第13話 逆鱗!ドラゴンを救え

「ギャアァァオ!!」


 天をくドラゴンの咆哮が空気をびりびりと震わせる。巨竜の炎と敵の魔導師達の稲妻が激しく空をはしり、爆煙が次々と風に流れてゆく。

 雲を引き裂いて飛びながら戦い続けるドラゴンと敵達を追って、俺達の編隊もその上空を飛び続けていた。敵の魔導師達も流石にこちらに気付いている筈だが、ドラゴンを追うのに精一杯なのか、俺達に攻撃を仕掛けてくる様子はない。


《《殿下!》》


 味方の魔導師の一人が、ワイバーンを王子の側に寄せ、魔法の声で呼びかけていた。


《《どうします、このまま静観してるんですか。それとも、どちらかに加勢を?》》

《《しばらく追ってみる。あのドラゴンはどこかを目指しているのかもしれん》》


 王子の言葉にハッとして、俺はザコトカゲ改めリザードマスクのゴーグル越しに目を凝らしてみる。ドラゴンは怒り狂った目をして次々と敵の魔導師達に炎を吐きかけているが、彼ないし彼女は、一体どこを目指して飛んでいるのか――


「!」


 ワイバーンの手綱を握るマッド女の肩越しに、遥か前方の空を飛ぶ、ゴマ粒のような何かの影が見えた。


「あれは――」


 直感的に閃いた。ドラゴンは敵の魔導師達から逃げているのではない。あの何者かを追っているのだ。


《《どぉした、トカゲくん。何か見つけた?》》

「ドラゴンは誰かを追ってる。フェーヤさん、あっちの方角って南ですか」


 マッド女がこくりと頷き、振り返って俺を見た。言わんとすることは彼女にもすぐに伝わったらしい。


《《キミの目を信用するよぉ、トカゲくん。しっかり掴まってぇ》》


 彼女がそう告げてきた瞬間、ぎゅん、と身体に力がかかり、凄まじい勢いで俺達のワイバーンは加速を始めていた。

 一瞬の内に先頭の王子を追い越し、目もくらむような速度で空気を引き裂く。当のドラゴンをも遥か後方に置き去りにし、俺達はぐんぐんと標的との距離を詰めていく。


《《本気出せば音より速く飛べるんだけどぉ、衝撃波が面倒だからねぇ》》


 少しばかり楽しそうなマッド女の言葉をBGMに、逃げる何者かの背中を俺ははっきりと視界に捉えた。その人影もやはりワイバーンに乗っていた。ドラゴンと戦っている連中と同じ、白地に血の赤を引いたマントの魔導師だ。


「何か、箱みたいなのが!」


 猛スピードで逃げ続けるその敵のワイバーンの背中には、ロールプレイングゲームのダンジョンに置いてある宝箱のような大きな箱が、鎖で繋ぎ止めてあった。


《《よぉし……。あーあー、そこの南の魔導師に呼びかける! こちらはラグナグラート王立魔導院、パールスホーン殿下率いる精鋭部隊である! 我々を敵に回す愚を犯したくなくば、速度を落とし我々の指示に従え!》》


 魔法の声をとびきり大きく響かせるマッド女に、あれ、このヒト普通に語尾を伸ばさず喋れるんだ、と俺は変な部分で驚いていた。


《《あんにゃろぉー、止まらないねぇー。おっけー、トカゲくん、アイツを捕縛してあの箱を回収するよぉー》》

「はっ、はいっ」


 ぎゅおんと更に高度を上げ、マッド女は敵を眼下に見下ろす位置にワイバーンを付ける。敵が速度を緩めないままこちらを見上げ、先に魔法を撃ってきた。


「おぉっと!」


 敵の撃ち出してきた青白い雷撃を、彼女のバリアが容易く弾き返し、


「〈木蔦縛りシリュープ・チザーヤヴィス〉!」


 返しの一撃で繰り出される彼女の捕縛魔法が、敵の魔導師を木のつたでぐるぐると縛り上げた。


「行けっ、トカゲくん!」


 マッド女の蔦が敵をワイバーンの鞍上から引き剥がし吊り上げた瞬間、俺は狙いを定めて飛び降り、敵のワイバーンの背の上に組み付いた。


「キュオオッ」


 ワイバーンが驚き、バタバタと翼を暴れさせる。俺は振り落とされないようにその身体にしがみつき、鎖でくくり付けられた大箱に手を掛けた。


「ごめんよー、ちょっと大人しくしてくれっ」


 バサバサと抵抗するワイバーンを必死になだめつつ、俺は鎖を引きちぎって箱を両手に抱く。

 王子以下、仲間の魔導師達のワイバーンがいつの間にか俺達に追いついていた。マッド女が、蔦で縛り上げた敵を味方の一人に渡し、俺の横にワイバーンを滑り込ませる。俺は箱を抱え、再び彼女のワイバーンの鞍上へと戻った。


