第20話 猛威!豪腕ゴリノコング

「ハッハッハァ! 食らえぇ、ザコトカゲ!」


 野太い高笑いとともに、生ぬるい空気を引き裂いて鋼鉄の拳が迫る。間一髪、大振りな初撃をかわして身を引いた俺は、即座に変身ベルトを出現させて叫ぶ。


鎧閃がいせん!」


 変身と同時に腰の魔剣を引き抜き、俺は敵に斬りかかるが――


「フハハハァ! ランクZのお前が、笑わせるなよォ!」


 横薙ぎに胴体を狙った斬撃は、敵の装甲に容易く弾き返され、


「なっ!?」

「な、じゃねぇ! 当たり前の実力差だァ!」


 再び迫る敵の拳が、今度こそ俺の胸を直撃していた。


「がはっ……!」


 廊下の内壁に背中を叩きつけられたと思った次の瞬間には、崩れ落ちた俺の身体を敵の巨大な足が踏みつけていた。


「ぐっ!」

「さぁて……」


 重たい足でぎりぎりと俺の抵抗を封じたまま、ゴリノコングは杖を構えた王子達にぐるりと頭を向ける。


「王子と姫は生け捕りにしろと言われてるからなァ……せいぜい、他の奴をなぶり殺すとするかァ!」


 味方の間にびりっと緊張の火花が走る。敵の足の圧力から脱しようと藻掻もがく俺の眼前で、フェーヤが光のバリアを展開しながらざっと前に出た。


「殿下、姫様、退避を! わたしが食い止めます!」

《《ならん! この牢を潰してでも全員で生還する! トカゲ、貴様もだ!》》


 王子の魔法の声が鋭く響く、次の瞬間には、彼と姫がこちらに向けて杖を振り抜いていた。


《《崩落スプラーカ!》》

操作ヤツィラーピア!」


 王子の杖から白い光がほとばしり、崩れた天井が瓦礫と変わって俺達の上に降りかかる。敵がたじろぎ、僅かに足の圧力が弱まった瞬間、床に散らばっていた鎖がぐるぐると俺の足首に巻きつき、俺の身体を瓦礫の雨の中から引きずり出した。


《《逃げるぞ!》》


 剣を支えに身体を引き起こし、俺は一同の最後尾しんがりを走った。先頭を駆ける王子が杖を後方に向け、天井の崩落を起こし続けている。


「ウホホォォ! 舐めた真似をォォ!」


 崩落の音に負けない怒声を張り上げて、ゴリノコングが瓦礫を薙ぎ払って追いかけてくる。廊下を走りながら俺は振り向き、無駄と知りつつ剣から炎の斬撃を飛ばしてみたが、敵は怯んですらくれなかった。

 敵が力任せに瓦礫を掴み上げ、こちらに向かって投げつけてくる。


「ヤバっ!」


 俺は寸前のところで瓦礫を斬り払った。敵は尚も唸り声を上げて追いすがってくる。廊下を駆け抜け、地上へ繋がる魔道階段に俺達が跳び乗ったとき、看守の魔導師がざっと立ち止まって最後尾に出た。


「! 何を!?」

「皆様はお逃げください! ――生成チヴィトーガズイ!」


 彼の振り出す杖から光が放たれ、床に降り積もった瓦礫が敵の眼前に壁と化して立ち上がる。


《《馬鹿な! 貴様も早く来い!》》

「自分が連れ戻します!」


 案内役の魔導師が、動き始めた魔動階段から飛び降りて看守に駆け寄る。その瞬間、


「ウガアァァッ!」


 敵の咆哮がけたたましく轟いたかと思うと、看守の生成した壁が凄まじい音を立てて向こう側から爆裂していた。


「っ!!」


 濛々もうもうと上がる白煙の中から、ゴリノコングの巨大な影が飛び出してくる。その双腕に二人の魔導師の身体を掴み上げ、みしみしと締め付けながら。

 ばきっと嫌な音が立て続けに響いて、二人が血を吐いて事切れる。凄惨な光景に目を背ける間すらなく、ゴリノコングは二人の身体をゴミのように放り捨て、ダッと跳躍して魔動階段の下端にしがみついてくる。


《《飛ぶぞ、トカゲ!》》


 王子が俺に手を差し出してくるが、俺は階下に取り残された二人の身体から目を離せなかった。


「助けないと――」

《《もう死んだ!》》


 王子は強引に俺の腕を掴んだ。瞬間、ぐおんと引き上げられる感覚がして、俺達の身体はロケットのように地上に向かって真っ直ぐ飛翔していた。

 同じく飛翔魔法を唱えて追ってきた姫とフェーヤが、ばしゅっと杖を下に向け、ゴリノコングの取りすがる階段を崩落させる。


「だって、治癒魔法とかあるんでしょ!?」

「死んだ者は生き返らないよ、トカゲくん。それが世の摂理だ」

「だから生きるのですわ。散った者の分まで、懸命に」


 地上階へ飛び出すやいなや、王子は俺の身体を放り出し、地下への入口に向かって杖を構えた。周囲の壁がべきべきと音を立てて引き剥がされ、地下への空間を埋める蓋となって積み重なってゆく。

 身体を起こした俺の眼前で、姫とフェーヤも杖を地下に向けて構えていた。


《《封印魔法――》》


 王子が声を発しかけたとき――


「! ダメだ、来ます!」


 フェーヤの叫びに続いて、積もった瓦礫が下から噴き上がり、巨大な影がばっと飛び出す。

 ずしんと地響きを立てて地上に降り立ったのは、無傷のゴリノコングの巨体だった。


《《何て奴だ……!》》


 敵を睨んで間合いを測る三人の前に、俺は魔剣を構えて飛び出す。これ以上、この敵に好き勝手させる訳にはいかない!


「お前が殺したいのは俺だろ! 他を巻き込むな!」

「あぁ? 何言ってやがる、てめぇ」


 勿体つけず振り抜かれたゴリノコングの拳が、ばきっと俺の身体を後方に吹き飛ばす。魔導院の建物の壁を貫き、俺は野外の地面に叩きつけられた。

 顔を上げる俺の前に、ゴリノコングは壁を壊して悠然と歩み寄ってくる。外の魔導師達がたちまち騒ぎ始めていた。


「ハッハッ、逆だよ、逆。俺はお前を殺しに来たわけじゃねえ。適当に痛め付けて、力の差を見せつけてやってるだけだ。俺がてめぇをぶっ殺すのは……俺の持ってきたをてめぇが断った瞬間だな」

「誘い、だと……?」


 俺は立ち上がって剣を構えた。視界の向こうでは、戦いに入ろうとする魔導師達に王子が退避を命じている。

 はっはっとゴリノコングは高笑いし、太い指でびしりと俺を指さして言った。


「お前もに来やがれ、ザコトカゲ。第三新ノヴィ・トリーチラグナグラートってのは、なかなか居心地のいいトコだぜぇ」

「! お前、やっぱり南に――」

「あぁ、そうよ。バイカーマスクの野郎、この俺をバイカーキックで倒せねえで、苦し紛れにあの時空転移マシンに叩き込みやがってよぉ。気が付いた時には、俺は南の城に拘束されてたってわけよ」


 ゴリラを模した仮面マスクから愉悦に満ちた笑い声を上げ、ゴリノコングは饒舌に語り続ける。やはり、俺と同時に異世界に来た存在というのはコイツだったのか――!


「異世界に来ちまったと分かった時は、どうなるかと思ったがよ……くっくっ、あっちに落ちてよかったぜ。第三新ノヴィ・トリーチの連中はすぐに俺の力を認めてくれてよぉ、おかげで俺はやりたい放題よ」

「じゃあ、あのクラブシザーズって奴や、改造ゴブリンも、お前を元に……!?」


 俺が聞き返すと、敵は隠す素振りもなく答えた。このことを話せるのが楽しくてたまらないという様子だった。


「ハッハァ、そうさ、どこの世界にも天才はいるもんだよなァ。ドクター・トルスティの野郎、俺の身体を一通り観察しただけで、自分の腕を改造しちまいやがった。今はゴブリンで改造技術の実験をしてるらしいが、じきに人間でも作れるようになるってよ。そうなりゃ、こっちの世界にジャアッカーを再現することも夢じゃねぇ。くくっ、俺って奴は、こう見えて運命論者でよぉ。思うんだよ、俺がこの世界に飛ばされたのは、そのためだったんじゃねえかってよぉ!」


 奴はひとしきり笑ってから、俺に仮面越しの目を向けてきた。


「どうだ、ザコトカゲ。お前も北なんざ捨ててこっちに来いよ。運命に選ばれた者同士、仲良くやろうぜぇ」

「お断りだ」


 一秒と置かず、その答えが口をついて出ていた。敵が「あぁん?」と首を傾けてにじり寄ってくる。


「聞こえなかったか、ゴリラ野郎。俺はお前なんかとは違うって言ったんだよ」

「くくっ、そうか、残念だぜぇ。じゃあ死にやがれ、ザコトカゲ!」


 ぶぉんと音を立てて巨大な拳が迫る。俺はそれを見切って跳び上がり、敵の頭上を飛び越えて背中側に剣閃を叩き込む――が。


「効かねえなぁ!」


 振り向きざまに繰り出されるパンチをまともに食らい、俺の身体は宙に跳ね上げられた。


「ぐっ……!」


 魔導院の敷地を越えて、水路を挟んだ石畳の広場に俺は叩き付けられる。街の人々がわあっと悲鳴を上げて逃げ惑う中、俺を追って跳躍してきたゴリノコングが、ずしゃっと地面を割って眼前に着地する。


