第12話 追跡!手負いの火焔竜
王都を遠く離れ、ワイバーンの編隊はラグナグラートの国土上空を南下していく。パルス王子以下、二十名を超える魔導師達の軍団だ。普段は軽装の上に漆黒のマントを
俺は例によってマッド女のワイバーンの後ろに
東の空から昇った太陽は、既に俺達の真上を照らしている。
《《ニーチレカってトコはぁ、
一夜にして壊滅状態になったという町の名を出し、マッド女が前を向いたまま魔法の声で言ってきた。
《《だから、ニーチレカにはこんな言葉が残ってるんだよぉ。『この地に住む者は、朝には消し炭になっている覚悟をして眠りに就け』――って》》
「ひえっ。怖いですね」
《《だけどぉ、実際にドラゴンが人里を襲うなぁんてことは、ここ五十年くらいは無かったんだ。せいぜい、山の向こうを飛んでるのを見たとかぁ、猟師が山の中で焦げ跡を見たとかぁ、そういうニアミスが数年に一度話題になるくらい。人には人の、竜には竜の領域があるからねぇ》》
「……じゃあ、今回はなんで」
俺が尋ねると、彼女はその時だけ振り返って、赤い瞳で俺を見た。
「誰かがその領域を踏み越えちゃったってことだよぉ。恐らくは、南の連中がねー」
ごくりと息を呑んだとき、彼女の肩越しに、風にたなびく灰色の煙が視界に映った。
先頭を飛ぶパルス王子が、「降下する」と魔法の声で皆に呼びかけてくる。
《《さぁて。吐くなよぉ、トカゲくん》》
「大丈夫ですよ。この異世界流ジェットコースターにも慣れましたって」
《《そぉじゃない。黒焦げの
ひゅおんと空中に心臓を置き去りにされる感覚がして、俺達のワイバーンは炎を上げる町へと吸い込まれるように降下していった。
地上に降り立った俺達一同が目にしたのは、文字通りの焼け野原と化した町の光景だった。
家や田畑は僅かな名残を残して消し炭に変わり、町のあちこちでは大きな建物の残骸がまだ黒い煙を上げて燃え続けている。町を南北に貫く川も一度は蒸発してしまったらしく、黒焦げになった川底を上流からの水がちょろちょろと寂しく這っていた。
川の中や建物の側には沢山の人影が倒れている。肉の焦げる嫌な臭いが人工嗅覚を占拠して、俺はマッド女に言われた通り嘔吐を我慢するのに必死だった。若い魔導師の中には、既にうずくまって吐いている者もいた。
「ふぅむ……」
目を背ける俺の傍らで、マッド女は重なり合った死骸の側に平気でしゃがみ込み、その様子を検分しているようだった。
「リ氏50以上の高熱で一瞬にして焼かれてる……これは苦しむ間もなかっただろうねぇ」
「リシ50……? それって何度ですか」
「
俺は口元を手で覆ったまま首をかしげ、理科の知識を頑張って思い出した。水の性質はこっちの世界でも同じだとして、リ氏1とやらが100℃ということなら……
「5000度ぉ!?」
声を裏返らせて叫んだところで、王子がすっと俺達の傍らにやって来た。
《《人間が魔学的に作り出せる炎は、並の魔導師ならリ氏30程度、我々でも40程度が限界だ。それをも上回る炎を吐いて暴れまわるのが、
彼の言葉を噛み締めるまでもなく、周囲の惨状を見ただけでも、フレイムドラゴンとやらの恐るべき強さがひしひしと伝わってくる。
俺の世界の教科書に出てくる、空襲に遭った街の白黒写真のような……。これほどの破壊を、たった一匹の生き物がやったというのか……。
「そんなのと戦って、俺大丈夫かな……」
いくら俺が改造人間だといっても、トカゲとドラゴンで勝負になるんだろうか。怪人態の強化鎧装だって溶かされてしまうんじゃないか、と俺がビビって震えていると、立ち上がったマッド女がポンポンと俺の肩を叩いてきた。
「キミの身体なら心配ないでしょぉ。竜の炎だって魔力の産物には変わりないからねーぇ」
《《だから貴様を連れてきたのだ》》
「はぁ……」
仮に防御の方は大丈夫だとしても、俺の必殺キックがドラゴンに通用するのかという問題もある。確か、ドラゴンって、俺達が乗用にしている
「……アイツらの、せいじゃ」
背後から弱々しい声がして、俺は二人と一緒に振り返った。かろうじて生き残ったらしい
「アイツらがコソコソとおかしなことをするから……竜の怒りに触れたんじゃぁ!」
それだけ言って老人は気を失ってしまった。地面に崩れ落ちたその身体は、よく見れば火傷だらけだった。
魔導師達が数人がかりで手当てに掛かっている。傍目にも、助かる見込みはあまりなさそうだった。
「……アイツらって、南の連中ですか」
俺の問いに、王子は「すぐに分かる」としか答えなかった。
彼はどこからともなく取り出した水晶の玉のようなものを手のひらに乗せ、口元で何かの呪文を唱えていた。数秒ほど閉じられた彼の
「ドラゴンはまだ
生身の声を途中から魔法の声に切り替えて、彼は皆に向かって叫んだ。