「……あれ、でも、コレを回収したってことは」

《《察しがいいねぇ》》


 たちまちマッド女がワイバーンを再加速させる。恐る恐る振り向いた俺の目に、炎を吐き出し追いかけてくる巨大なドラゴンの姿が映った。


「今度は俺達が追われるんじゃないですかぁぁ!」

《《早く箱を開けるんだ、トカゲくん! 中身はたぶんー、あのドラゴンの卵か何か!》》

「えぇ!?」


 あんな大きなドラゴンの卵がこんな箱に? と思いつつ、俺は南京錠を引き剥がして箱を開いた。瞬間――


「わっ!」


 箱の中から赤い炎がごぉっと噴き出し、俺の仮面マスクの寸前で風に溶けた。


「な、何だぁ!?」


 ぱちぱちと仮面の中で目をしばたかせ、俺は改めて箱の中を覗いてみる。 


「クルルゥ」


 箱の中身はドラゴンの卵などではなかった。くりくりとした丸い目を俺に向けてきたのは――


「ドラゴンの子供……!?」

《《へぇぇ。フレイムドラゴンの幼体を生きたまま捕獲できるなんて、南の奴ら、スゴイことするねぇ》》


 そう。箱の中に居たのは、身体中を鎖で繋ぎ止められ、窮屈そうに首を捻りながら小さな炎を何度も吐き出してくる、赤いドラゴンの子供だったのだ。


「クァァオ」


 子ドラゴンが箱の中で身をよじるたび、鎖にばちりと紫の火花が爆ぜる。振り向いたマッド女が、ひと目みて「呪いの鎖か」と呟いた。


「呪い!?」

《《生まれたばかりでも恐ろしい力を持ってるからねぇ、このくらいしないと繋ぎ止めるのは難しいよぉ。この術者はなかなかの腕前だねぇ……》》


 それを聞いて、俺はこの小さなドラゴンが可哀想に思えてきたが、今は感傷に浸っている余裕もなさそうだった。敵側の魔導師を炎と翼で次々と蹴散らしながら、親のドラゴンがすぐそこまで迫っているのだ。


《《その子を放してあげてっ、トカゲくん!》》

「いいんですか!?」

《《わたしもドラゴンを研究室に連れ帰るほど向こう見ずじゃぁない。王都をニーチレカと同じにするわけにはいかないよぉ》》

「は、はい!」


 彼女なら、この子供を城に持ち帰って解剖するとか言い出してもおかしくなさそうな気がしていたが、意外と踏み越えてはいけないラインみたいなものをわきまえているらしい。

 親ドラゴンがこの子を奪われたことに怒っているのなら、この子を解放すればその怒りも鎮まるはず――。


「いいか、自由にしてやるからな……」


 俺は箱の中に手を突っ込み、鎖をぐっと握ってみた。案の定、魔力を受け流す俺の身体には、紫のしびれが襲ってくるようなことはなかった。


「リザード・チョップ!」


 勢いを付けた手刀を二度三度と叩き込むと、鎖の全てが呆気なくバラバラに砕けた。途端、子ドラゴンが小さな翼をばさりと広げ、箱から飛び出してくる。


「うおっ!」


 子ドラゴンは俺の仮面に真正面から突っ込んで弾き飛ばされたあと、今度はちゃんと翼をはためかせ、俺達のワイバーンを離れて飛び上がった。その直後、信じられないことが起こった。

 今の今まで全長30センチほどしかなかった小さなドラゴンが、その十倍ほどの大きさにたちまち巨大化したのだ。


「クオオォォ!」


 俺の背丈より大きくなった子ドラゴンが、気持ちよさそうに炎を吐き出して吠える。それと呼応するように、親ドラゴンも激しい咆哮を上げ、我が子を追って一緒に高空へと舞い上がっていく。