「ま、待て……街の中は……!」

「ハハハァ! 巻き添えが出るから面白ぇんじゃねえか!」


 敵の巨腕ががしりと俺の身体を掴み上げ、ぶんと投げ飛ばす。敢えなく建物の壁に叩き付けられた俺の前で、何人もの逃げ惑う人達が瓦礫に巻き込まれていく。

 ポリーナ姫やフェーヤが魔導師達を率いて市民の避難を誘導していたが、パニックに陥った人々の前では焼け石に水のようだった。


「くっ……卑怯だぞ、お前……!」


 剣で身体を支えて何とか立ち上がった俺に、ぎゅおんと距離を詰めた敵のパンチが再び容赦なく浴びせられた。


「卑怯だぁ? 何言ってやがる。俺達はジャアッカーの怪人、悪事を働くために改造された存在だろうがァ!」


 仰向けに倒れた俺の胸部装甲を、ゴリノコングの足が何度も踏みつけてくる。俺は剣を敵の脚部に叩き付け、圧力から脱しようと藻掻もがいた。


「違う……俺は……この世界で、正義の味方に……!」

「くだらねぇ!」


 ゴリノコングは再び俺の首元を引き掴み、身体をぐっと持ち上げてきた。強化皮膚で吸収しきれない圧力が、ぎりぎりと俺の首筋を締め付けてくる。


「ぐっ……!」

「目を覚ませ、怪人ザコトカゲ。お前がこの世界でヒーローの真似事なんか出来てるのは、ジャアッカーに身体を改造してもらったからだろうが。くくっ、人間、感謝の気持ちってモンを忘れちゃいけねえよなぁ」

「っ……!」


 呼吸を塞がれて喋れない俺に向かって、ゴリノコングはくくっと笑って言葉を続けてくる。


「俺はよぉ、元々は死刑囚だったところをジャアッカーに脱獄させてもらって、改造手術を受けたのよ。 チャンスだと思ったぜぇ。これで人生をやり直せる、もっと人間を殺しまくれるってなァ。くっくっ、そしてまた、大きなチャンスが巡ってきたってわけだ!」

「ぐぅ……!」


 俺は苦しみに身悶えながら、必死に右手の剣を振るったが、その切っ先は満足に敵に触れすらしなかった。


「ははっ、お前にももう一度だけチャンスをやるぜぇ、ザコトカゲ。同じ組織で改造されたよしみだ。俺と一緒に南側に付いて力を振るうか……今ここで死ぬか、どっちだ!?」

「――!」


 いよいよ意識が吹き飛びそうな苦しみの中で、俺が最後まで諦めず剣を振るおうとしたとき――


崩落スプラーカ!」


 から耳を叩くのは、ポリーナ姫の凛然りんぜんたる声。

 仰いだ視界に、ワイバーンの鞍上から魔法を放つ彼女の影が映り、


「ぐおっ!?」


 次の瞬間、ゴリノコングの足場の地面が音を立てて崩れ、バランスを崩した敵の隙を突いて、別のワイバーンの足ががしりと俺の身体を掴んで宙に跳ね上げていた。こんな雑な助け方をするのはあのマッド女しか居ない。


「剣を落とすなよ、トカゲくん!」


 フェーヤの駆るワイバーンの鞍上に何とかしがみつき、俺が息をついたとき、


《《〈真価研鑽チイトース・ニェヴァーファリシュ〉!》》


 地上から王子の詠唱が響き、かっと稲光のような魔力が空を駆け上がって、俺の握る剣の刀身を捉えていた。

 市民の退避が済んで無人と化した広場の地面は、今やアリジゴクの巣のようなスリバチ状に変わり、藻掻もがくゴリノコングの巨体を飲み込みにかかっている。


《《今だ、トカゲ!》》

「よぉし……!」


 瑠璃色の魔力を宿した邪竜の剣を振り上げ、俺はワイバーンの鞍上から飛び出す。


「ドラゴンブレイザー! 魔剣唐竹からたけ割り!!」


 狙いを定めて重力に身を委ね、俺は敵の頭上から必殺の一閃を叩き込む――

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