿に戻る。足元の彼を抱き上げて、俺は粉々になった敵の残骸を見やった。皆を大いに苦しめた怪人ゴリノコングを、俺が……いや俺達が倒したのだ。


「トカゲさぁん!」


 黄色い声に振り向くと、オレーシャが俺に飛びついてくるところだった。リュウスケを抱えたままの俺は腕を広げることもできず、加減を知らない彼女の飛び込みをもろに胴体に食らって、そのまま押し倒される格好になった。


「うおっ!」


 平然と俺の身体に組み付いたまま、不思議ちゃんは栗色の髪を風に揺らして言ってくる。


「トカゲさん、よかった。街の皆も、ありがとうって」

「え?」


 俺は彼女をそっと押し戻して上体を起こし、周囲を見た。遠巻きに戦いを見ていた人々が、一人また一人と歩み出て、ぱちぱちと俺に拍手を浴びせてくる。


「ありがとう、リザードマスク!」

「私達のために戦ってくれて……本当にありがとう!」


 拍手と歓声の洪水は鳴りやまなかった。俺が恥ずかしさに顔を伏せると、すかさずオレーシャが「ダメだよ」と俺の鼻先をつついてきた。


「トカゲさん、ヒーローなんだから、堂々としなきゃ」

「あー……」


 まあ、そうだよな……。

 俺が気恥ずかしいのを抑えて身を起こそうとしたとき、背後にばさりとワイバーンの降り立つ音がした。


「そうですわ。あなたはラグナグラートの守り手、救いのヒーローなのだから」

「もっと胸を張りなってぇ、トカゲくん」


 ポリーナ姫とフェーヤが、人々に合わせてゆったりと拍手しながら俺に近付いてくる。


「そうすれば、キミをさせてあげたい女子が国中からたくさん押し寄せるだろうからさぁ」


 マッド女の余計な一言に苦笑いしつつ、俺はリュウスケを抱えて立ち上がった。人々が道を開ける中を、パルス王子が魔導師に肩を借りて歩み出てきて、俺の前に立った。


「よく戦ってくれた、

「こちらこそ、ありがとうございます……って、あれ、結局トカゲ呼び?」

「これからも、我がラグナグラートのため、我らと共にふぃからひゅふぃてくれ」


 白い布で隠した口元を、彼がふっとほころばせたのが分かった。


「……もちろん」


 彼の差し出してくる手を、俺はかたく握り返す。

 街の人々の拍手が、いつまでも俺達を包んでいた。


 戦いはまだ始まったばかりだ。クラブシザーズと名乗るハサミ野郎との決着、それに南の勢力との抗争の終わりがいつ訪れるのかは分からない。

 それでも、やれる限り戦ってみよう。この目に映る人々の笑顔を、精一杯守ってみよう――

 嬉しそうに微笑むオレーシャの頭をそっと撫でて、俺こと十影とかげ竜平りゅうへいは、この日、正義のヒーローとしての決意を新たにしたのだった。



【第一クール 完】

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飛竜戦士リザードマスク ~怪人ザコトカゲだった俺が異世界で無敵のドラゴンライダーになった話~ 板野かも @itano_or_banno

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