「な、なんか、いきなり大きくなりましたけど!」

《《大型の魔法生物は魔力でその巨体を維持している。だけど、生まれたばかりの幼体は魔力が少ないからぁ、本来のサイズを長時間にわたって維持できなぁい》》

「は、はぁ!?」


 何だかよく分からない理屈だが、とにかく、あの3メートルくらいの大きさがドラゴンの子供の本来の姿ということなのだろうか――

 なんて、そんなことを悠長に考えている場合ではなかった。高空へ舞い上がるドラゴンの親子を、敵の魔導師達のワイバーンが凄まじい速さで追っていたのだ。

 それをさらに追う形で、王子と味方の魔導師達もワイバーンを急加速させた。マッド女も直ちにその動きに追随し、ワイバーンの高度を上げる。


「って、もう別に追いかけなくてもいいじゃないですかっ」

《《そぉいうワケには行かないよぉ。ドラゴンの子供がヤツらの手に落ちれば、何に悪用されるか分かったもんじゃなぁい》》

「悪用!?」


 そうこう言っている間に、俺の眼前では敵味方入り乱れての空戦が繰り広げられていた。

 味方の魔導師が次々と捕縛魔法を放ち、敵の魔導師の動きを止めにかかる。だが、敵の連中はこちらの魔法を弾き返し、互角に攻撃魔法を撃ち返してくる。何人かの敵はワイバーンを巧みにドラゴン達の周囲に回り込ませ、先程と同様に青白い稲妻を浴びせている。


「あぁっ……ヤバイですよ、親ドラゴン!」


 俺はハラハラした気持ちで戦況を見守っていたが、子供を守りながら戦っている分、先程よりも親ドラゴンの動きはずっと不自由に見えた。

 敵の稲妻を何度も浴び続ける一方で、満足に反撃を繰り出すことすら出来ていない。皮膜状の翼は何箇所も稲妻に撃ち抜かれ、そのたびに高度と速度は少しずつ落ちていくばかり。人里を焼き尽くし、多くの人の命を奪ったドラゴンとはいえ、こうなっては俺も若干の同情を禁じえなかった。


《《〈陽影縛りニチェー・チザーヤヴィス〉!》》


 パルス王子の捕縛魔法が空を貫き、敵の魔導師数人をワイバーンごと漆黒の影に封じ込める。そこへ別の味方が魔法を浴びせ、敵どもの手から杖を奪って無力化する。

 だが、そうした味方の活躍も焼け石に水のようだった。ドラゴンを追い詰める敵どもの動きは止まらない。ぐんぐんと高度を下げていく親ドラゴンに向かって、白い魔導師達が雷撃を立て続けに浴びせていく。


「フェーヤさん、助けてあげれないんですかっ!」

《《そのつもりでやってるからぁ!》》


 マッド女も敵を追っては捕縛魔法を浴びせていたが、全ての敵の動きを封じることは到底できず――


「ギャオォォッ!」


 敵の攻撃でもう一つの目を潰されたらしい親ドラゴンが、苦しそうに唸ったかと思うと、きりみしながら落下を始めた。

 敵の魔導師達が執拗に追いすがる。俺達のワイバーンもそれを追って降下に転じた、そのとき。


「キャオオォォ!」


 子供のドラゴンが甲高い鳴き声を上げ、親の巨体の下から飛び出していた。


「!」


 親を庇うように飛び出した子ドラゴンに、敵達が一斉に杖を向ける。鎖状の捕縛魔法が、じゃらじゃらと音を立てて子ドラゴンに迫る――


「させるかっ!」


 気付けば俺はワイバーンの背を蹴り、両腕を広げて子ドラゴンと敵どもの間に飛び込んでいた。

 魔法の鎖が俺の身体に弾き返され、ばちりと弾けて宙に消える。そして――


「うわあぁぁっ!」


 翼を持たない俺の身体は、勿論、ただただ自由落下していくだけだった。

 こんな高空から地面に叩きつけられたら、たぶん改造人間でも流石に死ぬ。あぁ、咄嗟の勢いで俺はなんてバカなことを。正義のヒーロー・リザードマスクの活躍もこれで儚く終わりか――と、果てしないスカイダイビングの中で俺が自分の愚かさを呪ったとき――


「クアァオ!」


 地面に辿り着くよりも随分早く、俺の背中は柔らかいに叩きつけられていた。


「うおっ!?」


 燃え盛る炎のような熱い体温。俺がすかさずしがみついたそれは、真紅の翼で空を駆け上がる、子ドラゴンの小さくも力強い身体だった。


「お前……俺を助けたのか……?」


 思わず声に出して聞くと、俺の言葉が分かっているのかいないのか、彼はくりくりした赤い目で俺を見て「クルゥ」と一声鳴いた。――そう、ドラゴンの生態など何も知らないのに、コイツが「彼女」でなく「彼」であることが俺にはなぜか本能で分かった気がした。


「トカゲくん!」


 やはり俺を助けようと向かってきてくれたのか、マッド女のワイバーンが俺の側に追いついてくる。追ってくる敵の稲妻を見もせずにバリアで弾き返しながら、彼女は目をキラキラとさせて言い募ってきた。


「すごぉい、すごぉい! ドラゴンの背中に乗った人間なんて、歴史上でキミが初めてなんじゃなぁい!?」

「そ、そんなことより!」


 俺は子ドラゴンの背にしがみついたまま、眼下の光景に急いで目をやった。力なく落下していく親ドラゴンを追って、敵が何人も急降下していく。


「キュオオッ!」


 子ドラゴンもたちまち翼をひるがえし、降下に転じていた。見る間に地表が近くなる。その先は広大な牧草地だった。

 ずしんと凄まじい地響きを立てて、親ドラゴンの巨体が地面に叩きつけられる。地面の土が高波のように噴き上がり、濛々もうもうと上がる土煙が俺の視界を覆った。

 地面すれすれまで舞い降りたところで、子ドラゴンは呆気なく俺を背中から振り落とした。俺はずざっと地面を削って倒れ込み、すぐに顔を上げて彼の影を目で追う。

 子ドラゴンが親の巨体に身を寄せ、クルゥと悲しそうに鳴いたところへ、敵の捕縛魔法が四方から浴びせられた。


「クゥ……!」


 苦しそうに声を上げる子ドラゴンの四肢を、魔法の鎖がぎりぎりと締め付ける。俺は考えるより先に地面を蹴って駆け出していた。怒りに燃える鋼の身体が、風を纏って宙に舞う。


「リザード・チョォップ!」


 割って入った俺の手刀が魔法の鎖を弾き飛ばし、子ドラゴンの身体の自由を解き放つ。敵の魔導師達が怯んだ瞬間、子ドラゴンは大きく息を吸い込んだかと思うと、ごぉっと激しい炎を一回転して全周に吐き出していた。

 敵どもは慌てた様子でバリアを展開して身を引く。子ドラゴンの炎が牧草に燃え移り、地面一帯が轟々と火に飲まれる中、俺は仮面越しにぎらりと敵達を睨んで言った。


「それ以上やるって言うなら……魔法の効かない鋼の怪人、リザードマスクが相手してやるぞ」


 俺のタンカに敵は怖気づいたのか、フードに覆われた顔をそれぞれ苦渋の色に歪めて後ずさっていく。

 俺が傍らの子ドラゴンにちらりと目をやると、彼はキュウっと一声鳴いて、丸い目で俺を見下ろしてきた。次の瞬間、彼の身体は見る見る内に小さくなり、箱の中に居た時と同じくらいのサイズになって、俺の足元にすり寄ってきた。


「……」


 その温かい身体を、 俺がそっと抱え上げたとき――


《《そのドラゴンをこちらに渡せ》》


 どこからともなく男の声が響いたかと思うと、炎の向こうの空気がゆらりと揺れ、白いマントを纏った新たな人影が陽炎かげろうのように姿を現していた。

 敵の魔導師達がざっと身を引き、その人影に向かってうやうやしく礼をする。やはりフードで顔を隠したその男は、痩せた口元をにやりと不気味につり上げ、素早く何かの呪文を唱えた。

 すると、俺達の周りに燃え盛っていた炎が、水でも掛けられたかのようにふっと消えてしまった。


「何だ……お前は……!?」


 子ドラゴンを胸に抱いたまま、俺は身構える。

 と、そこで、パルス王子とマッド女がひらりと俺の両隣に舞い降りてきた。


「やっぱり南に寝返ってたのか。投降しろ、トルスティ!」


 マッド女が鋭く声を張り上げ、敵にびしりと杖を向ける。王子も無言で杖を構え、敵をぎらりと睨みつけていた。

 くっくっと低い声で笑い、敵がフードを取り去る――。

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