第19話 襲撃!もう一人の改造人間

 三日三晩降り続いた雨もようやく止み、俺が間借りするロージュノエの町にも太陽の明るい日差しが戻ってきた。

 オレーシャ達よりも早く起き出した俺は、同じく早起きのリュウスケを連れて、この日も森での訓練に励んでいた。リザードマスクの姿に変身した俺の前で、リュウスケは本来の大きさに戻ってキャオォッと嬉しそうな咆哮を上げ、赤い炎を吐いて空へと舞い上がる。


「お前、また大きくなったか?」

「キャオォ」


 俺の言葉に答えるように、彼は翼を大きく広げて空中を一回りしたあと、ばさりと俺の眼前に降りてきた。

 出会ってからまだ約一週間しか経っていないのに、当初3メートルくらいだった彼の体長は、今はもう5メートルくらいある気がする。全力のサイズを維持できる時間も、日に日に伸びてきた。


「クゥルッ」


 巨大な脚で大地を踏み締め、リュウスケが俺の前で身をかがめて背中を見せてくる。


「乗れって?」


 彼は長い首をもたげて俺を見て、頷くような動作をした。よし、と彼の丸い目を見返し、俺は邪竜の剣を腰に吊って、リュウスケの赤い背中にしがみつくように身を預けた。

 くらがないと安定はしないな……と思った矢先、ぐわりと巨大な翼が羽ばたいて、俺の身体は一瞬で空の上まで持ち上げられていた。


「うおっ!」


 リザードマスクの仮面越しに、森と町の光景がぐんぐん小さくなる。高空へと舞い上がる翼の力強さは、いつも乗せられている小型レッサーワイバーンの比ではなかった。


「キャアァオ!」


 咆哮とともに翼が大きく風を孕み、上昇から水平飛行に転じる。彼の首の付け根あたりに手を回して、俺はその巨体に頑張ってしがみついていたが、不思議と速度が上がっても振り落とされそうになることはなかった。

 リュウスケは機嫌良さそうに炎を吐き、ロージュノエの町の上空を離れて海の方角へ飛んでいく。

 俺もいつしか、落ちないことの心配よりも、空気を引き裂いて高空を飛ぶ爽快感のほうに心を奪われていた。「ドラゴンの背中に乗った人間なんて、歴史上でキミが初めて」――初めて彼の背に乗ったとき、マッド女ことフェーヤがテンション高く言ってきた一言がふと頭をよぎる。

 このドラゴンも、邪竜の剣と同じく、普通の人間には触れることもできないほどの強い魔力を発している……。悪の組織ジャアッカーの恩恵というのが微妙な気分ではあるけど、それでも、この身体のおかげで普通の人には出来ない体験をしているのだと思うと、改造人間も悪くはないなと思えてきた。


「よし、王都まで飛んでみるか、リュウスケ」


 俺の意思をばっちり感じ取ったらしく、リュウスケは海岸線伝いに王都に向かって進路を取る。いつもワイバーンで送り迎えされている空なのに、自分一人でドラゴンに乗って見る景色は、ずっと青く、ずっときらめいて見えた。


 ――と、気持ちよく飛んでいた俺達の視界前方に、突如、猛スピードでこちらへ迫ってくる二つの影が見えた。強化視力の目を凝らすと、それは見慣れた魔導師のワイバーンだった。


《《こちらはラグナグラート王立魔導院警備部隊! そこのドラゴン、誰か乗っているのか!》》


 拡声仕様の魔法の声が俺の意識にキンキンと響いてくる。あ、王都上空だから警備部隊が哨戒しょうかいしてるのか、と俺は気付き、リュウスケに速度を落とさせ、向こうに見えるようにぶんぶんと手を振った。

 近付いてきた魔導師達が、ほっと安堵した顔をしている。


《《なんだ、トカゲさんじゃないですか。ビックリさせないでくださいよ》》

《《それ、こないだの子供ドラゴンですか? 随分大きくなりましたね》》


 向こうは魔法で声を伝えてくるが、俺には答えるすべはない。こくりと大きく頷いて再び手を振ってから、俺はリュウスケをターンさせ、もと来た空を取って返した。


「……あの人達に余計な仕事させちゃったな。反省反省」

「クゥル」


 考えてみれば、南の勢力や他の敵対種族と国を挙げて戦いを続けているのだから、王都上空に何かが近付いたらワイバーンがスクランブル発進してくるのは当たり前だったか……。何も考えずドラゴンで近付いてしまったのは申し訳なかったな、と、バツの悪い思いを噛み締めながら、俺はロージュノエの森へとリュウスケを舞い降りさせる。

 途中で捕まえた鳥をほとんど丸呑みにしてから、彼は森に降り立ち、俺を背中から降ろすと同時にしゅるしゅると縮んで小さな姿に収まった。どの道、まだ王都まで行って帰れるほどの魔力は育っていなかったらしい。


「クオォ」


 変身を解除した俺の腕に、彼はばさっと飛び込んでくる。心なしか、縮小時のサイズもこれまでより少し大きくなっているような気がした。


「……大人になったら、ずっと大きいままになるんだっけ?」


 ドラゴンの成長速度がどんなものかは知らないが、いつまでもオレーシャの家の屋根裏には収まりきらないかもしれない。そうなったらどうするか……。


 そんなことを取り留めもなく考えながら、俺がリュウスケを抱えて家に戻ると、家の前では黒いローブの魔導師が二人、俺の戻りを待っていた。

 今日はワイバーンではなく、馬で迎えに来たらしい。呼び出し用の球体も鳴っていなかったし、戦いではないのかな、と思いつつ、俺は彼らに駆け寄る。何度も顔を見たことのある魔導師達だ。


「トカゲ殿。いきなりですみませんが、王都までご足労願えませんか」

「はぁ。いいですけど、今日は出撃じゃないんですか?」

「ええ、ちょっと、トカゲ殿に立ち会ってほしい用件がありまして。ここではアレですから、詳細は王都に着いてから……」


 俺の腕の中でリュウスケが「クゥル?」と首をかしげたところで、家の中から父親とオレーシャが出てきた。


「あの、戦いじゃないのなら、この子も王都に連れてってやってもらえないでしょうか」


 父親が魔導師達に願い出る傍らで、オレーシャはマイペースに「トカゲさん、おはようー」と俺に手を振ってくる。

 魔導師達は、いきなりの申し出にちょっと困った顔になっていた。


「娘さんを王都にですか? なんでまた?」

「薬の調合に使うビーカーやら何やら、色々切らしてるものがありまして……時間が出来たときにと思いながらも、なかなか私の手も日々の診察やら急患やらで手が空かず。ちょうどお二人が馬でいらしたので、渡りに船だと」

「……要するに、お遣いですか」


 魔導師達は二人で顔を見合わせていた。このパパさんもよっぽどマイペースだなあ、と俺は軽くひたいを押さえ、話に割って入る。


「あの、買い物とかだけだったら、オレーシャを行かせなくても俺が帰りに買ってきますよ」


 が、俺の提案をやはりマイペースに遮ったのは、当の不思議ちゃんだった。


「わたし行くよ。トカゲさんと一緒なら安心だもん」

「いや、俺はこっちの用事で行くわけだから、一緒には……」

「じゃあ、トカゲさんの用事が終わるまで街で待ってる。いいでしょ?」


 俺と魔導師達を順に見て、オレーシャは栗色のおかっぱ頭を「お願い」とばかりに軽くかしげてくる。正直、この子にこんな風に迫られると、はっきりダメとは言いづらいところがあった。


「……まあ、いいでしょう。我が王都なら安全ですからね」


 と、魔導師の一人が諦めたように言った。


「そっすね、このドラゴンで近付いただけですぐ哨戒のワイバーンが来るくらいだし……」

「えっ、トカゲさん、リュウスケと王都まで行ったんだ?」


 オレーシャが元々丸い目を丸くすると、リュウスケが得意げに「クルゥ」と吠えた。


「ついさっきね。近くまで飛んだだけだけど」

「トカゲ殿、そういう危険なことは……。ただでさえ南との戦いでピリピリしてますので」

「ですよね。ゴメンナサイ」


 俺が魔導師達にぺこりと頭を下げるのに合わせて、リュウスケもクゥと鳴いて一緒に首を下げた。


「……じゃあ、そろそろ参りましょう。お嬢ちゃんはこっちの馬に」

「わぁい」


 オレーシャはお遣い用らしきバスケットを携え、意気揚々と馬の後ろによじ登っている。やれやれと小さく肩を落としてから、俺は父親にリュウスケを預け、自分ももう一頭の馬の後ろに跨った。


「王都、王都。お姫様にもまた会えるかな」

「王宮に入るのはちょっと……。お嬢ちゃん、今、この国は戦時なんだよ」

「えー、でも、こないだは入れてくれたよ?」

「それはトカゲ殿の安全性を証明してもらうために……」


 オレーシャのふわふわしたノリを律儀に相手している魔導師を見て、彼らも大変だな、と俺は思った。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 そうして馬に揺られること、体感で三十分ばかり。先程は上空で追い返された王都に、俺は改めて足を踏み入れることとなった。


「じゃあ、スミマセン、この子をお願いします」

「お任せください。……まあ、これも仕事の内と思って」


 結局、オレーシャを馬に乗せてくれた魔導師が、街でも彼女の付き添いを務めてくれる流れになった。治安のしっかりした王都とはいえ、いくらなんでも14歳の女の子を一人で何時間も放り出せないだろうというのが、大人同士の共通見解だった。


「トカゲさん、用事が終わったら街で遊ぼうね」

「あー……時間に余裕があったらね」


 オレーシャは嬉しそうに手を振って、子守り役の魔導師と一緒に街の雑踏へ消えていく。

 残った魔導師と顔を見合わせ、ふうっと息を吐いてから、俺は彼の後について王立魔導院の建物を目指した。そういえば、いつもワイバーンで空から出入りしているため、俺も王都の街を歩くのは最初に来たとき以来だった。

 国土のあちこちで戦いが起こっていることなどウソのように、街は明るい活気に溢れ、あちこちで物売りの呼び声が木霊している。道行く人々が次々と俺を振り返っては、人種の違う俺の顔や、腰に吊るした仰々しい剣を指さしてあれこれ言っていた。

 さすがに剣は置いてきた方がよかったか、と思わないでもないが、こんな危ないもの、俺が肌身離さず持っておく以外にない気もする。それに、今日だって、この後いきなり出動がかからないとも限らないのだし……。


《《……それで、トカゲ殿。本日ご足労頂いた用件なのですが》》


 前を行く魔導師が、ヒソヒソ声を頭に送り込んでくる。これは多分俺にしか届いていない声なんだろうな、と察し、俺は小声で「はい」と答えた。


《《昨夜遅く、王都のはずれで狼藉ろうぜきを働いていた男が警備兵に捕縛されました。今は魔導院地下の牢に繋いであるのですが、その男というのが……あなたと同じ人種ではないかと思われるのです》》

「えっ!?」


 俺は無意識に声を裏返らせてしまった。街の人々が、ぎょっとして俺達の方を見てくる。


「スミマセン。続けてください」

《《……あなたと同じ人種であれば、同じ異界から来たのかもしれません。それで、あなたにその男の尋問に立ち会って頂きたいのです》》

「……ナルホド」


 今度は声を上げずに相槌を打ったが、俺は内心では驚きを隠せずにいた。やはり、俺の他にも、あちらの世界から来た人間が……。

 敵側にも改造人間が来ているに違いないというのは分かっていたが、それ以外にも新たに転移してきたヤツがいるのだろうか。街で暴れていたというのは気になるが、ジャアッカーの改造人間なら、魔導院の警備兵で捕まえられるはずはないだろうし……。