魔導師達が次々とワイバーンに飛び乗り、王子に続いて再び空へ舞い上がっていく。マッド女と俺のワイバーンもしっかりそれに続いた。
《《総員、障壁魔法展開!》》
「了解!」
風を切って飛びながら、魔導師達が一斉に魔法のバリアを展開する。それは俺が何度も目にした光のバリアとは異なり、彼らの纏う鎧から噴き出して、ワイバーンごと全面を覆う、真紅の炎の竜巻だった。
勿論、マッド女の鎧からも同じものが展開し、俺達のワイバーンを包んでいる。
「な、何ですか、これ」
《《耐火性に優れた
カンカンと自分の鎧を指で叩いて、マッド女は言う。
《《もっともぉ、フレイムドラゴンの炎の前には気休めにしかならないけどねー。さぁ、トカゲくん、キミも敵が見える前に変身しておきなよぉ》》
「は、はい。――
促されるがまま、俺は変身ベルトを出現させ、真紅の光に包まれて怪人態へと変身を遂げた。
瞬間、人間態よりも遥かに強化された俺の視力が、遥か前方に飛行機雲を引いて飛ぶ何かの影を捉える。いや、この世界に飛行機は無いだろうから、ああいう雲をどう呼ぶのかは知らないが――
「フェーヤさん、あれ!」
「もう視認できるの。すごぉいねえ」
わたし達には魔力の残り香を辿れるだけだよ、と言って、マッド女はワイバーンの手綱をよりキツく握り締めていた。
先頭を行く王子のワイバーンがさらに速度を増し、他の者もそれに続く。俺も振り落とされないように、マッド女の腰に回した手をしっかり掴み直した。
翼を広げて飛ぶ巨大な影が、視界の先で少しずつ大きくなっていく。と同時に、その周囲を別の小さな影がいくつも飛び回っているのが見えた。
ゴマ粒のような小さな影達が、入れ替わり立ち替わり、中心の巨大な影に接近したり離れたりを繰り返している。その度にパリパリと空気中に稲妻が爆ぜ、炎が尾を引いて流れてゆくのも見えた。
「フェーヤさん――」
「あぁ。何かがおかしい。――殿下ぁ!》》
ぎゅんと仲間を追い越し、マッド女はワイバーンを王子の隣に付けた。王子がぎらりと俺を見てくる。
《《何が見える、トカゲ》》
「なんか、沢山の何かが飛び回って、真ん中のデカいヤツと戦ってる感じです!」
見えた通りに俺が言うと、王子は「ふむ」と一瞬口元に手を当ててから、「やはりな」と呟いていた。
「やっぱり、南の……?」
《《総員、心して聞け! 恐らくは南の連中がドラゴンと交戦している!》》
《《もう見えてきましたよぉ》》
俺が驚く間もないままに、ワイバーンの編隊はぐんぐんと標的との距離を詰め、今や俺の目には敵の全容がはっきりと映っていた。
右に左にと首を振り、灼熱の炎を吐き出しながら飛んでいるのは、翼長30メートルはあろうかという巨大なドラゴン。太い尾の先まで赤いウロコに覆われたその姿は、まさしく漫画や映画のファンタジーに出てくる西洋の竜そのものだった。
その周囲を飛び回っているのは、俺達のと同じ小型のワイバーンに騎乗した者達。人間一人一人の姿までは判別できないが、こちら側の魔導師と対照的な白いマントを纏っている。マントの白地に血のような赤いラインが何本も刻まれているのが印象的だった。
「あれが……南の奴ら……!?」
こちら側の編隊は王子に続いて高度を上げ、高空から戦況を見下ろす位置を取る。敵の白い魔導師達は、紫色の魔力のバリアでドラゴンの炎を受け流しながら、次々とドラゴンに接近して青白い稲妻を浴びせていた。ドラゴンの体表には既に幾条もの傷跡が刻まれ、その片目も潰されているのが見えた。
だが、そもそも、なぜ南の連中がドラゴンと――。
「フェーヤさん。さっきのニーチレカの町って、まだこっちの領土なんですよね」
《《正規の領有権のことを言うならぁ、全てラグナグラートの領土なんだけどねー……。南の実効支配をまだ受けていないという意味ならイエスだよぉ》》
「じゃあ、なんでアイツらがドラゴンと戦ってるんですか」
ドラゴンが破壊したのが南の領域だというならまだしも、なぜ今回の件で南の魔導師達が出てくるのか。まさか、人間族の敵とは力を合わせて戦おうなんて殊勝なことを考える連中ではないだろうし……。
それに、先程の老人の言葉も気になる。アイツらのせいでドラゴンが怒ったとか何とか……。
《《南の奴らの考えることなんて、わたしには分からないよぉ。でも、あのドラゴンの考えてることはわかる》》
「えっ?」
《《言ったでしょぉ、誰かが領域を踏み越えたって。……あれは、仲間を傷付けられて、怒り狂った獣の目だよ》》
言われて見下ろしたドラゴンの目は、確かに怒りの血潮に染まっているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます