第16話 倒せ!悪夢の改造ゴブリン

 早朝の森には白いもやが立ち込めている。冷たい空気を人工肺に溜めるように、俺はすうっと息を吸い込み、姿勢を落として助走の構えを取る。


「――ハッ!」


 怪人態の足で強く地面を蹴り、俺は駆け出した。前方にそびえ立つ巨木、その太い枝の一本に狙いを定め、高々と跳躍して飛び蹴りの姿勢で突っ込む。


「リザード・キィック!」


 足裏に返る乾いた衝撃。ばきっと音を立てて枝が根本から吹き飛ばされ、着地した俺の背後にどさりと落ちる。


「……まだだ。バイカーマスクの本家バイカーキックは、こんなものじゃない……」


 クラブシザーズと名乗ったハサミ野郎との邂逅かいこうから二日。来たるべき次の戦いに備えて、俺は特訓に励んでいたが、まだまだバイカーマスクのような強さには程遠い。


(もっと攻撃力を上げないと……このままじゃ……)


 怪人態への変身を解き、俺が素顔を風に晒してふうっと息を吐いたとき、上空から「キャオオッ」とリュウスケの甲高い鳴き声が聞こえた。

 全長3メートルほどの本来の姿を解放した彼は、巨大な赤い翼をばさりとはためかせ、俺のすぐ目の前に降りてくる。図鑑で見たティラノサウルスの腕のように小さな彼の両手には、自力で仕留めてきたらしい大きな鳥ががしりと握られていた。

 ひっ、と俺は思わず後ずさりしかけるが、リュウスケが「クルゥ」と褒めてほしそうに見下ろしてくるので、ギリギリのところで頑張って笑顔を保った。


「お前、そんなの捕まえれるようになったんだな。すごいじゃん」

「クゥゥ」


 彼は機嫌良さそうにゴウッと小さく炎を吐いてから、獲物の鳥をバリバリと音を立てて食らい始めた。平成生まれ都会育ちの俺にはなかなかキツイ光景だったが、でも、生きるというのはこういうことなんだろう。

 ……こういう光景、オレーシャが見たらどう反応するんだろう、と俺はふと考える。怖いと言って俺の背中に回るか、それとも「大きい生き物が小さい生き物を食べるのは当たり前のことだよ」なんて平然と言ってキョトンとしているか……。


(……わかんないんだよなー、あの子も)


 パルス王子が意外と優しいのも、マッド女ことフェーヤが実はそこまでマッドじゃないのも分かってきたが、あの不思議ちゃんに関しては、この世界で一番長く接しているはずなのにまだまだ読めないところが多い。だからこそ不思議ちゃんというのかもしれないが。


「……っと」


 ジャアッカー謹製ジャージのポケットに仕舞っていた呼び出し用の球体が、フォオ、フォオと風鳴りのような音を発していた。赤く染まったそれを手に取り覗いてみても、俺には魔法のメッセージは伝わってこないが、とにかく敵が現れた報せだということは分かる。


「戻ろう、リュウスケ」


 獲物を食べ終えた彼は、ちょうどまたしゅるしゅると縮んで30センチほどのサイズに戻っていた。未消化の肉まで一緒に縮小されるんだろうか、なんて考えても仕方のないことを考えつつ、俺は彼を抱き上げ、町へと駆け戻る。


《《遅いぞ、トカゲ》》


 ワイバーンの鞍上あんじょうからヒラリと飛び降りてきたのは、またしてもパルス王子その人だった。前回のような大人数ではないが、数人の魔導師を従えている。


「パルス様。今回もオオゴトですか」


 王子が直々に迎えに来るのが余程の事態であることは、俺にももう分かっていた。


《《オオゴトどころではない。南方の都市、ボレーヴシェのとりでが突破された》》

「えっ!? それって――」

《《南の連中が攻め込んできたということだ》》


 白い布の上に覗く目をギラリと光らせ、王子は言った。

 どくん、と人工心臓が跳ね、冷たい汗が背中を伝う。俺の緊張を察したかのように、腕の中でリュウスケが「クゥ」と鳴いて俺を見上げてきた。


「……コイツ、連れてった方がいいですかね」

《《いや……まだ本来の姿を長く保てるほどの魔力が育っていないのだろう。弱みを晒して敵に奪われる危険を冒すくらいなら、まだ連れていかぬ方がいい》》

「……ですね」


 俺が納得して頷いたところで、オレーシャと父親がそっと家から出てきた。父親は往診に出る用の茶色の上着を羽織っていたが、オレーシャは寝巻姿のままで、栗色のボブヘアーには寝グセが目立っていた。

 二人は王子達にぺこりと頭を下げつつ、揃って心配そうな顔をして俺の側にやってくる。


「トカゲさん、ちゃんと帰ってくる?」


 オレーシャの細い指が、俺のジャージの裾をくいっと摘んできた。


「ああ。リュウスケの面倒、頼むよ」

「……うん」


 彼女が胸の前に手を出すと、リュウスケはクルゥと一声鳴いて、ぱたぱたと自分でそちらへ飛び移った。彼の頭をそっと撫でて、オレーシャは続ける。


「なるべく人間はやっつけないでね、トカゲさん」

「善処はするよ」


 何気なく付け加えられた「なるべく」という一言が、俺の心を軽く締め付ける。何も分かっていないような顔をした彼女にも、しっかり厳しい現実が見えているのだ。


「あの……王子殿下の念話が私どもにも聞こえまして。大丈夫なのでしょうか」


 父親が自分の手をさすりながら、おずおずと王子に尋ねている。


「ご心配ふぃんぱいふぁるな。ラグナグラートの平和は我らが守る」


 民と接する用の顔をして王子は答えた。

 その「我ら」に俺は含まれているのかいないのか……。どちらにしても、敵が何者であろうと負ける訳にはいかないと思った。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 例によって魔導師の一人に同乗させてもらい、ワイバーンで空を駆けること約一時間。パルス王子率いる俺達の編隊は、南の勢力との交戦が続くボレーヴシェの街の上空に辿り着いた。

 聞けば、ラグナグラートで第三の人口を誇るボレーヴシェは、敵の勢力圏に接する重要拠点の一つであり、街を守る砦には精鋭の騎士団と魔導師達が駐屯ちゅうとんしていたという。空の上から見下ろす街の入口では、今も味方の部隊が剣と杖を振るい、人間とゴブリンの混成からなる敵の軍勢に必死に応戦していた。


「殿下!」


 臨時指揮所となった庁舎前の広場に俺達が降り立つなり、若い騎士が数人、王子の姿を求めて駆け寄ってきた。


「被害の状況ひょうきょうは」

「市街地への侵入はギリギリ食い止めております。しかし、騎士団長のゴーロス様が……」

「何!? やひゅがどうふぃた!」

「敵の親玉にやられ、重体です」


 それを聞くやいなや、王子は漆黒のマントをひるがえし、庁舎内へと駆け込んでいく。俺も慌てて彼の後を追った。

 一階の講堂に設けられた臨時の医療所では、大勢の傷付いた男達が床に寝かされていた。治療担当らしき魔導師達がせわしなく駆け回り、あちこちで治癒魔法の光を炸裂させている。

 そんな中、王子が人混みをかき分け駆け寄った先には、麻の敷物の上に寝かされ、歯を食い縛って痛みに耐えている、若く大柄な男の姿があった。


「ゴーロひゅ!」


 王子が立て膝を付き、彼の肩を揺らす。そこで俺は気付いて愕然とした。苦しそうに顔を上げたその男は、片方の腕を肩口からすっぱりと斬り落とされていたのだ。

 魔法で傷だけ塞がれたらしい彼の身体のそばに、切断された腕の方が生々しく転がされている。


「っ……!」


 思わず口元を押さえて顔を背けてしまう俺をよそに、王子は張り詰めた声で彼に呼びかけていた。


貴様きひゃま程のやひゅがやられるとは、何があった。話ひぇ

「……か、かにです」

「何っ!?」


 その言葉に、凄惨な光景への恐れを忘れて俺も目を見開いた。蟹というと、まさか――。


「蟹のはさみと甲羅を持ったゴブリンに……自分の剣は通じず……」

「ゴブリンの身体に蟹が掛け合わひゃれていたのか!? 間違まふぃがい無いな!?」


 男は汗の滲む顔で頷き、残った方の腕を頼りに上体を起き上がらせたかと思うと、食らいつくように王子に向かって言った。


「ここの医者共は分からず屋だ。殿下の権限で自分を戦場に戻してください。もう一度戦えば、あんなゴブリンなど……!」

「馬鹿を言うな!」


 王子が声を張ったところで、ちょうど若い騎士達がその場に駆け寄ってきた。


「ゴーロス様、ワイバーンの準備が整いました。王都へ参りましょう」

「いや、自分はもう一度あの敵と戦う。片腕だけになっても、自分は――」

「ならん、ゴーロひゅ!」


 王子は逆に男に詰め寄り、いつにない剣幕で叫んだ。


ひょんな身体で戦ってもふぃぬだけだ。貴様きひゃまは王都で腕を治ひぇ。生きてひゃえいれば、再びラグナグラートのため戦う時は来る」

「……殿下」


 ゴーロスという男はまだ何か言いたげだったが、最後は渋々頷いて、騎士達に身体を支えられて出て行く。

 片腕を失ってもなお戦おうとした彼の背中が、俺の心に鮮烈な残像を引いていた。




《《ゴーロス・ドリーンヌィ。あの男は、私の幼少の頃からの学友でな》》


 惨憺さんたんを極めるボレーヴシェの低空をワイバーンで飛ぶ最中さなか、王子は語ってきた。俺は別の魔導師のワイバーンの後ろにしがみつき、斜め前を飛ぶ彼に「そうだったんですね」と相槌を返す。

 風切り音の中でも俺の肉声を聞き取っているのか、彼は「うむ」と頷いて続けた。


《《奴は魔法の才能こそ無かったが、代わりに王都で一番の剣の腕前を持っていた。いや、魔法では大成できんと分かったからこそ、必死に修行して剣術を身に付けたのだろう》》

「努力の人、なんですね」

《《ああ。……このまま奴を失うことになれば、我がラグナグラートにとっては大きな損失だ》》


 治癒魔法があるこの世界でも、斬り落とされた腕を元通りに戻すことはきっと簡単ではないのだろう。

 彼のような戦士の分まで、俺もしっかり戦わなければ――と、俺が強く拳を握ったとき、


「殿下! あれは!」


 俺の前の魔導師が声を張り上げた。王子も彼の指すものに気付いたようで、直ちにワイバーンの速度を上げる。

 街の入口を固める高い壁が外から内に向けて爆音とともに破壊され、濛々もうもうたる土煙の中に、何かの影がゆらりと立ち上がっていた。

 地上の騎士や魔導師達が次々とその敵に向かって行っては、血飛沫ちしぶきを上げて弾き飛ばされている。


《《総員、下がれ!》》


 魔法の声を拡声器のように全周に響かせ、王子がひらりとワイバーンの背から飛び降りる。変身ベルトを出現させ、俺も彼の後を追ってワイバーンから飛び出した。


鎧閃がいせん!」


 真紅の光に包まれて、怪人態――リザードマスクの姿に変わり、俺は王子と共に味方の騎士や魔導師達の中を突っ切っていく。

 人波をかき分け、ざっと最前に飛び出した俺達の前に姿を現したのは――


「グハハァ、来たか、人間族の王子にトカゲ野郎!」


 全長3メートルを超す緑色の巨体に、血走った黄色い目。頭部に一本角を持つボスのゴブリン――いや。

 その背をかにの甲羅で覆い、両腕を巨大なはさみに変えた、ひと目で自然の産物ではないと分かる異形いぎょうの怪物だった。


「あれが――」


 俺達が驚きの声を発する間もなく、ばりっと紫の稲妻が敵からほとばしる。王子は瞬時に杖を構えてバリアを展開していた。俺は一瞬ビビって跳び退いたが、稲妻が自分の片腕をかすめる寸前で風に溶けて消えたのを見て、一気に飛び出し反撃に転じる。


「リザード・パァンチ!」


 跳躍と共に振りかぶった俺の拳は、しかし――


「効くものかァア!」


 ゴブリンの突き出した巨大なはさみ型の片腕で、容易く弾き返されていた。


「くっ……!」


 空中でバランスを取り直して、ずざっと地面に降り立った俺の頭上を、王子の放った白い炎がごぉっと通り過ぎる。だが――


「グハハハァ!」


 異形のゴブリンは両手を広げ、真正面からその炎を受け止めていた。炎は敵の外殻を焦がすことすらなく、浴びせられるそばから風に溶けて消えてゆく。俺の身体に魔法を浴びせられた時と同じように――。


「何だと……!?」


 王子は一瞬驚いた顔を見せていたが、次の瞬間には再度杖を振り出していた。


《《〈陽影縛りニチェー・チザーヤヴィス〉!》》


 彼の背後に煌々こうこうと輝く太陽のオーラ。その足元から、漆黒の影が敵を捉えようと伸びるが――


「グハハ、死ねえぇ!」


 捕縛魔法にも全く自由を奪われることなく、敵は鋏の腕から紫色の炎を放ってきた。街路全てを覆い尽くすほどの凄まじい炎の波が、周囲の味方達をも飲み込んでいく。


《《奴め、魔法が効かないのか!》》


 王子の言葉と同時に俺も悟っていた。奴は俺と同じ改造人間――いや、改造ゴブリンとでも呼ぶべき存在。それなら、奴を倒せるのは俺しかいない!


「――ハッ!」


 助走を付けて地面を蹴り、俺は再び宙に舞う。紫の稲妻を放ってくる敵の姿をしっかり見据え、空中で宙返りして飛び蹴りの姿勢を作り――


「リザァァド・キィィック!!」


 ――叩き込むキックが受け止められる、硬い衝撃。


「っ……!」


 弾き飛ばされた俺の身体が敢えなく地面を削る。膝をついて顔を上げれば、背面の甲羅からしゅうしゅうと白い煙を上げ、首をもたげて醜悪な笑いを見せる敵の影。


「リザードキックが効かない……!」


 焦燥に拳を握る俺の眼前で、味方の騎士達が魔導師達のバリアに守られながら果敢に敵に斬り掛かっていく。だが、生身の人間の力で敵うはずもなく、彼らの振るう刃はことごとく改造ゴブリンの巨腕に弾き返される。

 しゃりんと音を立てて、味方の手から弾け飛んだ銀色の剣が俺の目の前に落ちてきた。


(――そうだ、剣でなら!)


 俺は咄嗟にその剣を引き掴み、敵に向かって駆け出した。騎士達の見よう見まねで剣を上段に振りかぶり、跳躍して敵の頭上から斬り掛かる。


「食らえっ!」

「――フゥン!」


 だが、落下の勢いを乗せて振り下ろした俺の刃は、容易く敵のはさみに受け止められ、飴細工のように叩き折られていた。


「っ!」

「死ねぇ、トカゲ野郎!」


 ばきっと強い衝撃が胴体に走る。鋏を閉じた敵のパンチが、俺の身体を十数メートルも後ろまで吹き飛ばす。


「ぐっ……!」


 建物の壁に背中から突っ込み、俺は瓦礫がれき粉塵ふんじんの中に崩れ落ちた。砂に汚れた仮面マスクのバイザー越しに、紫の稲妻に撃ち抜かれて倒れてゆく味方の姿が映る。


「……俺が負けたら……皆が!」


 手を付いて立ち上がろうとする俺の前に、ずざっと土煙を立てて王子が滑り込んできた。


《《これを使え、トカゲ!》》


 腰に吊るした長剣をすらりと引き抜き、彼は俺に投げ渡してくる。執拗に浴びせられる敵の雷撃を、彼の杖から展開した光のバリアが辛くも弾き返す。


「これは!?」

《《我が王家に伝わる超剛金アヴリハルクつるぎだ。今から私の強化魔法で強度と切れ味を高める》》


 俺は一瞬の内に彼の顔を見て、渡された剣を見て、また彼を見た。咄嗟に彼の意図を察した俺は、バリアで稲妻を防ぎ続ける彼の前面に回り込み、自分の背で彼を庇う体勢を作った。王子が直ちにバリアを解き、空いた杖を俺の手元の剣に向ける。


「あの敵、魔法は通じないんじゃ!?」

《《魔法そのものは通じずとも、魔法で威力を高めた剣ならば。――強化魔法、〈真価研鑽チイトース・ニェヴァーファリシュ〉!》》


 彼の杖から放たれる瑠璃色の閃光を受けて、俺の握った剣の刀身が、彼の瞳と同じ青にきらめく。魔力というものを感じる回路を持たない俺にも、王子の本気の全てがこの剣に託されたことは分かった。


《《行けっ、トカゲ!》》

「はいっ!」


 ざっと振り向いて俺は駆け出す。味方のしかばねを跳び越えて、敵が放ってくる雷撃と炎の真正面に突っ込み、


「トォッ!」


 見せびらかすように敵が向けてくる背中の甲羅を、ばんっと蹴って跳び上がる。


「何っ――」

「おぉぉりゃあっ!」


 俺はずざっと着地して敵の腹部の側に回り込み、蟹の腹を模した白い装甲のスキマに、青く輝く剣を力の限り突き立てた。

 キィィィンと激しい音が弾けて、研ぎ澄まされた鋼の刃が敵の身体に食い込む。ぶしゃっとどす黒い血が噴き出すのを避けて跳び退き、俺は姿勢を落として再び地面を駆ける。

 必死に剣を引き抜こうとする敵に向かって、俺は跳躍し――


「リザァァァド・串刺しキィィック!!」


 風を纏う身体で狙いを定め、剣の柄尻に低空キックを叩き込む。剣に込められた王子の魔力が青い光の波となって拡散し、必殺の刃が敵の身体を甲羅の裏側まで刺し貫く。


「ギヤアァァァァッ!!」


 壮絶な断末魔の叫びを残して、敵は大爆発の豪炎の中に砕けて散った。

 着地して振り向いた俺の目に、柄だけを残して粉々になった剣が映る。はぁはぁと肩で息をする俺の前に、王子が駆け寄ってきた。


《《よくやった、トカゲ》》

「……でも、大事な剣が」

《《武器は飾りではないのだ。使うべき時に使わなければ意味がない》》


 柄だけになった剣の残骸を土埃つちぼこりの中から取り上げて、彼は言った。


《《だが……こんな倒し方が何度も出来るわけではない。切り札が必要だ》》


 俺が仮面の中で息を呑んだ、そのとき。

 わあっと向こうから響いた仲間の悲鳴を、がらがらと建物の崩れ落ちる轟音が塗り潰した。


「! 改造ゴブリンは――」

《《ああ。一体で終わりではない》》


 信じたくない光景を俺達は目の当たりにしていた。炎と粉塵の中に姿を現したのは、今倒したのと同じ蟹の甲羅を纏った、二体、三体、いや、五体以上もの改造ゴブリンの影だったのだ。


「くっ……こんなの、どうすれば……!」


 視界の先で次々と味方が敵の巨体に挑んでは、鋏の一撃や魔法の雷撃で倒されてゆく。俺は王子の手に握られた剣の柄に目をやった。同じ手はもう使えない。俺のリザードキックでは、あの敵は倒せない……!


《《一つだけ方法がある》》


 言うなり、王子は杖を構えて味方の前に駆け出していた。バリアと攻撃魔法で激しく敵と競り合いながら、もう振り向きもしないまま彼は告げてくる。


《《私はこの前線を死守する! 貴様は王宮に戻り、ポリーナに伝えろ――今こそ「邪竜のつるぎ」を抜くしかないとな!》》

「えっ? じゃ、邪竜の剣……!?」


 ばちばちと爆ぜる光のバリアの中、彼が一瞬だけ鋭い眼光を向けてきた。


《《古の魔導師が邪竜の炎を封じ込めたという魔剣……ドラゴンブレイザーだ》》

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