「こちらです、トカゲ殿。王子殿下と姫様、それにフェーヤさんが下でお待ちです」


 魔導師に案内され、いつもと違う門をくぐって魔導院の中へ入る。見たことのない廊下を歩き、警備兵が守る重々しい扉を通ると、魔法の炎に照らされた魔動階段が遥か地下へと続いていた。


「……これ、訓練場より下ですよね」

「ええ。魔法障壁に守られた地下牢です。ここの存在は市民には秘密……という設定に一応なってます。皆知ってますけどね」


 エスカレーターのように動く魔動階段を何十メートルも降りきった先には、薄暗い地下牢が広がっていた。十分な広さを持った回廊の両側には、ずらっと鉄格子が並んでいたが、今は誰も収監されていないのか、いても声を発せないのか、俺達の足音の他に何の物音もしないのが不気味で仕方なかった。

 何かが違えば、俺もこういうところに閉じ込められていたんだろうか……と思うと、背筋が凍るような気持ちがする。


「皆様方。トカゲ殿が到着しました」


 廊下を何度か曲がった先の突き当たりに、青白い光に照らされた一つの牢があった。その前では、パルス王子とポリーナ姫、そしてフェーヤが、看守らしき魔導師を従えて俺を待っていた。

 数日前まで魔力切れで弱っていたフェーヤは、もうすっかり元気そうで、俺に「やぁ」と片手を上げてきた。ポリーナ姫の白い顔にも、洞窟で受けた傷の痕はもう全く見当たらなかった。


《《ご苦労、トカゲ。早速だが、この男を見てもらおう》》


 王子に命じられるがまま、俺はごくりと息を呑んで、牢の前に歩み出た。

 鉄格子の向こう、胡座あぐらをかいたような格好で四肢を拘束されているのは、頭を丸刈りにした体格の良い男だった。男を拘束する鎖は牢の四方の壁に繋がれている。男がぬっと顔を上げると、その僅かな動きで鎖がじゃらりと重々しく鳴った。


「! アンタ――」


 男の顔に俺は全く見覚えがなかった。だが、俺を見てふっと口元を歪ませた彼の顔は、まず間違いなく、日本人のそれだった。


「日本人……なのか? アンタも俺と同じ世界から!?」

「……ハッハッ。そうか、お前、俺の素顔は知らねえのか」


 男は俺をまっすぐ見て、野太い声で答えてきた。その言葉が日本語なのか、翻訳魔法で日本語に聞こえているのかは、俺には分からなかったが――


「会えて嬉しいぜぇ、。お前をおびき寄せるために、俺はわざわざ捕まった振りしてやったんだからなぁ」

「何っ!?」


 思いもよらない彼の言葉に、俺が戦慄を覚えた瞬間――


《《どけ、トカゲ!》》


 ぐいっと腕を掴んで俺を押しのけ、王子が杖を構えて鉄格子の前に出る。姫もフェーヤも、魔導師達も即座に杖を取り出し、一斉に牢の中の男に向けていた。


「……くくっ。ハッハッハッハ!」


 高笑いを上げる男の腹部にいつの間にか出現していたのは、俺と同じ、

 王子達の魔法攻撃が間髪入れず炸裂する、その光の中で――


「ハッハッハァ! 教わらなかったのか、ザコトカゲ! の変身機能ってのはァ、こうやって間抜けどもを騙すために使うんだよォォ!」


 味方のどの魔法よりもまばゆい紫色の光を毒々しく放って、その男はいた。

 拘束の鎖を紙のように引きちぎり、鉄格子の扉を蹴破って、闇の中に姿を現したその巨体は――


「怪人……ゴリノコング……!」


 俺と先輩が駆り出されたバイカーマスク殲滅せんめつ作戦の主役。ジャアッカーの誇る主力怪人、怪力自慢のゴリノコングに他ならなかった。

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